後編
「沙樹ちゃんごめんな、デートを邪魔して」
カウンター席に座った沙樹に、マスターがコーヒーを出した。
「デートじゃないですよ。あたしたち親しいけど、そんな関係じゃないし」
ミルクと砂糖を入れながら、沙樹が答えた。
「そんなことより、得能くんがピアノ弾けるなんて。ちっとも知りませんでした」
初めて見る姿を新鮮に感じた沙樹は、スマートフォンを取り出して、演奏している哲哉を写真に撮った。
そういえば哲哉の部屋には電子ピアノがあった。作曲に使う程度のものだと思っていたので、流れるように弾いている姿が意外だった。
「彼は小さいときからクラシックピアノを習ってたんだよ。中学に入ったころにロックに出会ってからは、ジャズやポップスも弾くようになったんだって。おかげでスタンダードナンバーは結構弾けるらしい」
演奏中の曲も有名なクリスマスソングだ。
「でも、急に頼まれて弾けるものなんですか?」
「沙樹ちゃんは知らなかったんだね。哲哉は週に二日ほど、うちで生演奏してるんだよ。渡した曲リストも、ここ一月の間に弾いてるものばかりなんだ」
自宅から通う沙樹は、みんながサークル活動を終えたあとどんな生活をしているのか、ほとんど知らない。だから自分もひとり暮らしをして、その中に入りたかった。だが家に帰ることを拒否されている哲哉を思うと、無邪気に憧れていた自分を反省してしまう。だれもが好きでひとり暮らししているとは限らないのだ。
沙樹は初めて聴く哲哉の演奏に、じっくりと耳を傾けた。いつものボーカルと違い、どこか遠慮ぎみで大人しい。ライブで見せる迫力がないのが気になった。頭がクラクラするようなパワーは、ボーカルでないと表現できないのだろうか。
だがそんなことはどうでもよくなるくらい、哲哉のピアノは優しかった。一歩ひいた演奏が心地良い。柔らかな音に包まれて気持ちも穏やかになる。そんな響きだった。
「きみ、あのピアニストと知り合い?」
ひとつおいて左側に座った客から、いきなり質問された。
学生街には場違いなスーツ姿の男性だった。三十歳前後だろうか。眼鏡越しでも鋭い眼光が伝わってくる。相手が学生だと思って、一段上から見下ろしている。人事部の採用担当にいそうな威圧感のある人物だった。
沙樹は見知らぬビジネスマンに良い印象を抱けなかった。コーヒーを飲んで聞こえないふりをしていると、また質問を重ねてきた。
「彼、ロックバンドでボーカルやってるらしいけど、ライブを見たことは?」
「ありますけど。それが何か?」
心地良い音楽を中断された苛立ちと、偉そうな態度に、沙樹の口調が厳しくなる。
「先輩いち押しのボーカリストってことだから楽しみにしてたけど、たいしたことないな。彼のピアノは存在感がない。表現力があるのは認めるが。歌を聴くまでもない……か」
ビジネスマンは独り言のように哲哉を評価した。ライブを見ないでピアノだけで判定する姿に、沙樹は怒りを覚えた。
「失礼なこと言わないでください。得能くんのボーカルは勢いも迫力もあります。力強くて、優しくて、切なくて、そして元気をくれるんです。それを聴きもしないで判断するなんて、酷いと思いませんか」
ビジネスマンは呆気にとられたように沙樹を見て、やがてくすりと笑った。
「きみらはつきあってるんだな。彼氏にケチをつけられては、穏やかでいられないか」
なんて下世話な解釈だろう。これ以上話すことはないと判断した沙樹は、ビジネスマンを無視することにした。反発されたことを理解するだけの観察力は備えていたようで、小さく苦笑いすると、今度はマスターに話しかけた。
「本多先輩も彼女も、身内だからって過大評価してませんか。たしかにいろんなジャンルの曲を器用に表現するだけの実力は認めます。でも十人並みっていうか、存在感がありません。もっと期待してたけど……これではバンドのライブを見るまでもないですね」
「そうか。おまえがそう評価するなら、その程度なんだろうな」
マスターはそれ以上何も言わず、ティーサーバーとカップにお湯を注いだ。
