#61
古代魔法の授業を終えた日の放課後。レオポルトとドーラの二人は職員室の前に立っていた。
「えぇ?パパが先生に?」
「え?お前のも知らなかったの?!」
そこに向かう途中、彼は驚く顔の妹を見て驚いていた。そして非常勤講師室に入ると、そこでは無数に並んだオフィスのような部屋が広がっていた。
この学校は規模が大きい分専門の教師もいるが、研究所の側面もあるために基礎学問以外の講師は大半が研究者も兼任していた。
「お前達、こっちだ」
すると部屋に入ってきた二人を見て立ち上がってカールが手招きをした。
「やぁ、驚いたか?」
「全くだよ」
そこでまだ着任したばかりで荷物の少ない彼の机を見る。仕事机には昔撮った家族と夫婦の写真が真っ先に飾られていた。
ここにきても愛妻ぶりは変わらないんだなと内心で思いながら仕切り板に腕を乗せてレオパルトは言う。
「魔力切れになったと聞いたが…」
「吐いたぞクソ親父」
「はははっ!古代魔法は吐いてなんぼの技さ」
そう言い、彼は授業中に魔力切れで走り去った後のことに笑うと、授業後に虹の民の瞳を有する生徒達に安全についての講義を行ったばかりであった。
「まあ安心しておけ。お前の古代魔法の授業は俺が免除してやる。代わりに実習中に事故が起こらないように監督役をしてくれ」
「へいへい。どうせなら内職をさせて欲しいもんだよ」
「お?実習が基本の授業でできると思うな?」
カールは不敵に笑うと、レオポルトは聞いた。
「母さん一人で置いていいのかよ」
「週一コマの授業だ。一日で実習をしてくれと俺が頼んでおいたんだ。母さんについては心配しなくてもいいぞ」
そう言うと、これから週に一度。ここに訪れて古代魔法の実演を行うため、カールは非常勤講師としてここで教鞭を取ることになる。
会社に学校に研究に、二足の草鞋を履く生活を送ることになる父親にタフだなぁなんて内心で感心しながら、そのタフさがなぜ妹に吸われたかと思った。
「まあ、週に一度泊まるってんで、毎度ホテルじゃわりに合わねえから、レオ。部屋を借りるぞ」
「…ああ、だからあの部屋かよ」
そこでレオポルトは学生寮の1DKのあの広い部屋の意味を理解した。通りで、俺には甘くない父親が広い部屋を借りるわけだ。と言うか、去年の時点で親父がここに来ることが確定してたってことなん?
「片付けはしておけよ?エロ本しまってたら隠しとけ?」
「パパ、兄貴がエロ本なんて持っていると思う?」
「まあそうだけどよ。それはそれでどうなんだよ…」
カールは呆れた顔でレオポルトを見たが、色気に関しては絶望的に似ていないことは承知していたので、彼も半分諦めていた。
「まぁ、ついでに魔法史学ゼミの顧問もすることになってな」
「へぇ、俺の友人がいるんだよな」
「おっ、誰なんだ?」
「言うかよ」
レオポルトはそう答えると、今までの人生経験でカールは言った。
「じゃあ女ってことだな」
「…」
図星で言い当てられ、思わず驚いてしまうと父は笑っていた。
「ふはははっ、人生経験の差が違うんでな」
彼はそう言って面白そうにしていると、そこで彼はレオポルトが常にぶら下げていたマチェテを見た。
「それは?」
「ああ、ここで作った魔導具なんだ」
「ほぅ、見せてみろ」
カールがそう言うので、レポポルトは制作したベリザーナを見せた。
「ほう、手打ちとはまた凝っている」
「作っている最中に呼び出されたんだ。仕方なくだよ」
そこでヒヒイロカネを使用した赤い刀身に打刻された唐草模様の打刻魔法を見て感心するように見ていた。
「しかし精度は良好だ。実戦でも十分に魔法を発揮できるな」
そこで彼は刃がないマチェテを見てすぐにその構造を理解した。
「なるほど、戦闘時は刀。警戒時は電磁警棒か」
「ああ、ヒヒイロカネの特性を使った。熱伝導率が高いからな」
瑞穂国の錬金術師が発明した魔法合金のヒヒイロカネ。世界中にミスリルやアダマント、オリハルコンなどの魔法金属は存在しているが、このヒヒイロカネの特徴は量産体制が整って値段が比較的安いことだろう。まあオリハルコンに比べれば値段は高いが…。
「しかしこいつには安全装置がないな。意図的か?」
「ああ。いざって時に古代魔法を使うとデバイスの基盤が変に動く可能性があるから」
「なるほど」
カールは興味深そうに見ていると、その隣でマチェテを持つレオポルトに、少し羨ましそうにドーラが見ていた。
「いいなぁ、自前の武器か〜。ねえ、私にも作ってよ」
「俺の武器作ったらな」
「ケチ」
ドーラはジト目でレオポルトを見ると、彼は余裕の笑みを見せていた。
「で、俺たちを呼んだのは?」
「ああ、帰る時にお前の部屋の場所を聞きたくてな」
「え?父さん卒業生でしょ?」
首を傾げると、カールは苦笑した。
「ここ建て直しをしてるんだよ。流石に迷子になる」
「あーね」
そこでレオポルトは理解すると、ドーラはそこで彼に言った。
「ねえ兄貴、今度学内工場見学したいんだけど」
「いつ来るかだけは教えてくれ。案内してやるから」
「ほーい」
そこで軽く確認を取ると、彼女は職員室を後にした。
