火傷の経緯
子どもの頃の話である。
わたしたち三人で、というよりはガブリエルが火遊びをしたことがあった。彼の屋敷の別棟の裏庭でのことである。
彼はランプの油を紙にたらし、どのくらい燃えるか試してみようとしたのである。
面白半分だった。
試したとき、運悪く強風にあおられてしまった。
結果的に、たった一枚の紙の小さな火が、ボヤにまでなったのである。
ガブリエルは、強風にあおられてみるみるうちに燃え広がってゆく紙を手に握ったままでいた。
このままでは、火が彼の衣服に燃え移ってしまう。
子どもながらにそう直感した。
あのときは、ほんとうに無我夢中だった。反射的だったのか、あるいは本能だったのかはわからない。彼に手を伸ばし、その手に握っている紙を払い落そうとした。
さらなる強風が起り、紙の火がわたしの髪の一部に燃え移った。その火もまた、あっという間に燃え広がった。火が、髪の一部だけでなく左半面を焼きはじめたのである。
熱い。臭い。
痛くて熱いのは言うまでもない。それよりも、皮膚や肉を焼く音と臭いが強烈すぎた。
あの音と臭いは、一生忘れられない。
じつは、あのとき以降焼いた肉は食べることが出来なくなってしまった。
もっとも、お母様とお父様が事故で亡くなってからは、どのような肉も買えるだけの余裕がないのだけれども。煮込めば食べることが出来るけれど、いまは買うお金がないから煮込んだ肉も食べることが出来ないというわけである。
それはともかく、結局、わたしは左半面に大きな火傷を負ってしまった。髪は、幸運にも長い髪の先端部分から中ほどまでが焼やけただけだった。だから、数年後にはほぼもとに戻った。
ガブリエルは、ボヤ騒ぎを起こしてしまった。
当然、彼は両親から叱責を受けてしまう。
だから、彼はわたしのせいにした。
すべてはわたしがやったことだと言い張った。
わたしは、反論しなかった。ソフィアにもだまっているようお願いをした。
お咎めはなかった。
というよりも、火傷を負って寝込んでいるわたしにたいして、咎めようがなかった。
その事件後、ボヤ騒ぎや火傷のことは暗黙の了解でだれも何も話をすることはなかった。
ガブリエルは、事件直後は気に病んでいるようだった。だけど、それも月日が経つにつれ気にしなくなった。
あのボヤ騒ぎはすべてがわたしのせいで、わたしの自業自得だというふうに彼の記憶は書き換えられているのだと思っている。
ソフィアの淡々とした説明を、人々はただだまってきいている。その説明が終わったとき、この場にいる多くの人はガブリエルを非難しはじめた。
その筆頭が彼の両親、つまりラムサ公爵夫妻である。
「このバカたれは、なんということをしでかしてくれたのだ。なんと卑劣で非情な行いだ。本来ならば、アリサのことは生涯わが家で面倒をみるべきではないか」
ラムサ公爵は、大声でなじりはじめた。
「はんっ!そんな昔のことを。そんなことは、ささいなことだ。ただの過程にすぎない。火遊びをしていたのは、わたしだけではない。わたしだけに非があるわけじゃない」
「ちょっと、このバカ。あなたはいったい、なにをズレたことを言っているの?」
「うるさいっ!ソフィア、きみはいったいどちらの味方なんだ?せっかく婚約をしてやろうというのに、その態度はなんなのだ?」
「はあ?あなた、わたしの言葉をきいていたの?ほんとうに呆れ返ったバカね」
「うるさい、うるさい、うるさいっ!」
ガブリエルが突然キレてしまった。
彼は、昔からそうである。自分の思いどおりにならなかったり都合が悪くなると、すぐに癇癪を起すのである。
彼は、わたしたちに身を寄せてきた。それから、身を退こうとしたわたしの腕を思いっきりつかんだ。
あっと思う間もなく、彼に乱暴に引き寄せられていた。
「この忌々しい火傷の跡が悪いのだ」
彼は見当違いのことをわめきながら、わたしの髪をひっぱりはじめた。
周囲から悲鳴や非難の声が上がる。それらは、耳に痛いくらいに響いている。
そのとき、またあらたな声が上がった。




