空気令嬢の心の発狂
理由は分からないが、公爵家の人と王子様達が探しているのは私だった。探す様子を毎日見ていて、選ばれた姫は誰なんだろうなーとか思っていたがそれが自分となると話は別だ。
いやいや勘弁して欲しい。貧乏貴族からしたら関わることは面倒でしかない。
そう思い、図書室通いも泣く泣く諦めて同じクラスにいる公爵子息の従者をこっそり助けることはやめた。
遭遇しそうな時はアクティブスキルの『空気化』をも使って完璧な空気化をしていた……のだけれど。
「ティエラ・グリーリーフ。30分後までに生徒会室へ出頭せよ」
ある日の放課後、うちのクラスに来た公爵家の子息は先生の退場も待たずにそんなことを入口で叫んだ。
私の顔は見ていないことから、私のスキル効果は出ているようだが…名前までバレているのなら、もう逃げられない。
彼にクッキーを食べられてから5ヶ月。
私はついに公爵子息に捕獲された。
「………」
「……」
生徒会室の真ん中で、机を挟んで子息と向き合う。
周囲には高位貴族の子息子女、王子まで居て大変居心地が悪い。
「お前がティエラ・グリーリーフで相違無いか」
「はい。私がティエラ・グリーリーフです」
「5か月前私が泣かせたのはお前で相違無いか」
「……間違いありません」
そうだよ被害者だよこの野郎。
と言ってやりたいが相手はバリバリのお貴族様。務めて冷静に、姿勢を正して詰問を受ける。
「……とりあえずこれは5か月前の詫びだ」
そう言って机に置かれたのは一箱のクッキーだった。
しかしそれは売店で売ってるものではなく、私でも名前だけは知ってる歴史ある有名菓子屋のものだった。
受け取っていいのか、悪いのか。
こちらを睨む相手の様子からでは判断が出来ないが、拒否して揉めても嫌なので素直に御礼を言いながら受け取る。
「………それからこれは俺の従者を何度も助けてくれたそうだな、その礼だ」
さらにキャンディボックスが追加された。
キラキラ輝くラッピング、透明の箱からは夢の粒の中身が見えて堪らない。
「グリーリーフ嬢、今まで何度も助けて下さり本当に助かりました」
そう言って嬉しそうに笑うクラスメイトの平民君。
あーうん。
ここ数日彼のことも警戒して、今まで多少やっていたフォローを止めたのだ。
止めたせいで違和感を覚えて、バレたのだろうか。
クラスメイト一人一人確認して言ったら私の存在感の異常さはさすがにバレるからね。
「そして呼びつけたのはこちらなのに申し訳ないのですが、王族の方の前ではスキルの使用をやめて頂いても良いでしょうか?」
「……私のこれはパッシブスキルなので効果を消すことは出来ません」
「そうでしたか。それは申し訳ありません」
困ったように笑うカーシュ様は話しやすい、が。
出された紅茶を飲みながらどうしても視界に入る睨みつけてくる子息が気になる。
「………」
「………」
胃が痛いいいいいいいい。
基本的に空気化で揉め事に巻き込まれることがないせいか、こう言ったメンタル耐性は私は無いのだ。
淑女の嗜みで笑みは貼り付けているが、全身に冷や汗が浮かび心無しか体も震えてきた。
「御用が御済でしたら戻ってもよろしいでしょうか?」
「…いや…」
ダメなのかい!いいって言って下さいよ良いって!
誤魔化すために飲み続けていたお茶も無くなってしまいソーサーにカップを置くカチャリという音が静かな部屋に響いた。
「新しいのを淹れさせよう」
「…出来ることなら要件をお願いします」
お茶より!解放を!
早く終わらせて頂かないと身が持たない。
なのに子息は怖い顔をして睨むばかりで話もしない。
2杯目のお茶が半分を過ぎた時、ようやく彼が口を開いた。
「グリーリーフ嬢、君には私の子を産んで欲しい」
こ
個?
湖?
粉?
子?
Why?
