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迷子と遭遇す

「わかりません。カーラがディーノを連れて日中家事をしに伯爵家へ戻ったはずですが、後見人たちには会わずじまいだったそうです。彼女はそのまま家事を済ませて父と合流し、大叔母の屋敷に向かいました。先日、おれたちが後見人たちに会った際も酒が入っていました。おれとディーノが彼女を連れ去ったことを覚えているのかどうかもわかりません。もしかすると、後見人たちは彼女がこの二日間屋敷にいないことにも気がついていないかもしれません」

「なんて後見人だ。叔母夫婦なのに……」


 金でもせびりに図書館に行くつもりなのか?それとも、そのまま街に酒を飲みに行ったか賭け事をしに行ったか……。


 自然と足の動きが速くなってしまう。


 木々の間に、重厚な図書館の建物が見え隠れしはじめた。


 わが王国の自慢の図書館である。ゆくゆくは、さらに大きくして設備を整えるつもりである。


 一人でも多くの人に活用してもらいたい。読書の楽しみを知ってもらいたい。


 彼女の願いは、わたしのそれでもある。


 そんなことをかんがえていたものだから、もう少しで見逃すところだった。


 木々の間で、人影が動いている。しかも、かなり小さな人影である。


「殿下、どうやら子どものようです」


 アマートが左斜め後ろからささやいてきた。


「図書館に来た子どもだな」


 口に出して言うまでもない。


 向こうもこちらに気がついた。小道に飛び出してきて、こちらをじっと見つめている。


 男の子である。ブラウンのシャツに同色のズボン。ベストだけはベージュである。


「やあっ!こんなところで何をしているんだい?」


 とりあえず、声をかけてみた。出来るだけ怖がらせないよう、やさしく言ったつもりである。


「おしっこがしたくなったの」


 子どもの第一声がそれだった。


 まだ暗くなっていないから、男の子が三、四歳くらいだということがわかる。


「それは大変だ」


 なぜか、そうつぶやいてしまった。


 あのくらいの子だと、したいと思ったらすぐに出してしまいそうな気がしたからだ。


「お母さんは?」

「本を借りている」

「漏れそうなのかな?それとも、もう漏れたとか……?」

「漏らさないよ。ちゃんとやった。もうお兄ちゃんだから」

「それはよかった」


 心から安堵した。


 あの子のズボンをおろしておしっこをさせている光景が、どうしても頭の中に浮かんでこない。


 だけど、近い将来息子におしっこをさせることになるだろう。彼女ばかりに負担をかけるわけにはいかないから。

 待てよ……。男の子ならわかるが、女の子ならどうすればいい?


 どうせなら、女の子も欲しい。男の子と女の子。多ければ多いほどいいが、あまり多すぎても彼女が大変になる。


 ああ、そうか。乳母がいるか。またプレスティ侯爵夫人にお願いすればいい。


「殿下?殿下っ!」


 アマートに大声で呼ばれ、驚いてしまった。


「大丈夫ですか?あの子と話をして、何をボーッとされているのです?」

「なんでもない。それで、用を足したのにどうして森の中をウロウロしているんだい?」

「戻ろうと思って重い扉を開けたら、木がいっぱいあったんだ。ちょっとだけ冒険をしたくなって。勇者みたいにドラゴンを倒したり、王子様を守るんだ」


 街の中にもいくつか公園がある。木や草花も植えられている。


 しかし、それらの公園よりも王宮の森の方がはるかに広く、緑も多い。


 そうか……。子どもたちは、わたしたちみたいに勇者ごっこをする場所もないのか。


「アマート、王宮の森の一部分を開放出来ないだろうか。たとえば、図書館のあたりとか」

「出来なくはないでしょう。ですが、いろいろと面倒ですよ。開放するまでには、厄介な認可や手続きが必要になります。忍耐力が必要になるかと」

「わが親友よ……」

「わかりました。わかりましたよ。まずは近衛隊長を口説いてみます」

「愛しているぞ、アマート」

「ゲエエエッ!」


 せっかく愛を投げてやったのに、彼はそれを弾き飛ばしてしまった。


 それはともかく、思いつきではある。王宮内の一部分を開放するとなると、それなりの年月がかかる。とくに、王宮内を警護する近衛隊が大反対をするだろう。図書館の開放時もそうであった。


 だから、アマートに打診してもらおうというのである。


 彼は、現在の隊長が引退すれば隊長になる。よほど女性と問題を起こさないかぎり、ではあるが。


「そうだね。勇者ごっこにはもってこいの森だ。だけど、お母さんが心配しているはずだ。連れて行ってあげるから、図書館に戻ろう」

「じゃあ、肩車してくれる?」


 アマートだけでなく、うしろにいる近衛隊のメンバーも彼を咎めかけた。


「いいんだ」


 それを止めた。


 近い将来の練習になる。


 子どもと触れ合う機会などそうそうない。


「さぁどうぞ、勇者様」


 両足を折り、彼を肩車してやった。そうして、図書館に向かって歩きはじめた。



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