ソフィア、拒否する
「……。ははっ、白粉でうまく隠したじゃないか」
底意地の悪い笑みをはりつけ、ガブリエルが顔を近づけてきた。
そう左耳にささやかれた。だけど、彼の暴挙にショックを受けたわたしに、その言葉に反応出来るわけがない。
「今はうまく隠していますが、彼女の左半面は火傷の跡があって醜いのです。ほら、ご覧ください」
彼は髪をつかんでいない方の手で、わたしの左半面を荒っぽくこすりはじめた。
体は固まったまま動かない。そして、頭は真っ白になっていて何もかんがえられない。
ただ、彼の手でこすられて白粉が取れてゆくにつれ、周囲の人々が反応するのだけは感じられる。
「将来、このような容姿だと公爵の妻として公式の場にだすこともできません。ですので、今宵かぎりで婚約を破棄し、あらたな婚約をいたします。その相手は……」
彼は、わたしになど構わず言葉を止めて間を置いた。
きっと、ドラマチックに演出しているつもりに違いない。だけど、彼の所作すべてが下手な芝居を演じる大根役者みたい。
他人事のようにそう思ってしまう。
彼のムダにもったいぶった行動に、ようやく思考が働いてきた。
彼は必要もないのに恰好をつけ、ソフィアに近づいた。
「このソフィア・ティーカネン侯爵令嬢です。彼女とは幼馴染です。夫婦になるべくしてなる、といったところでしょうか。さぁソフィア、こちらへおいで」
そして、彼はソフィアに手を差し伸べた。
が、彼女は彼の手をとることはなかった。
彼女は、差し伸べられている彼の手を力いっぱい払った。力がこもりすぎていて、シンと静まり返っている大広間に「パンッ!」と手と手が打ち合わされた音が響き渡ったくらいである。
いまさらだけど、いつの間にか調べが止まっていることに気がついた。宮廷付きの楽士たちも、この芝居を観ているに違いない。
それはともかく、ソフィアはわたしに近づいてくると肩を抱いてくれた。
「ああ、アリサ。ごめんなさい。わたしを許して。まさかこのクズが、あなたにここまでひどい仕打ちをするなんて思ってもいなかったの」
彼女は、わたしを胸に抱きしめて言った。
彼女は、わたしをしばらくの間抱いてくれていた。思いっきり抱きしめられて苦しいけれど、彼女からあたたかさとやさしさを感じた。
そして彼女は、わたしを胸元から解放してガブリエルに向き直った。
こんなときなのに、彼女の胸がかなり豊満であることをあらためて気がついた。
わたしが着用しているこの淡いピンクのドレスは、わたしにぴったり合っている。もともとから、貧弱なわたしの胸に合わせて作られたみたい。
たしか、ソフィアは「お直しに出しているのを引き取って来た」と言っていた。だけど、ここまで直せるものなのかしら?
もしかすると、このドレスは彼女のお下がりなどではないんじゃないかしら。
わたしの為にあつらえられたドレスじゃないかしら。
そう結論にいたったときである。
「お断りよ、このクズ」
彼女は、ガブリエルにたいしてきっぱりと言い放った。それは、まさしく言い放ったという表現がぴったりなほど、鋭くいさぎよかった。
「な、なんだって?」
「あなた、頭や性根だけじゃなく、耳まで悪いの?」
「ソフィア、いったい何を言って……」
「このクズ野郎っ!あっ、乱暴な言葉で申し訳ありません」
彼女は周囲の人々に謝罪をしてから、また口を開いた。
「だれがあなたの婚約者になどなるものですか。言っておきますけど、わたしだけじゃないわよ。この国の貴族令嬢で、あなたと婚約をしようなどという人はいないわ」
「はあああ?ソ、ソフィア、い、いったい、ど、どういうこと……」
容赦も情けもなさすぎるソフィアの前で、ガブリエルは気の毒なほど狼狽している。
「まず、あなたはクズよ。とんだ勘違い野郎だし、バカで愚かすぎる。ムカつきすぎて、めまいがしているわ。それから、アリサをひどい目に遭わせてきた。彼女がやさしくておとなしいのをいいことに、散々傷つけてきた」
ソフィア……。
彼女の彼にたいする評価は厳しすぎる。だけど、正直なところわたしもそう思っている。
彼女の評価は、正しく適切だと思う。
「アリサに『もっといい男性がいるわよ』って何度言っても、彼女はあなたがいるからときいてくれなかった。彼女は、あなたを傷つけたくなかったのよ。もっとも、あなたは傷つくような性格の持ち主じゃないでしょうけどね。そして、一番ムカつくのは、彼女の火傷の跡のことよ。すべてあなたのせいじゃない。よくも抜け抜けとあんなことが言えたわね」
ソフィアは、ひた隠しにしていた火傷についても言及しはじめた。
そして、彼女は火傷についての経緯を語りはじめた。