沙樹は悔しさでいっぱいになった。少しは反論するかと思ったマスターは、ビジネスマンの言葉を否定しなかった。哲哉にも苛立つ。ボーカルと同じ力で演奏すれば、悪口なんて撤回させられるのに。どうして今夜は、いつものパワーを出さないんだろう。
それともこのふたりが言うように、哲哉の実力は沙樹が勝手に作り出した幻想なのか。
哲哉は数曲の演奏を終え、楽譜を閉じて立ち上がろうとした。するとそのときを待っていたかのように、マスターが水を持っていった。何やら指示をしたらしく、哲哉は困ったように口元をゆがめた。しぶっているとマスターがさらにつけ加える。哲哉は肩をすぼめ、どうなっても知らないよというようなそぶりを見せた。迷わず行けと言わんがばかりに、マスターが背中を叩いた。
哲哉はピアノの前に座り直し、目を閉じた。ステージに上がる直前に見せる姿と同じものだ。初めて見たとき沙樹は、何をしているのか疑問に思った。すると横にいたワタルが、ライブにあわせて気持ちを高めているのだと教えてくれた。
目が開かれた。鍵盤を見つめる哲哉の顔は、さっきまでと瞳の輝きが違った。
緊張が伝わる。沙樹は知らないうちに両手の拳を握りしめた。
ビアノの音が力強く響いた。それまでは空気のようにひっそりとしていた演奏が、一転して熱を帯び、自己主張を始める。透明に輝くクリスタルが、音を耳にした人の目の前にそびえ立つ。まっすぐにのびる声が、マイクなしでも店内に響き渡った。
「これよ、この迫力。オーバー・ザ・レインボウのライブそのままだよ」
沙樹はそうつぶやきながら、ビジネスマンを横目で見た。
嘲笑まじりで聴いていた姿はすっかり消え、完全に圧倒されている。コーヒーカップを手にしたまま口につけることもできないで、弾き語りをする哲哉をじっと見ていた。いや、目が離せなくなっている。その姿を見て沙樹は、少し良い気分になっていた。実力も見抜けないで、失礼な評価をするからだよ。そんなふうに言いたかった。
「これだけのパワーがあるなら、どうして最初から出さないんだ? 手を抜いていたわけでもないだろうに」
ビジネスマンが口にした疑問は、沙樹の疑問でもあった。ティーサーバーのお湯を捨てながら、マスターが二人にヒントをくれた。
「お客さんたちを見てごらんよ」
沙樹は店内にいる客ひとりひとりに視線を移した。だれもが動きを止めて、ピアノを弾いている哲哉をじっと見ている。さっきまでは演奏を見る人はほとんどなく、会話をしたり、静かに本を読んだりと、それぞれの世界を楽しんでいた。それが今は、全ての視線が哲哉に集中している。
演奏が終わった瞬間、客たちはふと我に返った。だれかが拍手を始めると全員がそれに続き、店内は大きな歓声に包まれた。
「なるほど。ピアノの生演奏はBGMか。客たちの邪魔にならないように、かつ店内を華やかな雰囲気にする。主張しすぎないように、意識してセーブしてたのか」
「そういうことさ」
マスターは茶葉を入れたサーバーに、沸騰したばかりのお湯を注いだ。ビジネスマンは沙樹に、
「すまなかったね。彼氏をなめるような発言して。完全に見くびってたよ」
と真摯な態度で謝った。そしてマスターに視線を戻した。
「今までたくさんのバンドを紹介されましたけど、実際にステージを見ると、前評判だけで、がっかりさせられてばかりだったんです。身びいきする気持ちもわからなくはないんですが。そんなわけで、彼もそのひとりかと思ってました」
「おれの目を信じなかったわけか」
あきれたマスターがふっとため息をつくと、勘弁してくださいよと申し訳なさそうにつぶやいた。
「それにしても激しい表現だ。油断してると聴いてるこちらが力負けしてしまう。あの情熱の源はどこにあるんだ?」
ビジネスマンはあごに手を当ててつぶやいた。そしてしばらく考えたのちに、指をパチンと鳴らした。
「子供……そうか、例えるなら子供だ。ひとりにされるのを恐れて、大声で自分の存在を叫んでいる。忘れられたくない気持ち、ふりむいてほしいという必死さがあるな。そのパワーが、聴く人を捕らえて放さないのだろうか」
