覚悟すべき
「ソフィア。あなたは、貴族子息たちといつもおしゃべりをしたりお酒やお茶を楽しんだりってそんな程度よね?それだったら社交の範囲内だし、そんなことどこの貴族令嬢だってやっていることよ。それなのに、あなたは自分が貴族子息たちと遊びまわっているように見せかけている。ソフィア、ごめんなさい。わたし、自分自身のことで精一杯だったから、そんなあなたの気持ちや心情に気がつかなかった。寄り添えなかった。ほんとうにごめんなさい」
「アリサ……、やめて。あなたが謝る必要なんてないわ」
「あるわよ、ソフィア。わたしのせいなんですもの。わたしにかまってばかりで、あなたはあなた自身の気持ちや想いに向きあう暇もなかったでしょう?あなたのお蔭で、わたしはしあわせになれる。いいえ。いま、わたしはとってもしあわせよ」
思わず、王太子殿下を見てしまった。
彼は、うれしそうな表情でわたしの手をぎゅっと握りしめた。
「だから、これからはあなた自身のしあわせをつかんでほしいの。想いを遂げてほしいの」
わたしが本の話題以外でこんなに語ることなんてまずない。だから、自分でも驚いてしまった。
わたしって、こんなに話せるんだ。
「アマート、覚悟をきめろよ。わたしは、王都にいる大勢の貴族や父のいる前でアリサに愛を告白したんだぞ。わたしに出来てきみに出来ないわけはないよな?しかも、いまはある意味身内だけしかいない。きみとソフィアをのぞけば、たったの五人だ。アマート、女性から何かを告げさせるようなことはするな。きみから告げるんだ」
王太子殿下が助け舟を出してくれた。
だけど、アマートは頬をふくらませるだけで口を開こうとしない。それを言うなら、ソフィアだって厳しい表情で貴賓室内のある一点をにらみつけている。
それはまるで、彼女にしか見えないだれかをにらみつけているかのよう。
それにしても驚きだわ。
ソフィアもアマートも強情すぎる。
おたがいに「好きだ」とか「愛している」って一言言えばいいだけなのに。それこそ、瞬きしている間に言えてしまえるわ。
二人のこんな関係は子どものときからだから、依怙地になりすぎているのね。
もしかして、わたしたちがいるからかもしれないわね。第三者がいたら、よけいに言いにくいのかも。
「わたしたちが邪魔なら、ここから出て行くが」
王太子殿下がそのタイミングで提案した。まるでわたしの心を読んだかのように。
同時に、王太子殿下に手をひっぱられた。さっそく出て行く、というアクションを起こそうとしたのである。
「殿下、いてください。二人きりにしてもらったところでケンカになるだけです」
そのとき、アマートが不機嫌そうに言った。
それから、彼はソフィアと視線を合わせないままぶっきらぼうに告白をした。
「しょうがない、もらってやるよ。子どもは、大切だからな」
「アマートッ、なんて求婚の仕方なの!」
アマートの告白が終わるまでに、プレスティ侯爵夫人の怒鳴り声が響いた。だから、最後の方はよくきこえなかった。
「おば様、いいのですよ」
ソフィアが侯爵夫人をなだめた。
先程までのしおらしい彼女はもういない。アマートが挑戦状を叩きつけて来たみたいに、彼女はキッと表情をあらためた。彼をにらみつけ、冷笑をはりつける。
「なんて傲慢で自分勝手な男なの。気がかわったわ。わたし一人で小さな命を守り、育てるのはやめることにする。あなたに関しては、一生尻に敷いてこき使ってあげる。責任と自覚を持って、産まれてくる大切な命を守りなさい。いいわね」
ちょっ、ソ、ソフィア……。
ソフィア、あなた強すぎるわ。
一瞬、尻に敷かれてこき使われているアマートの姿が浮かんだ。しかも、容易に浮かんできた。
もしかして、わたしってばアマートに気の毒なことをしてしまったのかもしれない。
一方で、赤ん坊を抱くソフィアとその二人を抱きしめるアマートの姿も想像がつく。
「なっ……」
アマートの両肩が落ちた。
彼もまた、自分自身の未来の姿を脳裏に描いたのかもしれない。
「というわけでおば様、いえ、お義母様、これからよろしくお願いいたします」
振り向いて侯爵夫人に挨拶をするソフィアの顔は、それはもう美しい。
「大丈夫よ、ソフィア。わたしはもちろん、だれかさん以外はみんなあなたの味方だから。楽しみだわ。だれかさんに、しあわせな毎日をすごさせてやりましょう」
侯爵夫人のふくよかな顔には、うれしそうな表情がひろがっている。
彼女は、ソフィアを抱きしめた。
その侯爵夫人の豊満な胸に顔を埋めるその瞬間、ソフィアはアマートに不敵な笑みを浮かべた。
はははっ……。
これは、アマートの負けね。
彼は、女性陣によってとんでもない毎日を送ることになるのかもしれない。
アマートのことが気の毒になってしまった。
でも、ソフィアと彼が結婚する。
最高にうれしいわ。




