第1話 虚ろなる目ざめ
焼けた鉄の棒を、喉の奥から腹の底まで突き込まれた。
そんな激痛が、意識を叩き起こした。
「――ッ、が……あっ!?」
息ができない。
腹の中で何かが暴れている。胃袋を内側から鷲掴みにされ、無理やり捻り上げられているようだった。
喉が焼ける。
心臓が早鐘を打つ。
身体中から冷たい汗が噴き出して、手足の先から血の気が引いていく。
「ぐ、ぅ……っ!」
反射的に身体を丸めた。
だが、それでも痛みは治まらない。
むしろ、内臓を締めつけるような苦痛はますます強くなり、とうとう我慢できずに寝台から転がり落ちた。
どさり、と鈍い音が響く。
次の瞬間、喉の奥から熱いものがせり上がってきた。
「おぇ……ッ!」
吐いた。
胃の中にあったものを、何もかも吐き出した。
酸っぱい臭いが鼻を突く。喉の粘膜を焼くような痛みに涙が滲み、まともに呼吸することさえできない。
それでも吐き気は止まらなかった。
何度も、何度も。
とうとう胃液すら出なくなるまで、俺は床に這いつくばってえずき続けた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
どれほど、そうしていただろう。
やがて腹の奥で暴れていた激痛が、少しずつ遠ざかっていった。
もっとも、痛みが消えたわけではない。
胃のあたりには鈍い不快感が残り、喉はひりつき、指先は小刻みに震えている。
身体を起こそうにも、全身から力が抜けてしまっていた。
(……なん、だ……?)
ひどい目覚めだった。
寝起きにしては、あまりにも最悪だ。
……いや。
そもそも。
(……ここは、どこだ?)
床に片手をつき、周囲を見回す。
見覚えのない部屋だった。
天蓋のついた大きな寝台。
漆塗りの調度品に、繊細な意匠が施された燭台。壁には水墨画の掛け軸が飾られ、床には上等そうな絨毯が敷かれている。
和と洋を無理やり混ぜ合わせたような、妙に豪奢な空間だ。
少なくとも、俺の知っている部屋ではない。
「……なんだよ、これ」
声が出た。
そして、その声にも違和感を覚えた。
澄んでいて、少し低い。
耳に心地よい響きではあるものの、どうにも自分の声を聞いている気がしなかった。
それだけではない。
床についている手が、妙に白い。
指は細く、すらりと長い。見覚えのない上等な寝間着から覗く腕も、記憶にある自分のものよりずっと華奢だった。
(……おいおい)
嫌な予感がした。
というか、何かとんでもないことが起きている。
少なくとも、ただ寝ぼけているだけでは説明がつかない。
そこで、ふと。
寝台の脇に置かれた小さな盆が目に入った。
白磁の湯呑み。
その中には、まだ半分ほど茶が残っている。
芳醇な茶葉の香りに混じって、微かに甘ったるい匂いが漂っていた。
「…………」
その匂いを嗅いだ途端、胃がひっくり返りそうになった。
先ほどまでの苦痛が、鮮明によみがえる。
喉を焼く熱。
内臓を握り潰されるような激痛。
全身から血の気が引いていく、あの恐ろしい感覚。
そして。
――茶。
頭の奥で、何かが引っかかった。
(……まさか、な)
俺は湯呑みを見つめた。
そのときだった。
「若様? 今、何か物音が……」
襖の向こうから、女の声が響いた。
続いて、控えめな足音。
「若様、失礼いたします」
返事をする間もなく、襖が開かれた。
現れたのは、着物姿の若い侍女だった。
彼女は床に倒れ込んでいる俺を見るなり、目を見開いた。
「わ、若様!? いかがなさいました!?」
「……見りゃ、わかるだろ……」
まともに声が出ない。
舌が痺れているようだった。
侍女は慌てて駆け寄ろうとしたが、その途中で足を止めた。
視線が、床に広がった吐瀉物へ向かう。
それから、寝台脇の湯呑みへ。
ほんの一瞬だけ。
彼女の顔から、表情が消えた。
「……お茶が、お身体に合いませんでしたか?」
妙な聞き方だった。
ただの体調不良なら、普通は医者を呼ぶなり、介抱するなりするものではないだろうか。
だが、侍女の視線は俺よりも、なぜか湯呑みへと向けられていた。
「……知らん」
俺は、なんとかそれだけ答えた。
それ以上、喋る余裕がなかったというのもある。
だが、何より。
この女を信用していいのか、わからなかった。
「……水を」
「は、はい。ただいま!」
侍女は慌ただしく頭を下げ、部屋を出ていった。
襖が閉まる。
その音を聞いてから、俺はようやく息を吐いた。
「……はぁ」
まったく、訳がわからない。
身体は妙に華奢になっているし、声も違う。
知らない豪邸で目覚めたと思ったら、いきなり毒でも飲まされたような苦しみを味わった。
……毒?
