#59
さて、二年生となり、合州国の基礎勉学の激詰め地獄を生き延びた生徒達はここで一つ。新しい分野の勉学を行うこととなる。
「次の授業は…」
新学期が始まってまだ一ヶ月も経たないその日、アニ・シコルスキーは少しだけ浮き足立っていた。
「何、今日の授業楽しみなの?」
すると同じロッカー室で荷物を取り出していたヴァージニアが聞いてきたので、彼女はゆっくり目に頷く。
「うん、先にゼミの方で学んでいるから、ちょっとだけサボれるなーって」
彼女はそう言う理由で少々浮き足立っていると知ると、途端にヴァージニアは爆笑した。
「あはははっ、そんな理由?内職でもするの?」
今日から始まる古代魔法の授業にヴァージニアはアニの真意を探る。
「ちょっとね…この前の現代魔法でちょっと分からないところがあって…」
「後で教えてあげようか?」
「うん…そうしようかな」
二人はそれぞれ、ロッカーの中に自分たちの使う武器を収納して扉を閉じると、オートロックで鍵がかけられる。
このロッカーは使用者の魔力波を感知して開けられる特殊な鍵のため、本人以外がロッカーを開けることは不可能であった。
指紋と同様、一卵性双生児であっても魔力波は別であるため同じ魔力波を持つ人間はいない。
「そもそもな話、現代魔法って古代魔法の派生系なのに…どうして系譜が違うんでしょうね?」
ロッカー室を出て教室まで向かうエレベーターを待つ二人は片手に教材代わりのタブレットを持つ。
「さぁ?私も詳しいことは…」
そこでエレベーターが到着をしたので、一斉に生徒達が乗り込んでくる。三階立てエレベーターに一斉に乗り込んでくるので、目的地の階のボタンを押してから奥に押し込まれた。
「やっぱり欠陥構造でしょ。この構造」
「急いでいる時はエスカレーター乗ればいいって言うんでしょうけど…」
この混雑具合には二人も思わず文句を口にしてしまう。そもそもな話、このサイエンスセンタービルは学業に必要な施設を一箇所にまとめたが為の代償の構造でもある。研究施設や実験場、スタジアムを別に設置し、大規模な実験や実習を行うことが可能になったが、結局実験場も研究内容によれば車が必須になると言う本末転倒のような構造となってしまっていた。
「そういえば数日前、魔物研究所からキメラが逃げ出したとか言ってたっけ?」
「あぁ、ゼミでも話題でしたね。脱走したキメラを一年生が抑え込んでいたとかで…」
そんな事を話しながら廊下を歩いて二人は今日の授業を行う大講義室に入る。
「えっと席は…」
「先に男達が撮ってくれているでしょう。それが男の礼儀ってものでしょうし」
「えぇ…」
ヴァージニアの横暴な持論にやや引いてしまうアニ、彼女はドラゴンの血筋の直系であるので竜人の姿で堂々とデコから一対のツノを剥き出しにし、艶のある爬虫類特有の鱗を持った肌を持っていた。
一日で劇的に見た目が変わったにも関わらず、彼女や彼女の顔見知りは驚きはしたものの、翌日には普段と変わらない学校生活を送っていた。
「(やっぱり凄いなぁ…これがコミュ力の差かなぁ…)」
彼女の周りの対応を見ていると、思わずそんな事を考えてしまう。
「あっ、いたいた」
するとヴァージニアの向いた先ではジャクソンとレオポルトが座っており、ちょうど二人の座る隣二席が空いていた。
「よっ、悪いわね」
「おう、もう来たのか」
二人は大講義室のテーブルでお茶を飲んでいた。
「思ったより早かったな」
「ちょっと詰めてよ」
「ああ悪い」
巨人族のジャクソンにヴァージニアが言うと、彼は少し椅子をずらして座り込む。
「で、なんの話をしていたの?」
「ん?いやぁ、なんで親父が俺の部屋で大きめの1DK借りたのかなって」
そんな話をして授業が始まるのを待っている間、レオポルト達は今から行われる授業について話をする。
「それでさ、今から古代魔法の授業でしょ?」
「そうそう、昔俺が教えたやーつー」
古代魔法の基本的な講義というのは一年生の時、放課後にレオポルトがすでに彼らに教えていた。
「でも誰が授業をするんでしょうね?」
「俺も書いてなかったから知らねえんだよな〜」
今日の授業の講師は誰なのかとやいのやいのと言い合う彼ら。
「なんでも新任の非常勤って話だけど」
「え?この学校に非常勤とか常勤の制度あったんだ」
そんな事を話しているとチャイムが鳴り響き、少しして教室の黒板の前の扉が開いた。
「どうも、失礼します」
「えっ…?!」
「ブーッ!」
そして入ってきた教授の顔を見た途端、レオポルトは飲んでいた水筒の中身を思い切り隣に座っていたジャクソンに吹きかけてしまった。と当時にアニも驚いた顔をしてしまう。
「ぶっ殺すぞテメェこの野郎」
顔面に盛大にお茶を吹きかけられたジャクソンが思わずレオポルトに馬場チョップを喰らわせて静かに怒った。
「ゲホッ、エホッエホッ」
盛大に吹き出し、咳き込んでしまったレオポルトに周りの生徒も一体何があったのかと訝しむ目線を送ると、教壇に立った教師がマイクを付ける。
「えー、どうも。今日から古代魔法の授業をするカール・ウリヤノフです。どうぞよろしく」
そこで教壇に立った男を前に他の生徒達はその非常勤講師にどんなあだ名が相応しいかを考えていた。
