褒賞
ヨナ国王宮に近い沿道には、多くのヨナ国の民が帰還中のヨナ軍の兵たちを迎えていた。
そこには多くの民が喜びの色を弾けさせていた。
兵たちが通るたびに湧き上がる歓声の中、将軍たち兵は堂々とした顔つきで王宮へと歩みを進ませていた。
その中でたった一人、真剣な顔つきで王宮を見据え、馬を歩ませる男がいた。
その顔に、興奮している兵や民は誰一人気づかなかった。
『はあ……』
ヤンは盛大なため息をついた。
『殿下。またあのハクタカのことを考えているのですか』
サイナムがヤンに問いかける。
『悪いかよ』
ヤンは王宮への帰還中、意気消沈していた。
ハクタカが戦の地に残ったからだ。
だがそれは、ヤンも同意の上だった。
ハクタカの言う、行く当てというものを、ヤンは応援した。
たとえそれが、いかに危険なものであっても。
武人であるハクタカの信念を、ヤンは何よりも大事にした。
そして、いつか自分がそれを助ける役目につくことを、心に決めていた。
『俺も、色々考えねえとなあ』
『……?』
ぼそっと呟いたヤンの言葉は、サイナムには届いていなかった。
王宮の集会場では、大将軍サイ、将軍たち、シモン国代表のヤン、そして軍師総帥であるハグムが横一列に並び、王トマムを目の前にして立って頭を垂れていた。
それを囲むかのように側近たちが縦に一列に並んでいる。
厳かな場だった。
トマムは目の前の者たちに王としての礼儀を尽くし、各々に見合った褒賞を与えられるよう王命が書かれた巻物を、大将軍サイ、将軍たち、ヤンに順番ずつ渡していった。
ヤンは喜んでその巻物を受け取っていた。
ハグムの番が来た。
従者が、
「軍師総帥の任を果たした、ハグム・イ・ウィル。前へ」
と唱えたが、ハグムは前に出なかった。
もう一度従者が唱えるも、ハグムは断固として一歩も動かなかった。
周りがざわめくと同時に、ハグムはその場で王トマムの前で平伏した。
「な……」
トマムは驚いた。
「そち、何をしているか。顔をあげ、こちらに参られよ」
トマムは身を乗り出した。
「いえ。王様。私は、その褒章はいりませぬ」
ハグムは顔を床に伏せたままきっぱりと言った。
「!?」
その場にいる全員の視線がハグムに注がれた。
「何を言う。こたびの戦、この者たちから聞けば、すべてそちの軍略のおかげだというではないか。褒賞に値する仕事ぶりだ。快く受け取られよ」
トマムも引かずに答えた。
「王様。私の無礼をお許しください」
ハグムが静かに言った。
「?」
トマムはハグムの言うことが、分からなかった。
「私は、それ以上の褒賞が欲しいと考えております」
「なに?」
ハグムの言葉に、トマムは眉根を寄せた。
「そちは一体、何が欲しいというのだ」
トマムがハグムに問う。
「摂政の地位を、一年だけ、私にお譲りいただけないでしょうか」
「摂政だと!?」
トマムと共に、側近たちが声を上げた。
「はい。王様が成人するまでの、一年のみで構いません」
ハグムは顔を上げた。
摂政の座は、王がもうすぐ成人することもあって、その地位は空白のままであった。
王に代わって万機を執り行う者のことである。
「そち、摂政の地位についた暁には、何をするというのだ」
トマムはハグムを見下ろした。
「……国をより強くしとうございます。私が立案した政策はこの十年、王宮の集会場どまりになることも多く、三分の一も実現できておりません。それを実現し、国の礎を築きとうございます。そして、エナン国との悲惨な戦を繰り返さぬよう、他国とのつながりをより強固なものにしとうございます。ここにいらっしゃるヤン皇太子殿下の協力も得ながら」
ヤンは自分の名が出た瞬間、聞いてないぞという驚いた顔をしてハグムを横目で見遣ったが、ハグムの真剣な顔つきに、ヤンは王の前で頭を垂れた状態のまま、苦笑した。
トマムはしばらく黙ったが、まっすぐこちらに顔を向ける男の瞳に、目が離せなくなった。
「……そなたの政の手腕のほどはかねてから聞いておる。よかろう、やってみられよ」
「王!!」
左大臣オンギョルは叫んだ。
「空白となっていた地位に、何を今更。それに王はもうすぐ成人なされる。我々もおります、必要ないでしょう。内政部の副官ごときに、そんな大役、務まりませぬ」
オンギョルは王トマムの前のハグムの隣に進み出て、言った。
オンギョルが横目でハグムを睨みつけ、見下ろす。
「黙れ、左大臣オンギョル」
トマムは玉座に深く座り、オンギョルを叱咤した。
オンギョルは信じられないといった形相で王を見上げた。
幼い顔はもうそこにはなかった。
トマムは冷静な面持ちで、しっかりと前を見据え、言い放った。
「我はもう、祖国の人間を天秤にかけるようなことはもう、しとうない。国を勝利へと導いてくれたこの者と共に、我は国の運命を背負うことにしよう」
その言葉を聞き、ハグムは強く目を瞑り、口を引き締め、深く、王トマムに礼をした。
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