空気令嬢の恋心
「………」
目覚めるとそこは自室のベッドの上だった。外はまだ暗い。悪夢のような1日だった。
ベッドサイドのテーブルには昨日貰ったクッキーとキャンディのボックスがあった。
それとその横には手紙が一枚。
『グリーリーフ嬢、先程は沢山緊張させてごめんなさいね。
医師の診断の結果緊張し過ぎたのだろうという事でしたので侍従に寮まで運ばせて、メイドに着替えなどを頼みました。
あんなに囲まれてしまったら緊張しますものね。次は二人でケーキでも食べましょう
ユーリ・リリアス』
呪いの手紙か何かかな。
あのメンツに囲まれるのも吐血案件だが、未来の王妃且つ公爵令嬢と二人っきりというものも胃が痛い。全力で。
もういっそ逃げ出したいが、逃げ出したら追いかけてこられる気がした。
色々なものを失うような深いため息をついて、身を清めるべく集団浴場へ向かった。
「アスター様、リリアス令嬢をお待ちですの?」
「リリアス令嬢はもうそろそろいらっしゃいますわ」
身支度を整えて、寮を出るとリリアス子息が女生徒に囲まれていた。
「吐き気がする、喋るな近寄るな」
「まあ…」
凶悪な表情の子息が容赦ない文句を言うと、取り巻いていた令嬢がショックを受けて立ち去る。
が、すぐに空いた穴に別の令嬢が入るという悪循環だった。
リリアス子息を見て、子を産んで欲しいと言われたことを思い出して胸糞悪くなったが同時に俺の嫁発言も思い出して頬が少し赤くなった。
「俺が誰を待とうとどうでもいいだろう!近寄ってくるな!」
そんな嫌なら女子寮の前でなんか待たなければ良いのに。
と、思いつつ通り過ぎようとしたのだけれど彼があれだけ怒って散らしても女生徒の群れはまたすぐに入れ替わって形成された。
さすがに少し哀れに感じる。
それにもう、私のスキルに関しても彼は知ってしまっているし。
近くに王子が居ないことを確認してから、そっと空気化を発動した。
「あ、今日日直だったわ」
「花壇の水やりしないと…!」
途端スっと学園に向かって歩き出す女生徒達。
リリアス子息が驚いて居るのを後目に私も学園へ向かった。
「お昼、食堂2階に来て頂いても良いですか?」
「………ちょっと今日は厳しいですね」
「何故?ご予定が?」
「詳しくは言えないけど、きついです」
「ふむ…」
授業開始前にカーシュ様が私の席に来た。
だがしかし今は送金前で残金が心許ない。昼はパン一つで誤魔化そうと思って居るため、そんな食事を持って彼らがいるであろう個室へ行くのは忍びない。
ので断りを入れると簡単にカーシュ様は引いてくれた。
「あ、そうだグリーリーフ嬢、出来ましたら前のように!前のように時々守って頂けると嬉しいです。本当にうちの主が御迷惑をお掛けして申し訳ないんですが、あの方と僕は別物として扱っていただきたいです」
「はあ…?良いですけど」
「あれ本当にありがたかったんですよ。もうネチネチしつこくって…」
「ああ、中々見ていても気持ちのいいものじゃありませんでしたしね」
「全く、自分たちの能力が低いからって無様ですよ………しかし凄いですね。教室で堂々とこんなことを言っても誰も気にしない」
「だからと言ってその物言いはヒヤヒヤしますよ」
カーシュ様は現在座る私のすぐ横にいる。
これだけ近いと私のパッシブスキルの範囲内だ。
そこにあって違和感を覚えない感覚を与えているため、彼が何を言っても周囲に気にもされないのだ。
自分から誰かに話しかけたり、触れたりしない限りは誰も気にもとめない。
「でもこれ、楽しいですね」
「カーシュ様…」
「あ、僕のことはカーシュでいいですよ。僕もティエラって呼んでもいいですか?」
「………良いですけど」
「やった!よろしくねティエラ」
そう言ってやっとカーシュ様…カーシュは去っていった。
あまり他者と関わることが少ないから……朝からすごく疲れた。
「…で、なんで着いてくるんですか」
「え、いや僕もお昼食べに向かってるだけだよ」
昼休み、人混みを避けて少し遅れて食堂に向かおうとするとカーシュがピッタリあとをついて来た。
まあ、食堂に向かうだけだと思って放置したんだけども…
食堂の入口がざわついている。
それだけで嫌な予感がしたのだけれど
「俺に関わるな!」という声が聞こえてゲンナリした。
「カーシュ、グリーリーフ、遅いぞ」
「お待たせしましたアスター様」
「さっさと行くぞ」
私の前に当たり前のように入り、周囲の視線を浴びながら列に並ぶ貴公子。
高位貴族は列に並ぶことがほぼない。
だいたい従者などに食事を持ってこさせることが普通だから。
だからリリアス子息は非常に目立っている。
「Aランチで」
「…パンをひとつ」
「……BランチとAランチをお願いします。お会計は3人まとめてで」
パンひとつの代金しか持ってきていないので恥ずかしいがそれを頼む。
がサラッとカーシュに払われてしまった。
ので失礼だけどカーシュが両手にランチを持っているので彼のポケットにチャリンと無言でお金を入れた。
「え、これくらい出しますよ。うちの主が迷惑かけてるお詫びです」
「迷惑かけなくていいので結構です」
「いやーそれは無理でしょうね」
あははーと笑うとカーシュはサッと空いた4人がけテーブルを見つけて座りこっちこっちと手招きした。
もう食事も見られたし、断る理由もないし大人しくそれに従う。
リリアス子息が座り、その横にカーシュが。
そしてリリアス子息の対面にカーシュがBランチを置いた。
