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怒りに身を委ね……

 裏口から図書館に入った。


 近衛隊のメンバーには、いつものように外で待つよう頼んでいる。


 そんなに時間はかからない。


 彼女にプレゼントを渡したいだけだから。


 館長にも挨拶をしてから、早速プレゼントを渡すことにした。


 きれいな青色のリボンがかかっている箱をアマートから受け取り、彼女に一歩近づいた。


「その、ア、アリサ……」


 意識をすると、途端に緊張してきた。


「ぜひ、これを受け取ってくれないかな?」


 いっきに告げた。


「ど、どうしてわたしに……?」


 なんてことだ。彼女は困惑している。


「そ、それは……。そ、そうだな……」

「コホン」

「エヘン」


 彼女の予想外の反応に、どう返していいかわからない。頭の中でかんがえていると、館長とアマートが咳ばらいをしてプレッシャーをかけてきた。


 やめてくれ。余計に焦ってしまう。


「あ、ああ。ああ、ああ。わかっている」


 わかっている。わかってはいるが、彼女の想定外の反応にどう対処すればいいのかわからないんだ。


 館長もアマートも咳ばらいをしてプレッシャーをかけるより、対処方法をぜひとも教えて欲しいものだ。


 彼女は、いつものように左半面を隠して視線をわずかに下げている。


 彼女もまた、何かをかんがえているようだ。


 アリサ。きみはいま、いったい何をかんがえている?何を思っている?


 ますます焦る中、彼女の形のいい唇が開いた。


「殿下。せっかくのお心遣いですが、こちらは受け取れません」


 な……、なんだって……?


 彼女の言葉を咀嚼した瞬間である。


「アリサッ!」

「アリサッ!」


 館長とアマートが、彼女の名を同時に叫んだ。


 そ、そんな……。


 控えめで遠慮の塊であるアリサである。もしかすると断られるかもしれない、という予感はなくもなかった。

 だが、速攻できっぱりさっぱりすっきり断られるとは思いもしなかった。


 気がつけば、呆然としてしまっていた。あまりのショックに体が震えている。


 彼女に嫌われている……。


 わたしは、彼女に嫌われている。


 小説の中で「衝撃のあまり世界が真っ暗になった」、みたいな表現をされることがある。


 いまのわたしは、まさしくその表現のままだ。


 うちのめされてしまった。崖の上から放り投げられた気がする。


「おまちください」

「もう閉館しています」

「うるさい。姪に会いに来たんだ。アリサッ!どこにいる」

「アリサッ、手間をかけさせないで。出てきなさい」


 打ちひしがれているわたしの耳に、図書館のスタッフたちの制止の叫び声や酒焼けしたような耳障りな声が飛び込んできた。


 図書館のスタッフの制止を無視して廊下の角を曲がって現れたのは、四十代と見受けられる男女である。


 アリサの後見人。彼女の叔母夫婦……。


 アマートやソフィアから話をきいているので、すぐにそうとわかった。


 彼女の叔母夫婦は、周囲のわたしたちは視界の隅にも映っていないらしい。


 彼女たちは、アリサにたいして理不尽なことやひどすぎることを言いまくっている。


 それらはまるでこちらに試練を与え、忍耐力を試しているかのようである。


 このときになって、アマートとディーノの気持ちがよくわかった。


 いいや……。


 いま、わたしはアマートやディーノよりも激しく深い怒りを感じている。


 それでも、アリサの為に必死で耐えた。


 しかし、クズな叔父がバラの花を売り飛ばすと言い出したところで、どうしても我慢がならなくなった。


「失礼だが、あなたにクースコスキ伯爵家のバラを売る権限はありません」


 ついに口をさしはさんでしまった。


「なんだと?おれが現在の伯爵だ。クースコスキ家の当主だ。売りさばこうが踏みにじろうがおれの勝手なんだよ」

「おかしいですね。先代の伯爵が亡くなり、そのじつの娘であるアリサは未成年。あなたが伯爵を名乗るのは、奇妙な話だ」

「いいんだよ。伯爵はおれが継ぐんだ。こんな醜い顔のガキに、伯爵家を継がせる必要などないっ!」

「だまれっ!彼女を侮辱することは許さんっ」


 アリサの身内のことを、悪く思ったり言ったりしたくはない。したくはないが、これはひどすぎる。


 彼女の叔父は、酒と賭け事でいってしまっているに違いない。


 アリサを虐待している……。


 このことも、怒りをさらにかきたててしまう。


 本来なら、この時点で不敬罪にあたる。だから、投獄しようと思えば出来る。

 しかし、いまはまだその時期ではない。


 準備を整え、かならずや目にもの見せてやる。


 それでも、やさしいアリサは傷ついてしまうだろうか。


 彼らが斬首や終身刑になったとすれば、彼女は心を痛めてしまうだろうか。


 だが、わたしへの暴言はともかく、クースコスキ伯爵家の財産を不当に使い込み、なによりアリサを心身ともに傷つけている。


 たとえ彼女が悲しもうと、それらを正し、それ相応の報いを受けさせねばならない。


 そのとき、彼女がくそったれの叔父に近づこうとした。


 彼女は、叔父のわたしに対する暴言を止めようとしているに違いない。


「触れるな、この化け物が。その醜い火傷の跡が移るだろうが」


 義理とはいえ、自分の姪に言う言葉か?


 ついにキレてしまった。


「いいかげんにしろっ」

「この若造め。でしゃばるな」


 アリサと彼女の叔父との間に割り込んでいた。割り込みながら、アマートに視線を向けた。


 こちらの意を汲んだ彼は、アリサの肩をつかんでわたしたちから引き離してくれる。


「こいつっ!」


 アリサの叔父は、太い腕をぶんぶんと振りまわしている。彼の右腕が、抱えているスイーツの箱にあたった。箱は、無残にも廊下の床に叩き落されてしまった。酒精がますます強くなり、その強烈なにおいに鼻がもげそうになる。


 あろうことか、彼女の叔父は床に落ちた箱を足で踏みにじった。


 そのタイミングで、騒ぎをききつけた近衛隊のメンバーが裏口に現れた。

 アマートが動かぬようにと彼らに合図を送ったのが、目の端に映った。


 ほぼ同時に、小さな悲鳴が耳に飛び込んできた。


 その悲鳴がアリサのものだと認識したときには、彼女の叔父に一発食らっていた。


 衝撃をやわらげる為、できるだけ頬骨にあたらないようにしたが、口の中を切ったらしい。口中に血の味がひろがってゆく。


 さらに大きな悲鳴が耳に飛び込んできた。


 彼女と館長のものである。


 その悲鳴が終わるまでに、拳をふるっていた。やられたらやり返す。これが、わたしの流儀だからである。


 でっぷりとした体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。そして、そのままずるずると床にくずれ落ちてゆく。


 アリサの叔母が、なにやら叫んでいる。


「そんなに金貨が欲しいのか?彼女の大切なバラを売り飛ばしたいのか?ならば、わたしが買う。金貨は屋敷に届けさせる」


 そう啖呵をきってみた。

 が、彼女の叔父は顎がはずれてうんうんうなっているだけである。


 せっかくの啖呵は、彼の耳にも心にも届かなかったようだ。


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