沙樹は今日の哲哉の言葉を思い出した。
――親に見捨てられたのさ。
たった一曲聴いただけで、哲哉の内面まで見抜いた。鋭い眼光は相手を威圧するためのものではなく、本質に迫るためのものだった。
「本多先輩、彼らのライブがあるときは忘れずに連絡してください。ボーカルだけじゃなくて、バンドの実力も見てみたい」
「じゃあ、次はこの日だな」
マスターは来年二月に行われる合同ライブの案内を広げた。オーディションをして選ぶだけあって、実力のあるアマチュアが集結している。中にはプロ直前だと噂されているバンドの名前もあった。
「おや、彼らも出演しますか。さすがは先輩だ。いいメンバーを集めてますね。ますますライブが楽しみになってきましたよ」
ビジネスマンは今日初めて笑顔を見せた。そして名刺を一枚取り出してカウンターにおいた。
「お嬢さん、彼氏によろしく伝えてくれないか」
席を立ったビジネスマンは、マスターに別れの挨拶をしてジャスティを出た。
「もう。得能くんは彼氏じゃないっていうのに」
沙樹は困ったように苦笑いをして、グラスの水を一口飲んだ。
ビジネスマンと入れ替わるようにして、着替えをすませた哲哉がカウンター席に戻り、沙樹の隣に座った。
お疲れさん、と言ってマスターはレモンティーをカウンターにおいた。
「やっぱりまずかったんじゃない? ライブと同じテンションで弾き語りなんてさ。お客さんたち、びっくりさせちまったじゃないか」
マスターは日頃から哲哉に、BGMに徹するようにと指導していた。それなのに先ほどは、全力を出して好きなように弾けと指示してきた。いつもとは正反対の要求をされて困ったが、言われたなら仕方がない。全力で演奏したところ、予想通りの結果になった。ライブのように注目して聴いてくれるのは本当にうれしいが、この場にはふさわしくない。そう思うと喜びも半減する。
哲哉は複雑な胸の内を抱えたまま、レモンティーを一口飲んだ。
「でもおかげで、得能くんのこと軽く見てたお客さんを、見返せたのよ」
「なんだよそれ。客ひとりをやり込めるために弾かせたのかよ」
ビジネスマンの話を聞いた哲哉は、自分が小道具に使われたようで良い気がしなかった。
「そう言えば名刺おいていったんだっけ」
沙樹はビジネスマンが座っていた場所を指さした。
「あの人、マスターの後輩なんでしょ。何してる人?」
哲哉は手を伸ばして名刺を取り、名前を確認した。
「日下部尊、株式会社クレセント――なんだって? クレセント?」
予想もしなかった社名に、哲哉は大声を出してしまった。それは大手レコード会社の名前だった。裏も確認し、また表の文字を読み直す。何度見直しても、間違いではなかった。
「マスター、これ、本物なのかよ?」
「本物さ。あいつは正真正銘クレセントの社員だって」
疑わしそうにしている哲哉たちに、マスターが告げた。
「あの人が後輩ってことは……マスターって、元クレセントの社員なんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
沙樹はもちろん、哲哉にとっても初耳だった。
「日下部とは新人発掘の仕事をしていたんだ。脱サラしてここをオープンしてからも、おれを頼って、実力のあるバンドはいないかって来るんだよ。オーバー・ザ・レインボウのことを話したら、今すぐ聴かせろってしつこいのなんの。昔から言い出したらきかないやつだったから、なだめきれなくて。すまなかったな、哲哉」
マスターは申し訳なさそうに肩をすぼめた。見せたくても録画映像が手元にない。考えたすえにボーカルだけでも聴かせようと、哲哉に連絡したのだと言う。ピアニストが急病というのは、とっさに考えた口実だった。
「日下部、哲哉に興味が出たみたいだな」
そう言って笑うマスターの顔は、いつもの穏やかな表情ではなかった。前人未到の世界に足を踏み入れても、一歩も引くことのない冒険家。むかうところ敵なし。あるのは勝利のみと、自分を信じて疑わない。そんな不敵な笑みだった。
