第7章
7.
ルトビアの文教地区は街の北側にある。王立ルトビア魔法学大学校もまた、街の北側も北側、王城の石積みの城壁に沿って建てられていた。王族の子弟の通学時間は極小で、おそらくは自分の部屋から城門に下りてくる迄の方が、何倍も時間が掛かるだろう。いくら全寮制を敷く王立ルトビア魔法学大学校でも、そんな直近の場所に住む子弟たちは入寮を免除されているのでは、などと思われがちだが、実際には在学の子弟はすべてすべからく寮に入っている。要するに子弟たちは皆、僅かな距離でも王城の束縛から逃れる、その為にも、この大学への入学を希望してきたのだった。
王族であっても庶民であっても全く同等に扱う、そういう厳しさと優しさを併せ持つ。王立ルトビア魔法学大学校とは、そんな学校だった。
「これは・・・、迷ったかしらね」
王立ルトビア魔法学大学校までは、こられた。わたしだって、場所ぐらいは知っている。大通りを街の南端から北端まで歩くだけだから、流石に迷うところがない。心配性のグレンを捨て置いて、ふんふん、と鼻歌交じりに大学の校門をくぐったところまでは良かった。
問題は、大学の入り口こそ王城の城壁の外でも、まさか大学そのものは王城の地下に存在するとは。
知らないわよ、そんなの。入った事なかったし。
しかも、これはもう、迷宮でしょ。
方向表示は、あるのだ。ちゃんと、通路の壁に至るところに表示がある。あるのだが、わたしの向かう先にゴーレムがいる。一定距離まで近づくと、容赦無く襲い掛かってくる。
回避しようと脇道に入ったところで、別のゴーレムに襲われ、振り切ろうと意図せぬ右折左折を繰り返すうちに、道に迷ってしまった。
流石、王立ルトビア魔法学大学校。侮れない。
というか、やることがえげつないわ。
「如何しましたか、お嬢さん。何かお困りごとでも?」
不意に背後から、声を掛けられた。王城の地下だけあって親切な執事でもいたのかも、と嬉しくなって振り向くと、一人の甲冑の騎士が立っていた。建国の戦乱が過ぎ去って何十年も経つというのに、鋼鉄製の甲冑を身に纏い、その右手には大振りの両刃の剣を携えている。問題は左手の方で、左手の肘の辺りには甲冑の兜と、その中身つまり切断された頭を抱えている。如何やら、わたしに声を掛けてくれたのは、左腕に抱えられた首だった。
うーん、かなりシュールだけど、出来ればお会いしたくなかった。
「あ、あの、大学の寮に行きたいのですが、道を教えて頂けますか?」
如何やら無事コミュニケーションは成立している様だし、取り敢えずダメ元で訊いてみる。
うーん、この展開、やっぱりダメよね、普通に考えて。
「大学の寮に行きたいと? 良いでしょう、このわたくし奴がご案内しましょう。実は私、最近首を寝違えてしまいまして。出来れば治すのに、ちょっとお嬢さんにも手伝って頂きたいのです。つまり・・・、お礼と言っては何ですが、お嬢さんの命を頂きたいのです!」
あぁ、やっぱり・・・。
鎧の騎士が、剣を振り上げ、わたしに向かって突進してきた。ガシャガシャ、と金属の鎧が騒々しい音を立てる。
取り敢えず、とてもうざい。
「わたしに近づく事を『禁ずる』、・・・ていうか。おじさま、その鎧姿かっこいいわぁ。最近の戦も知らない騎士じゃ、こうは、いかないわよね。やっぱり、おじさまくらい年季が入ってないと、本物の騎士とは言えないわよね!」
『禁止』して、続いて『誘惑』の能力を全開。
好みの男ではないが、ていうか、ごく一部例外を除き男なんて嫌いだが、職業柄、褒めるのは上手い。
「そ、そうか? お嬢さん、良く分かっておられる。大学の寮でしたかな? おお、そんな事は、お安い御用だ。わたくし奴がご案内しましょうぞ! ついて参られるがよい!」
如何やら、喜んで貰えたらしい。
首のない(無くはないが)騎士の案内は、ことの他強力で、途中のゴーレムたちを切り倒しながら、無事に寮の入り口まで案内してくれた。
そびえ立つ様な、青銅の両開きの扉が開く。
わたしは、にこやかに騎士のおじさまに手を振りながら、いよいよ寮の中へと踏み込んだ。