「…で?あいつの誕生日に何を作ってんだよ」
「…」
流石にお見通しかと彼は破顔すると、カールは隠し事をしていた彼に笑みが出る。
「まあ、お前のことだから変なものは作らないのは分かってるけどな」
「ええ、今の俺の最高傑作のつもりだぜ?」
「ほう、ならできたら見せてもらうとするかね」
そこでカールは鞄を持つと、最低限の荷物を置いてデスクを後にする。
「お前はどうする?」
「俺も帰るよ」
彼はそう言い、自分の学生鞄を持つ。
「今日はもう授業もないし、部活も今日は工場の機械のメンテナンスで動いていないし」
部活が強制的に閉鎖されていのを知ると、カールは納得して二人で学校のエレベーターを降りる。
「ドーラは?」
「部活。あいつソフトボール部に仮入部だってさ」
「ほう、ソフトか。いいな」
意外な部活を選んだとカールは内心で思っていた。てっきり、レオポルトと同じ魔導具設計局に入るものだと思っていたからだ。
「おかげで友人が大騒ぎよ」
「その友人の名前は?」
「ヴァージニア・パーシング。ほら、前に手紙に書いた竜族の女の子」
「ああ、火竜のだな。珍しい子がいるもんだと思っていたが…」
二人は学校の駐車場に入ると、そこで停めていたクーペに乗り込む。
「楽しそうだな。学校は」
「おかげさまで」
一年間実家に帰ることを忘れるほどには充実した生活を送っていた。
「しかし驚いたぞ。去年は二回も大きな事件に巻き込まれたらしいからな」
「全く。今年こそは何もないことを願うばかりだよ」
エンジンをかけ、ハンドルを握ってレオポルトは駐車場を出る。慣れた手つきで車を操作しており、通学で使っているからだなとカールを感嘆させる。
「上手いもんだな」
「毎日使ってたらね。そりゃあ慣れるよ」
そこで車は交差点の手前で止まると、目の前を制服を着る学生達が横断していく。
「しかし、学校は変わったが繁華街は全然だな」
「あ、そうなんだ」
「ああ、元々俺の頃は旧校舎がメインでな。今じゃあ不良の溜まり場らしいがな」
「時々、風紀委員が摘発をしているって言うしね」
彼は散々自分の古代魔法の練習相手にしていることを思い出す。今度ドーラも連れて色々とやりたいことをしたいなと考えていた。
「ああ、全く俺の頃から使っている武器も色々と違うね」
「でしょうね。卒業して何年経っているって話だよ」
レオポルトは苦笑してカールに返した。
「一応、ドーラが魔法書を持って来たから助かっているよ」
「おお、それはよかった。やっぱ持たせて正解だったな」
信号が切り替わり、アクセルを踏んでV8エンジンの轟音を轟かせる。軽い世間話をしながら二人は学生寮近くの生徒専用の駐車場に車を停めた。
「父さん、今日は泊まっていくの?」
「もちろんさ。まあ、今日はちょっとここら辺に住んでいるダチと飲む約束をしているから、ちょっと家を後にするぞ」
「ん、分かった」
そこで車を降りて彼は、カールの頃とは違う構造だという学生寮を案内する。
「ちょうど俺が三年生の時に建て替えが始まったんだ。結構話題になってたんだぞ?」
「へぇ〜」
ちょっと古くて珍しい話を聞きながら二人は学生寮の一室の前に立つ。
「OK部屋は覚えたぞ」
「鍵はオートロックの鍵だから」
「ああ、気をつけておくよ」
そこでレオポルトから借りた鍵を持って彼は部屋に入ると、そこで物の少ないレオポルトの部屋を見る。
「はぁ、相変わらずものが少ないな」
「だって片付け面倒なんだもん」
「家から道具箱とパソコン以外で持っていっていないからな」
そこで部屋に上がって靴を脱ぐと、カールは自分が止まることも含めて借りた部屋の明かりをつけた。
「何年くらいいるの?」
「分からんが、まあお前達が卒業するまでは教鞭を取ると思うぞ」
古代魔法の先駆者としても名高いカール。レオポルト達もそんな父の仕事に付き添うように多くの発掘現場を歩いてきた。
「この前、旧大陸の古戦場で見つかった新しい石板だ。通信記録用に使われていたと推測している」
「へぇ、また新しい魔導具?」
「ああ、この前研究チームが発掘したんだ」
そこで彼は持ってきた資料を渡してくれた。元々、古代魔法に関してその腕前を褒めちぎっていた父は、レオポルト達に最新の研究情報を読ませてくれた。
「どうだ。再現できそうか?」
「ちょっと待ってね…」
そこで詳細な写真に記された魔法陣を読んで彼は少し間を開ける。
「うーん…行けるかな?」
「無理そうだったら断っておくぞ」
「現物見てから判断してもいい?」
「分かった。そう返事をしておくよ」
カールは頷いてレオポルトに渡した資料を回収すると、その後ソファに座り込んだ。
「あぁ、しっかし終えるってのは疲れるな」
「そりゃあね」
そこで制服を脱いでレオポルトは苦笑した。今日は一日中生徒達に古代魔法を教えていたことで、彼は疲れた様子で天井を見上げていた。
「レオ、紅茶くれ」
「はいはい。何の茶葉にする?」
「余っているのでいいぞ」
そう言い、どの茶葉で入れてもアンサルド人が唸るほどの紅茶の淹れ方をするレオポルトのアールグレイを待っていた。