だが哲哉は、話があまりにも現実離れしていて、にわかには信じられなかった。ましてや実感など全然わいてこない。
「いいか。来年は確実に何かが起きる。どんなことがあっても、自分たちの力を疑うんじゃないぞ。自信を持て。わかったな」
マスターはいつにない鋭いまなざしで哲哉を見た。その目は、この先バンドを待っている厳しい世界を物語っているようだった。
ジャスティをあとにした哲哉は、沙樹を送って駅まで歩いていた。
冷たく澄み切った冬の空気が、昂る気持ちを落ち着けてくれる。街を飾るにぎやかなイルミネーションは、目指す世界の華やかさを象徴しているようだ。
「あの人がレコード会社の人だなんて。マスターの過去とともにサプライズね」
沙樹はいつになく興奮していた。通りを歩く人たちの前で、今の出来事を大声で発表しそうな勢いだ。だが哲哉は素直に喜べない。話が大きすぎて、ひとりでは受け止められないでいた。
仲間が一緒だったら、もっと違う感情も湧いただろう。なのにメンバーがいないときに、こんな大切な話を聞かされてしまった。
「来年は大きな波がやってきそうだね。でも大丈夫。得能くんたちなら、絶対にうまく乗れるよ。応援してるね」
「うん……」
ジャスティでレギュラー出演するときは、わずかながらもギャラをもらっている。その意味で自分たちはセミプロだと思っていたし、マスターにもそう振舞えと言い聞かされていた。お金を貰っている以上、いいかげんなライブをやってはいけないと自覚していたつもりだった。プロに片足を入れて、その世界の住人であるように錯覚していた。
だがレコード会社という巨大な現実を目の当たりにすると、そんな自信はもろくも砕け散った。これくらいのことで動揺するなんて情けない。自分たちのやっていることが、狭い世界だけで通用するバンドごっこにすぎなかったことを痛感する。
小さなコップの中しか知らない自分たちなのに、大海に放り出されても大丈夫なのだろうか。次々と不安ばかりが胸におしよせる。
「思ったほどうれしそうじゃないね」
急に黙り込んだ哲哉を心配するように、沙樹が声をかけた。
「話があまりにも大きすぎるよ。プロになりたいなんて大口たたいてたけど、いざ話が現実になったら、ビビっちまってるんだ」
沙樹が意外そうな表情を浮かべ、哲哉を見た。それを横目で見て言葉を続ける。
「おれが考えてたプロの姿って、少しも具体的じゃなかった。どんな姿をイメージしてるのかって聞かれたら、何も答えられないんだぜ。まさかこんなところで足がすくむなんて、思いもしなかった」
はっきりとしたビジョンを描いたことがなかった。仲間たちと真剣に語り合っていなかった。みんなも同じようにプロを夢見ているだろうか。思いが共有できているだろうか。そんな簡単なことすらわからない。
「何も悩むことじゃないと思うけど」
沙樹が柔らかく微笑むのを見て、哲哉は戸惑う。
「プロになった姿がはっきりしないのって、あたり前じゃない。雲の上は下からは見えないでしょ。どんな世界なのか見たこともないのに、そこに立ってる自分の姿が想像できないからって、恥ずかしいことじゃないよ」
沙樹は励ますように続ける。
「それよりも今は、そこに続く階段のふもとに立てたことを喜ぼうよ。一段一段上るごとに、まわりの景色も変わる。雲の上も見えてくる。近づくごとに、自分の姿が具体的になってくるんじゃないかな。あたしはそう思うよ」
明日いきなり、ドームでライブをやるわけではない。沙樹の言うように、一段ずつ確実に上ればいい。重要なのは、足を踏み出す勇気。それだけだ。
「どんなに上りたくても、それが許される人はほんの一握りなのね。それなのに大半が途中で落ちていく。雲まで手が届く寸前で力つきる人もいる。厳しい世界だよ。でも挑戦するだけの価値はあるんじゃない?」
この話をメンバーたちは何と言うだろうか。幸運だと素直に喜ぶか、足がすくんでしまうか。そして、一緒に上ってくれるだろうか。
「雲の上からの景色、いつかあたしにも見せてよね」
もちろんだよ、という意味を込めて、哲哉はうなずく。
