#41
エリカと言う少女の記憶を前に漁った時、その記憶に違和感があった。
と言うのも、彼女は記憶のある頃からスリや窃盗で食い扶持を見つけている獣人で、尚且つ彼女の活動権はアンサルド連合公国…前世で見たことある建物や似たような形の道を見てそう思ったわけだが。
そんな場所で活動していた彼女はある時、あるものを盗んでいた。
魔王の杖
左様、前世における俺の致命打となった嘗ての妹が持っていた武器。
魔王の称号を得た者のみが満足に扱えるという伝説の魔導具。そんな物を盗むよう彼女は言われていたのだ。
そしてその依頼を偽物とは言え見事に達成したその技術は恐ろしいもので、その後は謎の猫の集団に囲まれており。その後の記憶は俺たちがあのゴミ捨て場で見つけた物となっている。
ただ、その間に不自然に記憶が黒塗りされているのだ。これで怪しいはずがなく、同時にレオパルトは警戒してしまった。
これほど他人の記憶に干渉できるほどの実力がある古代魔法の使い手がこの時代にいるのを、俺は知らない。
少なくとも古代魔法に関して、前世ではそれ程深い嗜好を持っていたわけではなかったので知っているのはドーラから譲り受けた帝国の古代魔法ばかりだ。
「(と言うことは使っているのは俺の知らない古代魔法と言う事か…)」
一応、王国流の剣術も知っているが、あれとはまた別物だ。
基本的に剣術というのは不意打ちで魔法を発動したり、魔法式を斬るために行われるものだ。今では銃火器や刻印弾の発達の影響でその必要性はほぼ皆無となっており、伝統の一つと成り下がっていた。
「(古代魔法も色々と派閥があるからな…)」
古代魔法の源流としては王国流と帝国流の二種類があり、それぞれが鎬を削っていた二百年戦争時代は実に多様な派閥の古代魔法があった。
ただ、この時代においてこれほどの古代魔法の技術を持っているという事に。しかもその魔術師がこの時代にいるかもしれないと思えば、ほしいと思うのは自明の理とも言えるだろう。
「(だが、それよりもまずは…)」
目の前で起こっている事案の対処をしなければなるまい。
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キッカケは珍しくエイブラハム先輩から呼び出しを受けた時の事だった。
「珍しいですね。先輩からの呼び出しとは」
「そうかい?」
もうすぐ卒業を迎えてしまうエイブラハムは風紀委員を次代に任せて今はフリーの人間だった。
そしてそんな彼に呼び出されたレオポルトは学校のカフェテラスで話していた。
「まぁ、今の僕はただの生徒だしね」
「相変わらず旧校舎の方に喧嘩を売りに行っているようですが…」
「あら、知ってたの?」
「ええ、風紀委員の間で半ば黙認状態だという事も付け加えて」
レオポルトはそう言い注文した紅茶を一口飲むと、そこでやや半眼になってエイブラハムを見た。
「ところでよかったのですか?そろそろ先輩も受験では?」
「ん?僕は大丈夫、もう推薦とったからね」
「そうですか…」
すでに大学への進学が決まっていると答えたエイブラムスにレオポルトは余りこれと言った興味は無いようで適当に流していた。
「良かったら紹介しようか?」
「結構です。それに自分はこれでも伝手はあると思っている方なので」
すまないが目の前にいる男の変態趣味に付き合うつもりはないし、変な思考にされたくない。人の筋肉を見て興奮するエセホモ人間になるつもりは一切ない。
「と言うよりも、僕としては君は風紀委員会の副長をやらなかったのが驚きだよ」
「そうでしょうか?」
「うん、僕的な感想だけど。君に風紀委員は会っているような気がしたんだけどねぇ」
「はっ、何を言いますか。自分はあのカール・ウリヤノフの息子ですよ?」
するとエイブラハムは苦笑する。
「父親を棚に上げるとはね…でも君のお父さんは大学で有名になったじゃあないか」
そんな風に言い、自分を風紀委員会に居残らせようと思っている彼の思惑に気づいていないわけがなく、レオポルトは言う。
「元々脅されて入ったような人間です。先輩がいない今、私が風紀委員会に残る理由もないでしょう」
「そこまでして風紀委員会を抜けたいのかい?」
「いえいえ、風紀委員会に所属していると自分の研究の時間が取られてしまうので。それを避ける為です」
「…」
研究という盾を取られ、エイブラハムはレオポルトの意思を見る。その目は何かを必ず成し遂げるという目標のある研究者の目をしていた。
「なるほど、君には成し遂げたい研究があるようだね」
「ええ」
「どんな研究だい?」
エイブラハムもそんなレオポルトを見て目をゆっくり閉じると彼に問いかける。
「詳しくは言えませんよ?」
「構わないよ」
その目は探究心溢れる一学生としての目をしており、学年次席の行なっている研究に興味があった。
「古代魔法を用いた新技術の研究…言えるのはここまでです」
研究と言うのは一種の競争である。もし同じ内容の研究を行なっている研究者がいればどちらが先に証明出来るかが勝負となる。
それ故にたとえ先輩であっても自分の行なっている研究を言うのは憚られる。