「え、嫌ですけど」
何言ってんだこの人。
ほぼ初対面の人相手にマジで何を言ってるんだこの人。
相手が何をしたいのか意味がわからず、普段から緩んだ生活をしているせいで軽蔑の視線で見れば、子息の眉間にビキッと皺が形成された。
「即答せず、考慮して頂きたい。勿論君にも、君の家にもメリットは約束しよう。幸い私は将来公爵を継ぐ身だ、公爵夫人になれるぞ。クッキーも好きなだけ食べられるぞ」
「…お菓子に釣られる子供では無いので……うちはしがない男爵家です。分部不相応すぎますし、公爵夫人になるには教育も教養も足りなさすぎますのでお断りします」
同じ制服なのにタイピンや胸ポケットから覗くペンでもう違う。
明らかに生きる世界が違うのに何言ってんだこの人、としか思えない。
そういうのは、そういう教育を受けてきた人を娶るべきだ。
考えた上でやはり断れば超イライラした態度で机をトントンと指で叩き出した。
圧迫感が辛い。
「あー、アスター?流石にその口説き方は無いと私でも思うぞ。グリーリーフ嬢初めましてレオ・ディバインだ。レオって呼んでくれ」
「女を子を産む道具としか思ってないのかしら?クズね。初めましてグリーリーフ嬢、そこの愚弟の姉のユーリ・リリアス。名乗りもしないで孕めとかいうクズでごめんなさいね、ユーリって呼んでちょうだい」
「…ジャン・エルヴィンです。それはアスター・リリアス。女の口説き方も知らないやつにかわって詫びます。求婚の仕方も教えるべきでしたね…」
「同じクラスだけど俺も一応。カーシュだ、この中では唯一平民だからかしこまらなくていいよ」
圧迫感から庇うように威圧感があらわれた。しかも、両サイド。
高位貴族様のお名前はわかってないけれど、確かこの中の誰かが王子様だ。
逃げたい。全力で逃げ出したい。
なんで私座ってるんだろう。高位貴族様たちは立ってるのに。やべえどうしようで頭がぐるぐるまわる。
「おいやめろ、お前らのせいで困ってるだろ」
「…いやアスター、お前が一番困らせてるだろ」
「そうよう、口説き方を学んで出直しなさい」
「……っと、グリーリーフ嬢お気持ちは分かりますが消えないでくださいね。無意識なのか存在感がどんどん消えてますよ」
余計なことするな赤茶色ぉぉおおおお。
咄嗟に私の背後に回って確保してきた赤茶色の髪のエルヴィン様にひきつりきった顔で笑う。
「もうしわけありません」
「というわけでアスターは口説き方を学んで来い。グリーリーフ嬢、私からも君に話があるんだけど良いね」
「全くこっちへいらっしゃい!」
「……」
リリアス姉がリリアス弟を引っ張っていって、目の前にはディバイン様が座った。
そういえば王族の家名はディバイン…でしたね…。
有無を言わせない感じ。
そして彼になった途端エルヴィン様が確保をして来たことからもきっと王子とその側近だ…。
呑気に3杯目のお茶を入れてニコニコ笑うカーシュ様にちょっと場所を代わっていただきたい。
「君のことがわかってから少し調べて見たんだけど面白いくらい皆の記憶には君が居なくてね。もし良かったら君のスキルについて教えてくれないか?」
「……」
詰んだか。いや悪いことをしたことは無いから捕まるようなことは無いと思うけど。
私自身からしたら空気化は社交しないでラッキー程度のスキルだが、王子様に知られたらどんなことに使われるか分からない。
どこにでも入れる空気のような存在。諜報に良さそうですね…
直接お声をかけられたということは、今しらばっくれても後日王宮へ提出してある貴族名鑑や学園に提出してあるプロフィールで見られるだろう。
「どうしても言えないなら仕方ないけど、君みたいな部下が欲しいと思ってるんだ」
ほらー!
狙いはスキル詳細ではなく、勧誘ならば
ならば、ならば
就職の回避を優先したい!貴族名鑑とか機密情報だけど王族ならそのうち見られちゃうしね!