その言葉が頭に浮かんだ瞬間。
脳裏に、一つの光景がよぎった。
――薄暗い部屋。
――青白く光るモニター。
――その画面に表示された、一人の銀髪の少年。
「……え?」
思わず、顔を上げた。
銀髪の少年。
俺は、そいつを知っている。
いや。
知っているどころではない。
嫌というほど、見覚えがあった。
「……まさか」
俺は、ふらつく身体を無理やり起こした。
壁際に、大きな姿見が置かれている。
どうしてだろう。
そこに行かなければならないと、直感した。
寝台の縁に手をかけ、震える足に力を込める。
立ち上がった途端、目の前が暗くなった。
「……っ」
危うく倒れそうになる。
それでも壁に手をつき、なんとか姿見の前まで辿り着いた。
そして。
「…………は?」
鏡の中の人間と、目が合った。
艶やかな銀髪を後ろで束ねた、細身の美男子。
切れ長の双眸は冷ややかで、すっと通った鼻梁と薄い唇が、どこか人形めいた印象を与えている。
もっとも、その目つきはすこぶる悪い。
何もしていないのに他人を見下しているような、傲慢な雰囲気が顔全体から滲み出ていた。
……間違いない。
この顔を、俺は知っている。
「五影堂……天青?」
名前が、自然と口からこぼれ落ちた。
その瞬間。
頭の中で、何かが弾けた。
闇。
星。
血に染まる大地。
押し寄せる怪物の群れ。
絶望に満ちた世界で、理不尽な運命に抗い続ける少年少女たち。
そして、画面の向こうで幾度となく見てきた、救いようのない結末。
「……『払暁の星々』」
それは、俺がかつて夢中になって遊んでいたゲームのタイトルだった。
『払暁の星々』。
それは、一部の愛好家から熱狂的な支持を受けていた、アクション&シミュレーションRPGだった。
発売当初の売り上げは、それほど芳しくない。
宣伝も地味で、世間一般における知名度は決して高くなかった。
だが、実際にプレイした人間からの評価は極めて高い。
緻密な世界観。
魅力的な登場人物。
そして、プレイヤーの心を容赦なく抉ってくる、壮絶なシナリオ。
そのあまりの出来栄えに、一部のファンからはこう呼ばれていた。
――心をえぐる神クソゲー、と。
……まあ、気持ちはわかる。
俺も、あのゲームには散々泣かされた。
何しろ、舞台となる世界がとんでもない。
数百年前に太陽が失われ、世界は永遠の夜へと閉ざされた。
人類は生存圏の八割を喪失。
人口の九割が死に絶え、生き残った人々も人ならざる怪物――《闇の徒》によって、日々その命を脅かされている。
残された人類は、六つの大国と、それらを支える六天家を中心に、人工の光と結界によって辛うじて文明を維持していた。
人々を守るのは、星の力を操る《星術師》たち。
彼らが闇の徒と戦い、滅亡へと向かう世界で必死に足掻き続ける。
それが、このゲームの大まかな内容だった。
……そして。
このゲーム、びっくりするほど人が死ぬ。
それも、ただ死ぬだけではない。
救おうとした相手が目の前で殺される。
ようやく掴んだ幸せを、次の瞬間には踏みにじられる。
誰かを救えば、別の誰かが犠牲になる。
プレイヤーが必死に積み重ねてきた努力を、まるで嘲笑うかのように、物語は残酷な結末へと転がり落ちていく。
ヒロインの個別ルートでさえ、ほとんどが悲劇的な結末を迎える始末だ。
唯一、超絶難易度のグランドルートだけが、世界そのものを救済する道へと繋がっている。
逆に言えば、それ以外ではほぼ確実に世界が滅ぶ。
……いや、本当に。
よくもまあ、こんなゲームを作ったものだと思う。
俺は、そのゲームを馬鹿みたいにやり込んだ。
仕事から帰れば、シャワーもそこそこにゲームを起動。
