第9章
お待たせしました、再開です!
9.
夕食の食卓に並んだメニューというか食材そのものは、庶民の食事と大差ないのだが、使われている食器ははっきり言ってランクが違う。ついでに調理方法も。たとえば、牛脛肉っぽいのは、煮こみ時間がおそらく10時間単位。(とろとろ感が違う) 豚っぽい肉を焼くのも炭火焼き。(独特の香ばしさが出る) 掛かっているソースに使われている香辛料は、おそらく二桁に上る。(わたしのトマト・スパゲッティだって、使っている店にある香辛料は数種類止まりだ)
さすが、このルトビア随一の王立ルトビア魔法学大学校の女子寮のディナー、侮れない。レシピは何となく想像が出来るが、掛けている手間が違う。それに、使っている食器も。そもそも高価な銀食器は本来熱伝導率が高く、よそった途端に冷め始める。食器の下からアルコールランプで熱するなら別だが、この食卓に並んだ銀の食器は、おそらく魔法の発熱素子が埋め込まれた超高級品なのだ。
あぁ、お店の食器として欲しいかも。
見た目は優雅な白磁のカップなのに、中の珈琲を煮詰め過ぎずに永遠に冷めないなんて、もう浪漫じゃない?
まぁ、わたしなら、すぐに素焼きのカップの珈琲を時間も掛けずに空けてしまうから、余り実用性はないのだけれどね。
「では、今日からお願いします、アルティフィナさん。日中は喫茶店のお仕事があると聞いているので、朝食を食べてから喫茶店に向かわれると言う事で良いですね? 本当に申し訳ないのですが夜中に何かあったら、アルティフィナさんが頼りなので、遠慮なく起こさせて貰いますね。あぁ、これで私たちも安心です! 普段の夏休みは、もう少し残っている寮生も多いのですが。今年は例年の半数くらいかしら? アルネリーゼ先輩はいないし、得体のしれない物音がするわで、皆怖がってしまって・・・」
ジェニフィーさんの説明を聞きながら、食後のデザートのカット・フルーツ(普通に桃っぽいのだが、冷やし加減が、これがまた絶妙なのよ!)を口に放り込む。徐々に首なし騎士向けの『誘惑』効果が収まり、女子寮の面々も冷静さを取り戻しつつある。すぱっ、と魔法の効果を断ち切れる方が便利なのだろうが、魔族が駆使する起動言語による魔法と違い、サキュバスの『誘惑』は種族固有の本能的なもので、起動は早いがそもそも停止の為の命令語がない。停止方法は、原始的と言うか、・・・薄れるのを待つ。持続させたい時は、『誘惑』を意識し続ける。うん、つまり、停止に関しては制御不能。
「それで・・・、今日から泊まって頂く部屋ですけれど。自宅に帰った者たちの部屋を勝手に使うのも問題ですので、部屋に空きのある私の部屋に簡易ベッドを用意しましたので、そちらでお願いしたいのですが。えっと、何なら私のベッドと交換しても構わないですので、その・・・。私と同室なのですけど、それでお願いしても良いでしょうか・・・?」
正面に座るアイリーン嬢が頬を紅く染めて、そう、わたしに問いかける。
経験的に『誘惑』の影響度には個人的な差異がある事が分かっているのだが、一般的には魔力の高い者は、他の者の魔力の行使に対する耐性が高く、影響から逃れるのも早い。それにも関わらず時として、効果が持続してしまう場合もある。
その上目使い、危険なんですけど。
中学生(ぽい、だけだとは思うが。一応、大学生だし)にしてそれでは、将来が思い遣られる。流石、王族だ。
て、いうか、流石にわたしも王族に手を出すのは控えたい。
それって、明らかにデッド・フラグよね?
「お心使いはうれしいのですが、流石に妃殿下と同室というのは、わたしとしても心苦しいです。何処か空き部屋とか、ありませんでしょうか?」
謹んで、お断りする。
するのだが。
みるみる、アイリーン嬢が涙ぐむ。
え、えっと。
わたしに、如何しろと?
「アルティフィナさん、本当は私もアルティフィナさんと同室が良かったのですが、ここは涙を呑んで、アイリーンさんにお譲りしたのです。如何かその意を汲んで、私からも、お願いします!」
えっ!?
私の横で、ジェニフィーさんが頭を下げる。
ナンデスカ、それ?
段々外堀を埋められている様な気がするのは、気のせいかしら?
「では・・・、本意ではありませんが、私の部屋をアルティフィナさんに使って頂いて、私は王城の自室に戻ります。・・・あぁ、一旦、王城に戻ってしまったら、二度とこの大学に出ては来られないかもしれませんが、アルティフィナさんにベッドを提供出来ないなどという不名誉な事態が生じるくらいなら、私の一生を棒に振るぐらい、致し方ありませんわ・・・」
ちょっと、それ、飛躍し過ぎじゃないデスカ?
さめざめと泣き始めたアイリーン嬢を取り囲み、集まってきた学友たちが慰める。
悪いのは、わたしでしょうか?
そういう展開なんですよね、これ。
「わ、分かりました。ご迷惑をお掛けしますが、妃殿下の部屋に泊めて頂くと言う事でお願い致します」
まぁ、私が手出ししなければ、良い事ではある。
何か、ちょっと、というか、かなり引っ掛かるが王族に恨まれるのも避けたい。
一応ほら、わたしは魔族にも関わらず、王都に隠れ住む身の上ですから。
「ありがとうございます! それとですね。その妃殿下という呼び方もお止め下さい。できれば、アイリーンとお呼び下さいね?」
両手で顔を覆い、諌める学友たちにさえ涙を隠していたはずのアイリーン嬢が両手を下ろすと、ぱあっと、花の様な微笑を見せた。
・・・可愛い。
そのピンクがかった金髪といい、華奢な肢体といい、幼さを残し、それでいて王族の血を引く清楚で凛とした顔立ちといい、全てわたし好みだ。
なのだが。
今、泣いてたよね?
泣いてたはず、だよね?
「えっと。アイリーン様で・・・」
半ば、これは嵌められたのでは、という気がしないではないが。今更後には引けない、かしら?
うん、夜だけだし。
取りあえず自分を納得させて、回答する。
「ダメです」
却下されました・・・。
真正面から、凛とした水晶の様な瞳で睨まれる。
わたし弱いんですけど、そういうの。
多分、出自というか前世の記憶が、可愛い女の子に睨まれた場合の耐性を、大幅に引き下げている。
「じ、じゃあ、アイリーンさん、で・・・」
もう、勘弁して貰って良いでしょうか?
ここは一つお互い、妥協が必要でしょう?
「分かりました、私も妥協が必要ですよね? では、今夜から、お願いしますね」
わたしの想いが通じたのか、アイリーン嬢の承諾を得た。
何か、凄く疲れたかも。思わず、机に突っ伏す。(大きなテーブルなので、デザート皿を避けて突っ伏すぐらいは容易い)
良いのかしら、これ? 誇り高き魔族として、サキュバスとして如何なものかと思うが、考えると悲しくなりそうなので、取りあえず考える事は放棄する。
所詮、魔族と言っても最下層だし。人生は妥協の連続よね。
「アルティフィナさん、夕食の後はお風呂です。寮のお風呂は、とっても、おっきいんですよ! さぁ、行きましょう!」
すっかり元気になったアイリーン嬢に引きずられ、他の寮生たちには背中を押されて、アイリーン嬢の部屋へと連行されながら、如何したものかと考える。
うーん、取り敢えずは、グレンがバスタオルは入れてくれていたはず。
その後は・・・、その時考える事にしよう。
お待たせしました、再開です!