「私のスキルに関して、知っている範囲でございますが詳細に話させていただくこともやぶさかではありません」
グッと拳を握り真っ向から青の瞳を見つめ返す。
すっごいカッコイイ。優しそう。でも怖い。
「へえ!じゃあ是非教えてくれないかな?」
「ですがスキルとは一生を左右する重要情報です。ですのでこの場での情報開示の条件としてお願いを一つ叶えて頂きたいです」
冷や汗ダラダラ、不敬罪で殺されちゃうかな。
不敬罪で死ぬのと、怖い情報調べて死ぬのはどっちが嫌だろう……ずっと張り詰めた隠密生活の方が嫌だ…。
「へえ」
たった一言。
たった一言で、目の前の殿下の纏う空気が変わった。
怖い逃げたい怖い。
それでも、断るんだ。
嫌だって…
「何かな?」
いや…やだ……あの…
「わ…わた…わたし……」
「うん、なんだい?」
「……私の将来に、できる限りで結構ですので私の意志を尊重していただきたいです……」
む り 。
国のナンバー2にキッパリ言うなんて小物じゃ土台無理だ怖すぎる。
「できる限りで良いんだね?私が命令したら逆らうことは許されないけど」
「……できる限りで結構です…」
燃え尽きた。真っ白な灰になった気分でもうやけくそになる。
確実にわかってらっしゃる殿下は急に空気を優しげにもどして、うんうん。それくらいなら構わないよとへらりと笑った。
「へえ!アクティブスキルもパッシブスキルも同じなんだ!それにしても空気化とは面白いね。どんな感じなんだい?」
「パッシブスキルの状態では森に生える木の一本であるかのようにそれが当たり前に感じられるようです。アクティブスキルを使うとそれが強化されて、森にある葉っぱのように認識が困難になります」
「それは面白いね!私が許すからアクティブスキルの方を使ってみてくれないか?」
本当に良いのだろうか。
とても楽しい殿下だけれどスキルを使うのはさすがに…と思いカーシュ様やエルヴィン様を見ると二人とも笑って頷かれた。
ので、背後にいるエルヴィン様の制服の裾を掴んでから『空気化』を使う。
「いま、スキルを使われたんですか?」
「ええ、エルヴィン様にもかけました」
首を傾げるエルヴィン様だったが、効果は劇的だった。
こちらを見ていた殿下とカーシュ様の視線がリリアス姉弟に向いたのだ。まるで私たちが居ないかのように。
「どうだいアスター、グリーリーフ嬢の口説き方は会得できそうかい?」
「なんで俺がそんな面倒なことしないといけないんだ」
「アスターが彼女を捕まえられないなら、彼女は僕の部下に組み込むよ。あの能力は非常に魅力的だ。幸いカーシュもジャンも婚約者も恋人もいないからね」
「あら、女同士私も保護したいですわ。気の抜ける女友達は希少ですもの」
これ、聞いても良いのだろうか。
急に私の処遇を欲しがり合う皆様に頭を抱えたくなった。
「まあ、とりあえず約束したからね。彼女の希望はある程度聞くって」
「これは…やばいですね。スキルを切れますか?」
「そろそろ切れると思います」
皆様の雑談を聴きながらエルヴィン様と会話をするが、それにも気づかれないことにエルヴィン様が慌てだした。
「あいつは俺が見つけたんだ!グリーリーフは絶対に俺の妻にするんだから邪魔するな!」
そして、リリアス弟の大胆宣言と同時に効果が切れた。
リリアス弟はしかめっ面をしていて怖い印象しかない。けれど整った顔立ちは殿下にも負けていない。
そんなイケメンに、俺の妻発言は
子を孕め発言が吹っ飛ぶくらいインパクトがあった。
目が合って、顔が燃えるように熱くなる。
私を呆然として見ていたリリアス子息は、私を指さしアワアワと口元をふるわせてーーーーー
「っ、カーシュ!売店に行くぞ!」
「ぶふぉ。は、はい、アスター様ぶはっ」
すごい勢いで扉を蹴破って出ていった。
「ぶはっ、アスターの初恋は面白いねえ。それでグリーリーフ嬢、いつからそこにいたんだい?」
「殿下、10分ほど前に彼女がこの部屋に来てから彼女は一切移動していません。先程殿下が彼女にアクティブスキルを使えと仰ったことは覚えてらっしゃいますか?」
「え……ああ…。そうだな、言ったな。確かに言ったな…」
エルヴィン様の言葉で殿下の表情が一瞬崩れた。すぐにまた中身が見えない優しい笑顔に戻ったけれど。
「……これは凄いな。グリーリーフ嬢、本当に君の意志を無視してでも僕の部下にしたいところだ」
「……恐れ多いです。」
やめていただきたい。
全力でそれはやめていただきたい。
「でも君との約束もあるし、先に見つけたのはアスターだしね。とりあえずアスターが振られたら私が本気出して口説くとしよう。ああ、私にはユーリがいるので無理だけどアスターがダメな場合はジャンとカーシュのどちらと結婚したいかい?カーシュは平民でもとても優秀でアスターの側近だしジャンは侯爵を継ぐ予定で私の側近だよ」
なんという事だろう。
リリアス姉を見る。嬉しそうに微笑まれた。
後ろのエルヴィン様を見る。ぎこちなく笑って頷かれた。
私はこの瞬間、公爵夫人か侯爵夫人か王子が認める優秀な文官の嫁になることが確定したらしい。
貧乏男爵令嬢が、だ。
頭の中に教養とか勉強とか逃げたいとかもう無理とか色々とぐるぐる回って。
「グリーリーフ嬢!?」
私の精神は限界を迎えてブラックアウトした