休日ともなれば、カーテンすら開けずにモニターと睨めっこしていた。
気づけば夜が明けていて、ろくに寝ないまま会社へ向かったことも一度や二度ではない。
救えない結末に頭を抱え、納得のいかない展開に悪態をつき、それでも僅かに残された希望に心を掴まれた。
そうして何度も、何度も、物語を繰り返した。
だから、覚えている。
登場人物の能力も。
シナリオの分岐条件も。
隠された事件の真相も。
そして。
――五影堂天青が、どのような末路を迎えるのかも。
「…………」
俺は、鏡に映る銀髪の少年を見つめた。
五影堂天青。
人類を守護する名家、六天家の一角。
五影堂家の跡取りにして、妾腹の息子。
人形術、式神術、呪術、神術、影術。
多彩な秘術に適性を持ちながら、どれ一つとしてまともに大成することなく、その才能を腐らせた男。
性格は傲慢で、口が悪く、自分より立場の弱い人間を見下す。
何かにつけて原作主人公たちに突っかかり、最後には盛大に返り討ちに遭う。
そういう、典型的な悪役かませ犬だった。
そして。
「……こいつ、どのルートでも死ぬんだよな」
ぽつりと、呟いた。
そう。
五影堂天青は、死ぬ。
それも、例外なく。
あるルートでは暗殺される。
あるルートでは家中の権力争いに巻き込まれ、使い捨ての生贄にされる。
またあるルートでは闇の徒に取り込まれ、醜悪な怪物へと変わり果てる。
挙げ句の果てには、己の傲慢さが招いた自滅によって、誰にも顧みられることなく退場することさえあった。
刺殺、撲殺、絞殺、謀殺。
死に方のバリエーションだけは、やたらと豊富だった。
原作のプレイヤーたちからは、そのあまりにも無惨な扱いによって、半ばネタキャラとして親しまれていたほどだ。
俺も、画面の向こうで何度となくこいつの死に様を眺めていた。
……だが。
「……笑えねえ」
自分がその立場になってみると、まったく笑えなかった。
というか。
「よりにもよって、なんでこいつなんだよ……!」
冗談じゃない。
ゲームの世界に転生した。
そこまでは、百歩譲っていいとしよう。
いや、本当はよくないが。
どうして、よりにもよって、全ルート死亡確定のかませ犬なんだ。
せめて原作主人公だったら、もう少しやりようがあっただろうに。
……まあ、あいつもあいつで散々な人生を送るわけだが。
少なくとも、生き残れる可能性があるだけマシだ。
それに引き換え、五影堂天青ときたら。
学園入学から物語中盤までの、およそ一年以内に必ず死亡する。
どのような選択をしても。
どのルートを辿っても。
生存した例が、一度たりとも存在しない。
(……詰んでるじゃねえか)
思わず、両手で顔を覆った。
その拍子に、また胃が痛んだ。
「……うぐっ」
そこで、思い出した。
先ほどまで俺を苦しめていた、あの激痛。
そして、寝台の脇に置かれていた湯呑み。
……そういえば。
(……あったな、そんな設定)
記憶の底から、一つの情報を引っ張り出す。
五影堂天青は、妾腹の跡取りだ。
五影堂家の血を引いているとはいえ、その立場は決して安泰ではない。
本家と分家の対立。
跡目を巡る権力争い。
そして、正統な血筋を持たない天青に対する、周囲からの悪意。
それらが複雑に絡み合った結果、天青は幼少期から様々な妨害を受けていた。
まともな教育を受けさせてもらえず、与えられる教材も質の悪いものばかり。
教育係はろくに仕事をせず、使用人たちも裏では平然と彼を見下している。
……そして。
極めつけが、毒だ。
五影堂天青は、幼い頃から食事に薬物や毒を混ぜられていた。
直接命を奪うためではない。
体調を崩し、思考力を鈍らせ、精神を不安定にするため。
