幼馴染との遊び
外交官として様々な国を飛び回ったり執務に追われる前までは、多少なりとも時間があった。時間があるときにはアマートとディーノを連れ、近衛隊の目を盗んだりまいたりして三人で街にくりだした。
とはいえ、金をムダに散財するとか悪さをするわけではない。
街の様子を見て回るだけである。
街で暮らす人々を、生活を、街そのものを感じたかったからである。
そういう自分勝手な行動は、恐らくは父上も知っていたはずだ。だけど、それについて咎められたことは一度もなかった。
黙認してくれたことは、いまでもありがたく思っている。
アマートとディーノは、二人で街によく繰り出していた。アマートは女性を求めて、ディーノは強い野郎を求めていたのである。
当時のわたしは、どちらもどうかと思っていた。が、二人が街を飛び回っていたお蔭で、街のいたるところに案内してもらえたのである。
それこそ、いい場所から悪い場所まで。
だが、街の中央通りの最一等地に店舗を構えている貴金属店の地下に、賭場や闘技場があることなどまったく気づかなかった。アマートとディーノも同様である。
貴金属店じたいは、王家御用達になっている名店である。
賭け事じたいは違法ではない。ただし、承認された場所でのみである。
その賭場は、承認されてはいない。非合法の賭場というわけだ。
王都警察は、そこをマークしておきながらいまだに摘発にはいたってはいない。なぜなら、大物の政治家や貴族が常連になっているからである。それどころか、警察の幹部も招かれて遊んだり、袖の下をもらっていたりする。
情けない話だが、そこまでつかんでいて手を出せないでいる。
言い訳はしたくはないが、黙認している政治家の中には、この国を動かすことの出来る者も複数名いる。
それらを相手にするには、相当な覚悟と時間と忍耐力と信頼が必要だ。
というわけで、いつかきっと立ち向かわねばならないときはやって来る。見てみぬふりが出来なくなるときはやって来る。
いまはまだその時期ではない。
それはともかく、その賭場で遊ぶにはそれ相応の資金とステータスが必要になる。
どうやら、アリサの後見人たちはクースコスキ伯爵家の名声を利用したようだ。彼らは、たいていは街の人たちが行く合法の賭場に行っている。そのことについては、ユベールの調べでわかっている。
この賭場の情報を、どこからか得たのだろう。
「マルコ様」
宝石商の店の前で、アマートとディーノが来るのを待っていた。
同伴者は、ユベールである。
彼の双子の息子たちもいっしょにいて心強いが、彼自身も年齢と経験による貫禄が半端ではない。隣に立っていてくれるだけで、心から落ち着ける。
それはそうと、じつはここへ来るのに近衛隊の隊長に嘘をつかねばならなかった。
プレスティ侯爵家に代々伝わる、カフスボタンを見せてもらいに行く。
隊長にはそう告げている。
実際には、嘘ではない。以前、侯爵家を訪れて見せてもらった。
プレスティ侯爵家は、軍人を多く輩出している。何十代も前に将軍がいて、戦争で多大な貢献をした。その際、将軍は戦勝の褒美の一つとしてカフスボタンを賜った。
なぜカフスボタンだったかはわからないのだが。
とにかく、それを下賜した国王もまた、スヴェント王朝の歴代の国王の中でも一番か二番に数えられる名君だった。
以降、侯爵家はそのカフスボタンを屋敷の一室に大切に保管し、持ち出し禁止にしているのである。
いまそれを見たいかと問われれば、正直なところどうしても見たいわけではない。王族が主催する舞踏会当日に、である。しかも、以前見せてもらっているのである。
方便にすぎない。
それでも、そのお蔭で近衛隊をぞろぞろ連れてこなくてすんだ。
もっとも、アマートとディーノがついている。この二人は、近衛隊全員の戦力よりも上回る。それもあって、近衛隊長も渋々了承してくれたのだろう。
近衛隊長は、まさかわたしが違法な賭場を訪れるなど想像していないはずだから。
「マルコ様、お待たせいたしました。予定通り、王宮にエスコートしてまいりました」
アマートの報告を受け、ホッとした。
昔からアマートとディーノとわたしの間で、街では「殿下」ではなく名で呼ぶという暗黙の了解がある。