「こうなったらあたしも負けていられないな。音楽のことをもっと勉強して、みんなの手助けができるようにならなきゃ」
図書館を出たときに沙樹が言い淀んだことを、哲哉は思い出した。
「あたしは自分で音楽を作れない。でも、得能くんたちが作る曲をたくさんの人に伝えたい。音楽に夢を乗せる人たちの手助けが、どうしてもしたい。だからそんな仕事につきたいと思ってるの」
「手助け?」
「具体的に言うとね、ラジオかTVで音楽番組を作るような仕事がしたいんだ。勧誘されて気軽に入った放送研だけど、番組作りしているうちに、それが得能くんたちの夢とつながってることに気づいたの。あたしはバンドのメンバーじゃないけど、今までも、そしてこの先もずっと仲間だって思っていたい。いつまでもみんなとつながっていたいの」
そう言って胸元で右手を握りしめた。その拳に自分の拳を軽く当てると、沙樹は親指を立ててウィンクした。
「今日はいろいろありがとう。明日CD取りに行く前に電話するね。おやすみなさい」
真冬の寒さを吹き飛ばすような明るい笑顔を残して、沙樹は改札を通り抜けた。哲哉は手をふって、それを見送った。
不意に目の前を白いものが舞った。見上げると、雪がちらついていた。舞い降りる雪をじっと見ていると、自分が浮遊する錯覚にとらわれることがある。このまま雲の上まで行ける、ふとそんな気がした。
今日の出会いは、サンタクロースからのプレゼントかもしれない。ひとりで過ごすはずだった夜に、予想もしなかった出来事が起きた。
突然、スマートフォンから着信を告げるサウンドが響いた。沙樹からのメッセージだった。ジャスティでの出来事を簡潔にまとめ、メンバー全員に送っていた。こちらから頼まなくても、細かい心遣いで手助けしてくれる。哲哉の気づかないところでいつも気を配ってくれる。
仲間たちの姿を思い浮かべた。みんなは今、バンドから離れた世界にいる。だれもメッセージに気づかないだろう。返事が来るのは明日になるかもしれない。
ため息をつきながらスマートフォンをポケットに戻そうとすると、突然通知音がした。送り主はワタルだ。ちょうど休憩時間だったらしく、すぐにメッセージを書き込んでいた。余程慌てて書いたのだろう。それは誤字まじりの文章だった。
珍しいこともあるものだと思いながら読んでいると、また着信音が響いた。送り主を確認する暇もないほどに、次々と届く。
驚きの声、歓喜の声。哲哉が書き込む隙もないほどに、会話が進んでいく。
――年が明けたら、なるべく早くそっちに戻る。帰省、明日にしておけばよかったよ。
――デートは中止。十五分ほどで哲哉の家に着く。詳しい話が知りたい。
――バイト早く終われ! 終わったらすぐに行くからな。コーヒー入れて待ってろよ、哲哉。
――二次会なんて行ってられない。今すぐ断って哲哉のうちに行くよ。
離れていても、ひとたび音楽のこととなると、いつでもつながることのできる仲間たちだった。
今日は何を悩んでいたのだろう。どうして取り残されたなんて思い込んだのか。自分のとったひとり相撲に苦笑してしまう。
彼らとともに手を取りあって、頂点を目指すのも悪くない。そこが険しければ険しいほど、仲間との絆は強くなる。ひとりでは困難な道も、みんながいれば走り抜けることだってできる。
その先にある姿こそ、プロになった自分たち。
ほんの一瞬だが、それが見えたような気がした。
みんなとの絆を知ること。それこそが、聖夜の贈り物。距離なんて関係ない。大切な仲間たちは、いつだってそばにいる。
冬の冷たい風でさえ、心に燃える火を消せはしない。哲哉は心地良い高揚感に支配されていた。
何が起きても、どんなことがあっても、自分たちの力を疑わない。自信を持って前に進む。音楽という絆でつながれた仲間とともに。
雪のちらつく中を、熱い情熱を胸に抱き、哲哉は一歩踏み出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
なるべく早いうちに続きを書いていきたいと思います。