そうして時間をかけて能力を損ない、跡取りとして不適格な人間へと仕立て上げる。
原作の設定資料集に記載されていた、胸糞の悪い裏設定だった。
「…………」
ゆっくりと、寝台の脇へ視線を向ける。
白磁の湯呑み。
半分ほど残された茶。
微かに漂う、甘ったるい匂い。
それから、先ほどの侍女の態度。
「……ああ、なるほど」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
確証はない。
だが、状況を考えれば、疑う理由としては十分すぎる。
つまり、俺は。
この世界で目覚めた、その瞬間から。
既に、命を狙われていたというわけだ。
「……ふざけんなよ」
自然と、悪態が漏れた。
何が悲しくて、寝起き早々こんな目に遭わなければならないのか。
そもそも、こいつらは一体何がしたいんだ。
跡取りが邪魔なら、もっと別のやりようがあるだろう。
わざわざ毒を盛り、教育を妨害し、無能になるよう仕向けておきながら、その無能さを理由に見下す。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
(……いや、違うか)
それこそが目的なのだろう。
正面から排除することが難しいからこそ、時間をかけて価値を失わせる。
五影堂天青という跡取りを、誰からも必要とされない存在へと貶める。
そうすれば、いずれ自分たちに都合のいい人間を、その座に据えることができる。
……まったく。
権力争いというものは、どこの世界でもろくでもないらしい。
ただ、一つだけ救いがあるとするなら。
俺は、その裏事情を知っている。
原作知識という、他の誰も持っていない情報がある。
少なくとも、何も知らないまま毒を飲まされ続けることは避けられるはずだ。
「……まあ、もう飲んじまったわけだけど」
自嘲気味に呟いた。
毒入りかもしれない茶で目覚めるなんて、冗談にもほどがある。
……もっとも。
そう考えているうちに、ある疑問が浮かんだ。
(……そういや、俺はどうしてここにいるんだ?)
ゲームの世界に転生した。
とりあえず、そう考えるのが一番しっくりくる。
しかし、肝心の経緯が思い出せない。
自分は、どうやって死んだのだろう。
そもそも、本当に死んだのか。
薄暗いワンルーム。
青白いモニターの光。
積み重なった食器。
そんな光景なら、ぼんやりと思い出せる。
けれど、自分の名前や年齢となると、どうにも記憶が曖昧だった。
ゲームのことは、あれほど鮮明に覚えているというのに。
「……まあ、いいか」
よくはない。
まったくもって、よくはない。
だが、今はそれどころではなかった。
名前を思い出したところで、この状況がどうにかなるわけではない。
何より、俺にはもっと切実な問題がある。
――このままでは、死ぬ。
それも、一年以内に。
しかも、世界そのものが滅亡へと向かっている。
仮に五影堂天青としての死亡イベントを回避できたとしても、原作のグランドルートへ辿り着けなければ、いずれ人類そのものが滅びるのだ。
ならば、まず確認しなければならないことがある。
「……今が、いつなのか」
そう呟いて、窓際へと向かった。
障子を開ける。
すると、その向こうには、淡い光に包まれた庭園が広がっていた。
整えられた庭木。
石灯籠。
静かな池。
どれも見事なものだったが、その景色には決定的に欠けているものがあった。
――太陽だ。
空は、どこまでも薄暗い。
灰色がかった闇の向こうに、僅かな光が滲んでいる。
本物の太陽が失われて久しいこの世界では、人々は人工の光を頼りに暮らしている。
あの光が届かない場所には、闇の徒がひしめいているのだ。
