金貸しパトリスとその息子
「あ、あの……、あ、ありがとうございます。ですが、まだ王太子妃ではありませんし、わたしは伯爵令嬢で、ご存知の通り家はとんでもないことに……」
「いいえ、あなたは殿下の愛する女性です。ということは、われわれにとっては殿下同様守るべきお方です」
一番上のお兄さんは、真剣な眼差しでわたしを見上げている。
五人とも、ちっとも強面じゃない。たしかに、ちょっとやんちゃっぽかったり厳しそうだったり神経質そうだったりやさしそうだったり童顔だったりはするけれど、アマートとディーノ同様に美形揃いである。
それに、すごく感じがいい。
それはそうかもしれないわね。
プレスティ侯爵夫妻の息子さんたちなんですから。
もしかして、カーラも同じように騎士風の挨拶をされたわけ?
一番上のお兄さんから視線をそらせ、そっと彼女を盗み見た。
彼女は、苦笑を浮かべた。
それは、彼女も驚いたことでしょう。それから、恐縮してしまったでしょう。
それにしても、騎士すぎるわ。すごすぎて、どう振る舞えばいいかわからない。
これが本物の王女様とか王妃様だったら、小説やお話のように尊大かつ厳かにしておけばいい。
だけど、どちらでもないのですもの。
アマートとディーノの「先に謝っておくよ」と「驚かせてすまない」という謝罪の意味を、痛感してしまった。
あっそれと、お兄さんたちと比較したら、アマートは全然違うということも実感出来た。
彼と双子の弟であるディーノもお兄さんたちとはちょっと違うけれど、アマートは全然違う。
どうしてかしら?なんていう疑問は、ただの愚問よね。
彼は、真面目で義理堅すぎるお兄さんたちに反発というか、違う方向というか、とにかく正反対を演じているのかもしれないわね。
一人っ子のわたしには、彼の気持はよくわからないわ。
結局、当惑してかたまってしまったわたしにかわって、王太子殿下がうまく応対してくれた。
五人のお兄さんたちには、王太子殿下からお願いしてもらったのである。
彼女のことは、どうかアリサと呼んでほしい。彼女には、アマートやディーノとおなじように接してほしいと。
五人のお兄さんたちは、最初は抵抗があるようだった。だけど、プレスティ侯爵が一言「王太子殿下とアリサの希望に沿うことが、おまえたちの務めだ」と言ってくれた。それでやっと、普通に接してくれると約束をしてくれた。
一番目から四番目のお兄さんたちはともかく、五番目のお兄さんのジャンルカは、正式に王太子殿下の側近になったアマートにかわって近い将来近衛隊の隊長になるらしい。彼が隊長になったら、接点もたくさん出来るはず。気軽に接してもらった方が、気がラクですもの。
そんなドタバタな挨拶の後、ソフィアが居間に案内をしてくれた。
そこで、また違うゲストが待っていた。
金貸しのパトリスとその息子である。
パトリスは、あいかわらずバイオレンス系の小説の大物悪役か大ボスのような雰囲気が漂っている。しかも今日はきっちりタキシードを着用しているから、悪の大物感がさらにアップしている。
彼もまた、長期間に渡ってわたしを守ったり援助をしてくれていた。そのことを知ったのは、あの舞踏会の後である。
昔、彼はお母様とお父様に助けられたらしい。
それに報いる為、わたしを助けてくれていたのである。
「王太子殿下」
居間に入ると、彼とその息子がビロード張りの長椅子から立ち上がって近づいてきた。
彼の息子は、父親と違って長身細身で知的でやさしい顔つきをしている。なんでも、王都の大学を卒業してから何でも屋を営んでいるらしい。
エンリコ・パトリスと名乗った彼もまた、タキシードを見事に着こなしている。
「クースコスキ伯爵令嬢、その節は無礼を働いてしまい申し訳ございません」
パトリスは、息子を紹介した後頭を下げて謝罪してくれた。
「いいえ、パトリスさん。それよりも、わたしを助けて下さってありがとうございます」
彼は、初対面のときほど威圧的ではない。だから、わたしも穏やかに言葉を発することが出来る。
ちょっとぎこちないかもしれないけれど、笑みを浮かべて頭を下げた。
「い、いいえ。そんな……」
彼は、慌てている。
「パトリス。わたしからもあらためて礼を言わせてほしい。アリサを守り、援助してくれたこと。それから、いろいろと骨を折ってくれたこと。そして、人知れず多くの人たちを助けてくれていること」
王太子殿下もまた、会釈した。
パトリスは、お母様とお父様への恩返しの一つとして匿名で寄付や寄進をしているらしい。
いくら恩返しでも、それらのことはなかなか出来ることではない。
彼は、それを行っている。しかも、長期間に渡って。
そして、それはこれからも続くはず。