まだ誰か来るのだろうかとゲンナリしながらアクティブスキルを使って二人の存在感を消してからカーシュの向かいに座るとリリアス子息の機嫌が降下する。
「おい、なんでそこに座るんだ」
「……?そこ誰か来るんじゃないんですか?」
「ああ、Bランチはティエラの分ですよ。魚、嫌でした?肉と交換しますか?」
まさかのカーシュの2人前の一つは私の分だった。
サラッと奢られるようなことになり非常に恥ずかしい。
私はこの人たちと一緒に食事ができるような身分では無いのだと痛感する。
「ほらティエラ、アスター様が拗ねるのでそっち座ってあげてください」
「はい」
ここで食事を受け取ることはプライドが傷つくけれど、目上の人に出された施しを受け取らないことは無礼に当たる。
グッと奥歯を噛んで、リリアス子息の向かいに座って頂いた食事を食べる。パンは夕飯にしよう。
「いやーティエラはすごいね。アスター様が1階で食事を取れる日が来るとは思わなかったよ」
「………」
「………」
失礼かもしれないけれど話を盛り上げる気分には到底ならず。
気を使って明るく話そうとするカーシュの言葉を聞きながら食事をとる。
「ティエラ、それで足りるかい?デザートも貰ってこようか?」
「いえ、結構です」
「俺の分はとってこい」
「ああ、はいちょっと行ってきます。ついでにお茶も淹れて来ますね」
「………」
「………」
ザワザワとした食堂の喧騒の中、静かな食事音だけがやたら耳につく。
「………」
「………」
そんな中でも、魚はとても美味しかった。
「悪かったな、昨日も今も」
不意にぼそっと言われた言葉は一瞬聞き流しそうだった。
リリアス子息を見ると、彼は真剣な表情でこちらを見ていた。
「朝の礼を言いたかっただけなんだが、お前にはどうも悪いことをしてばかりだ」
「……お気になさらず」
「そういう訳には行かないだろう。お前とは対等な夫婦でありたい。」
あまりに真剣な話題で、こんなことならば2階の個室へ黙ってついて行くべきだったなと後悔をする。
「家を通せばお前とは形だけ夫婦になるのは容易だ。だがそれでは俺が嫌がることをお前に強いることになるから…」
……真剣に言われて、彼の本心は理解した。
自分が政略結婚が嫌だから私には強いないように配慮をしてくれているのだろう。
その誠意ある行動は正直好感をもてる。
「……ダメだな。やはり女の口説き方なんて俺には分からない。騒がしいのも煩いからまた出直そう」
いつの間に食べ終わったのか、リリアス子息は苦笑いを浮かべてトレイを持って立ち上がった。
「カーシュに先に戻ると言付けを頼む。デザートはお前が食べてくれていい」
「……リリアス子息」
誠意には、誠意だ。
少なくとも彼は非を謝れるごく普通の貴族だ。
立ち去りかけた彼に声をかけると、彼は普通のように振り返ったけれど本来なら私の言葉なんて聞き捨てても構わない人だ。
「私の小さいプライドのため、このような騒がしい場に連れ出してしまい申し訳ありませんでした」
「…アスターでいい。気にするなグリーリーフ。お前の傍は心地よいからな」
見上げて謝罪を口にすると……アスター様は小さく笑った。
ずっと不機嫌だった彼の笑顔に胸を高鳴らせつつ、自分のちょろさを恥じて頭を下げた。
イケメンずるい。
放課後はカーシュに捕まる前にダッシュで距離を取った。
椅子にいる私を認識できても、何処にいるか分からない私を認識することは難しいから。思った通りカーシュは即座に私の席に来ていたのを見る限り、また放課後もなにかに誘われるとこだったのだろう。
自室に帰ることも考えたが、借りていた本の返却期限を思い出し図書館に行くことにする。
捜索されてる間は図書館で読まないで借りて読んでいたのだ。
本を返却して、今日は何を読もうかと考える。
少し迷って、教養の本を手に取り紅茶をもらっていつもの席に行く。
教養の本は読んでみると中々面白かった。
授業の一環などで習ったものも当然ある。
だが使う予定のない他国との交流や領民との接し方、教え方など色々な情報があった。
これを読むとやはりうちはだいぶフランクな領なのだなと痛感する。
繁忙期には農作業を手伝うこともあるしね。
少し集中しすぎたので、一息吐くために紅茶を飲むと隣にアスター様がいることに気づいた。
挨拶をし損ねたことに慌てるも、彼も集中して本を読んでいたので邪魔をしてはいけないと声はかけないことにする。
だが。
私と彼の紅茶の間には、開封済みのクッキーボックスが置いてあった。
クッキーボックスの下には「お前も食べるように」とのメモが置いてあって、思わず笑って有難く1枚頂戴する。
サクッとした甘みを咀嚼して、その幸福に酔いしれて。
椅子を少し彼の方に寄せた。
すると邪魔をしたのかアスター様がちらっとこちらを見た。
「これでスキルの範囲内だと思われます」
「そうか。」
それだけだった。
それだけ言葉を交わして私たちは静かに本を読んだ。
しばらくすると、テーブルをとんとん軽く指で叩かれて意識を誘導される。
「俺はもう行く。残りは食べるか?」
「…ではいただきます」
「ああ、またな。……出来たら朝は声をかけてくれるとありがたい。お前を探すのは困難だからな」
まさか…今朝も私を待っていたのだろうか。
その事に気づくとぽんっと頭を軽く叩かれた。
「また明日の朝」
そしてアスター様は問答無用とばかりに返事を待たずに出ていった。出ていった。
「……あっま…」
クッキーとは別の甘さに、ほんのりと頬が熱を帯びるのを感じた。