そう考えると、眼前に広がる美しい庭園でさえ、どこか恐ろしいものに思えた。
「……本当に、来ちまったんだな」
今さらながら、実感が湧いてきた。
ここは、ゲームの世界だ。
あの、どうしようもなく救いのない世界。
そして、俺は五影堂天青。
放っておけば、必ず死ぬ男。
……さて。
これから、どうしたものか。
ひとまず、机の上に置かれた日付札へ目を向ける。
そこには、六光天学園への入学に関する書類も積まれていた。
原作の時系列と照らし合わせれば、現在がどの段階なのか、おおよその見当はつく。
そして。
「……半年」
思わず、声が漏れた。
六光天学園への入学まで、あと半年。
つまり、原作の本編が始まるまでには、まだ時間がある。
半年。
たった半年だ。
だが、逆に言えば。
半年もある。
「……間に合う」
口にしてから、思わず笑った。
何が間に合うのか。
そんなことは、決まっている。
俺の運命を変えるための準備だ。
五影堂天青は、確かに原作では無様な死を遂げるかませ犬だった。
だが、その身体には本来、類い稀なる才能が眠っている。
人形術、式神術、呪術、神術、影術。
どれも極めれば強力な術ばかりだ。
原作の天青は、周囲の妨害と本人の怠慢によって、その才能を満足に発揮できなかった。
ならば。
それらを、今から磨き直せばいい。
何しろ俺には、原作知識がある。
効率的な鍛錬方法も。
強力な術の習得条件も。
これから起こる事件も、敵の能力も。
普通なら知りようのない情報を、俺は知っている。
もちろん、ゲームの知識がすべて現実でも通用するとは限らない。
だが、少なくとも、何も知らないまま死を待つよりはずっとマシだ。
「……やってやろうじゃねえか」
自分でも不思議なくらい、自然と笑みが浮かんでいた。
恐怖が消えたわけではない。
今だって、手足は震えている。
胃の奥には不快感が残り、先ほどの激痛を思い出すだけで背筋が寒くなる。
それでも。
あんな苦しみを味わったからこそ、はっきりとわかったことがある。
――死にたくない。
当たり前だ。
誰だって、死にたくなんかない。
ましてや、誰かのくだらない思惑や、ゲームで決められた筋書きのために死ぬなんて、まっぴら御免だった。
どこかの誰かが決めた運命のために、俺の人生を使い潰されてたまるものか。
「……上等だよ」
鏡の中の自分へ、視線を向ける。
銀髪の美男子。
冷ややかな双眸。
傲慢で、わがままで、どうしようもない悪役。
その顔が、今は少しだけ頼もしく見えた。
原作でこいつがどれほど無様だったとしても、関係ない。
ここから先を生きるのは、俺だ。
ならば、好きにやらせてもらう。
まずは、この身体を鍛え直す。
毒を盛られるような生活も、どうにかする。
そして、原作で待ち受けている数々の死亡フラグを、一つ残らずへし折ってやる。
それでも世界が滅びるというのなら。
……そのときは、世界の運命だって変えてやればいい。
難しいことは、わかっている。
だが、どのみち放っておけば死ぬのだ。
だったら、とことん足掻いてやろうじゃないか。
「……ぶっ壊してやるよ」
小さく、呟く。
口元が、自然と吊り上がった。
「俺を殺そうっていう、そのふざけた運命をな……!」
――こうして。
全ルート死亡確定の悪役かませ犬、五影堂天青としての、俺の人生が始まった。
もっとも。
そんな大層な決意を固めた直後。
「……うぷっ」
再び込み上げてきた吐き気に耐えきれず、俺はその場にしゃがみ込む羽目になった。
「……とりあえず、今日は安静にしてよう」
何事も、身体が資本である。
俺の死亡フラグとの戦いは、どうやら前途多難らしかった。