「…あれ?」
その時、名前を聞いてヴァージニアが首を傾げた。
「ねえ、確かレオの家名って…」
「え、えっと…」
そこでアニはどうしたものかと左右に首を振る。
「お、親父ぃ…」
「え?」
レオポルトは教授を前に親父と言ったので、それを聞いたヴァージビアは目を見開いた。
「え?え?あの教授、レオのお父さんなの?」
そこで教壇に立ったカールとレオポルトの顔を見比べると、面影があった。
カール・ウリヤノフとレオポルト・ウリヤノフ同じ家名で親子であると容易に推察ができた。
「なんでここにいるの…?」
「そりゃあ古代魔法の先駆者ですよ?」
困惑するレオポルトにアニがゼミで習った事前知識を前に言う。
まさか非常勤講師で自分の父親が来るとは到底思っていなかったので、彼も今の脳裏には『何故?』以外思い浮かばなかった。
しかし教壇に立つ彼にそんな疑問はできないので、淡々とインカムを使って授業を始める。
「えー、これから古代魔法の授業を担当するのですが、幾つか忠告をします」
するとそこでカールは古代魔法の本格的な授業の前に一つ、生徒に忠告をする。
「まず一つ、渡されている教科書は最新のものでは全く使えないので授業ごとに私の方から資料を渡します」
「「「「え!?」」」」
最初からぶっ飛ばす話に思わず生徒たちも驚きの色を隠せない。
「次に、古代魔法は実践してナンボの魔法です。ですので実践授業ばかりなので次からスタジアムに集合してください」
「「「え?」」」
古代魔法の授業をするにあたり、理論の説明は二の次と言われ、一年生の際に現代魔法で古代魔法の原理を教え込まれた生徒たちは愕然となる
「最後に、これが最も重要ですが。古代魔法に現代魔法のような安全装置はありません。ですので失敗して爆発を経験をしないと一人前になりません。班に必ず上手い人間を充てるので、その人の監視のもとで魔法を展開するように」
「「「えぇーっ?!」」」
古代魔法の危険性を説きつつも、経験をしないと成長しないと言われ、生徒たちはそれがすぐに危険極まりないヤベェ授業であると認識する。
「と、とんでもないこと言ってない?」
「いやまぁ…実際そうなんだよなぁ…」
唖然となるヴァージニアの隣でレオポルトは頷く。
「古代魔法ってそんなに危ないのか?」
「いや、危ないの権化だよ」
レオポルトは頷くと同時にジャクソン達に言う。
「それにほら、親父って結構『習うより慣れろ』ってタイプの人間だしさ…」
「古い価値観ね」
しかし彼は学生時代、すべての校内規則を破り、指名手配制度を作った伝説級の問題児である。
とにかく血の気の多かった父は、子供であるレオポルト達にも幼少期から英才教育を施していた。
「では、今日の授業は古代魔法の基礎分野の講義を行う。全員、この資料を受け取ってくれ」
カールはそう言い、一斉に生徒達に持参してきた資料を渡していく。
「…」
「うわ、すげぇ」
そこにびっしりと書かれたデータと文章は論文をそのまま引用しているのが伺えた。
「これ、論文ですか?」
「多分な」
資料を受け取ると、それを見てレオポルトも見覚えのないデータを見て発表前のそれじゃね?と推察をしてしまった。
「まだ表に出してない新鮮なデータだ。教科書のよりよっぽど使えるぞ」
「ぬおっ!?」
その時、カールがレオポルトの目の前で話しかけてきたので彼は思わず変な声が出てしまった。
「お、親父…」
「ちょうど良い、教壇で古代魔法の実演を頼もうか。レオポルト君?」
「え?嫌なんですけど」
彼は即答すると、直後にカールの持っていたタブレットで脳天に一発喰らわされる。
「いでっ」
「生徒は教師の指示に従え。ったく…」
そして呆れたため息を吐くと、レオポルトは聞いた。
「そもそもなんで親父ここにいるんだよ。母さんどうしたんだよ」
少なくとも実家から学園都市までは大陸を横断する真反対の位置にあり、極超音速機を使わなければ一日でここまで来ることはできない。
「どっかの馬鹿が一度も帰ってこなかったからな。知り合いに頼まれたし、週一の非常勤でここにきたんだよ」
「げっ」
心当たりしかない理由にレオポルトは顔を顰めてしまうと、諦めた表情をして席を立った。
「分かったよ。やれば良いんだろう?」
「ああ、俺が知る中で一番古代魔法の扱いが上手い。失敗する事もないだろう?」
「…倒れたらどうすんだよ」
嫌そうに彼は言うと、そこでカールは小さく頷いてからレオポルトと共に教壇に戻る。
「では、こちらの助手君に今から古代魔法の一端を実演してもらう。ほれ」
そこでカールは隣に立ったレオポルトに一枚のコピー用紙とペーパーナイフを手渡す。
「…オッケー」
コピー用紙に印刷された紋様を見てそれがなんの魔法なのかを把握してから同様に手渡されたペーパーナイフを手に当てると、横一線に切って赤い血を羊皮紙に滴らせた。
「あぁそうだ、女子生徒諸君に一つ忠告」
そして血を垂らして呪文を唱える隣で、カールは言う。
「くれぐれもパンツに注意してくれ」
その忠告に誰もが首を傾げた直後、羊皮紙を中心に魔法の光が教室中に張り巡らされるのをアニは見た。