「そうか…古代魔法のね…」
それは確かに得意分野なのだろうね、と言い残しエイブラハムは席を立った。
どうやら、自分が風紀委員に残させる事を諦めてくれたようでレオポルトとしては内心安堵していた。
「今の自分に、風紀委員は会いませんよ」
前世では自由と正義の名の下に他の民族の虐殺を行なっていた自分には、と口にはしなかったレオポルトは思う。
前世の自分は勇者という重荷を背負うには不相応な人間だったと、今でも思う。元々妾の子として生まれた自分は勇者の称号さえなければ静かに家を追い出されてそのまま冒険者として暮らしていた事だろう。
その意味ではそれなりに高貴な血の間に生まれた異母兄弟の方が勇者としての自覚はあった。
遠征から帰った後は必ず、その弟の元を訪ねていた。生まれつき病弱で、一度も城から出た事の無かった弟のために遠征先で見聞きした内容を本にまとめて手渡したり、話した事もあった。
異母兄弟とは言え、共に親を失い見捨てられた者同士だ。一方的ということも無く、向こうから会うことを望まれる程には仲が良かった。
政の才能があった弟は自分がいない間に国の政治を執り仕切っており、ある意味で異母兄弟の仕事の棲み分けができていた。
正直、勇者という職に色々と呆れと疲れが見えてしまい。無鉄砲に最後足掻きと称してその弟に一切相談する事無くヘルムート城に突入した事は後のことを考えると少々後ろめたさはあったかも知れない。
「ん?」
そんな事を考えている時だった。レオポルトの持っていた携帯が鳴り、相手はカムチャルからだった。
「はいもしも『レオポルト!エリカの場所がわかるか?!』…はい?」
電話越しに聞こえた怒号に首を傾げると、おそらくはパトカーに乗っているのだろう。電話越しでカムチャルが事情を説明してきた。
『ああいきなり悪い。…実はエリカが移送前に逃げ出した』
「…あぁ」
伝えられたその事実に一瞬思考がフリーズするも、すぐに思考が纏まる。
『お前の古代魔法で追跡していないか?』
「分かった。ちょっと待って」
ある程度予想はしていたが、まさかな行動に呆れも交えつつレオポルトは彼女に懐いている傀儡の文鳥の居場所を確認する。
「小父さん、今の場所は?」
『西七番街通りを南下中だ』
「じゃあ、エリカは東五番街通りの裏路地を走ってる。もしかすると地下通路に入るかも」
『了解、感謝する』
パトカーで市内を走るカムチャルはレオポルトの情報をそのまま無線で伝えると、彼も現場に向かって車を回していた。
というより、わざわざFSSがエリカの為に派遣された理由がいまいち分かっていなかった。何せただ保護され、その途中で暗殺者に殺されかけたと言う事実があるだけだ。
カムチャルが派遣された理由は彼女を暗殺しようとした二人組が、少し前に獄中で殺された魔導技師の特徴と似ているからと言う理由では少し弱い気がする。
元々FSSは合州国の州を超えた事件を捜査する為の警察機構だ。そんな警察から派遣されたカムチャルがここまで長い期間学園都市にいると言うのも珍しい話だ。
「(今度会ったら聞いてみようかな…)」
そんな事を考えながら空になったカップを見て代金を支払っていた。
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「ちっ、離せよ!!」
「はいはい、動かない」
二人の警官に腕を掴まれ、その間で暴れる狐の獣人。
「怪我させるなよ?」
「分かっていますよ警部殿」
そんな中、扉の開いたパトカーを背にカムチャルは最近よく世話になっている地元の警察署の警官と話す。
「全く、どうして逃げ出したかね」
「今までおとなしい子だと思っていたのですがね」
そう言い、パトカーに乗せられる少女を見てそう話し合う。
「しかし、よく分かりましたね。あの子の居場所」
その時、一人の警官が聞いてきたのでカムチャルは答える。
「ん?ああ、知り合いにちとばかし探知系魔法の得意な人が居てね」
「ほう、それはすごい」
感心した様子でその警察官はカムチャルの言う人物に興味が沸いていた。
「こんなに的確に居場所を特定できる魔術師がいるとはね…」
正直、目の前の少女に対し警察としてはこれ以上留めておくと社会の目が怖いことになるのでそろそろ移民キャンプに移送して欲しいところではあったが、FSSが不法移民の移動ルートの解明のために必要な証拠として彼女を欲している以上、地元警察もあまり強く言えなかった。
現在、国内で問題になっている不法移民。そのルートはごまんと存在し、不法移民はとらえた後は移民キャンプに移民させ。そこで強制送還か、あるいは北方大陸の開拓団に加入させるかどうかの選択を行わせていた。
国内の治安悪化や雇用問題を解決させる為には致し方無しと言う風潮が国内に漂っていた。
「しかし、これで未遂も含めて四回目ですか」
「どうしたものかね」
「これ以上ガキンチョと追いかけっこはゴメンだぞ」
口々にそう溢す警官達を見てカムチャルはしばし考えた後にため息を吐いた。
「仕方ない…」
奥の手使うかと思い、彼は身から出た錆かなと思いつつも内心でエリカに合掌しながら電話をかけた。




