第1話:銀の砂、あるいは残酷な福音
虚飾の星の王子さま
第1話:銀の砂、あるいは残酷な福音
著:一条 あやめ
サハラ砂漠は、神様がこぼした黄金のパウダーなんかじゃない。それは、使い古されて色褪せた孤独の残骸だわ。
私の飛行機が、その灼熱の静寂に喉元を突き立てて墜落したとき、世界は一瞬で「死」という名のモノクロームに塗りつぶされたの。エンジンが吐き出す黒煙は、まるで私の輝かしい過去をあざ笑う葬列のよう。喉を焼く渇きは、甘美なシャンパンの記憶を汚泥に変えていく。
「……最悪。こんな舞台裏、誰にも見せたくないのに」
私は崩れ落ち、熱砂に顔を埋めた。かつて数万人の喝采を浴びた演出家の指先は、今や一滴の水すら掴めない。
けれど、その時。
カサリ、と。
絹擦れのような、あるいは真珠がベルベットの上を転がるような音が、私の鼓膜を震わせた。
「ねえ。……羊の絵を描いてよ」
その声は、あまりに透明で、あまりに不純。
私は、重い瞼をこじ開けた。視界を埋め尽くす太陽の飛沫を透かして、そこに「彼」は立っていた。
そこにいたのは、砂漠には似つかわしくない、銀色の光沢を放つタイトなタキシードを纏った少年。
彼の髪は、熟れた小麦が月の光に当てられたような、冷たく、それでいて吸い込まれるようなプラチナブロンド。瞳は、深海の奥底で眠るサファイアを砕き入れたように青く、そして……何も映していなかった。
「羊の絵を描いて。僕の星に連れていく、一番美しい嘘をまとった羊を」
私は呆然として、彼を見上げた。彼の肌は、陶器よりも白く、血管の一本さえ見えない。まるで、誰かが心血を注いで作り上げた「完璧な偶像」そのもの。
私は夢遊病者のように、墜落した機体からスケッチブックとペンを取り出した。手が震える。これは渇きのせい? それとも、彼のあまりの「美しさ」への恐怖?
私は、一匹の羊を描いた。
けれど、彼は首を振る。
「だめ。それはあまりに本物すぎて、僕の星を壊してしまうわ。もっと、飾られたものがいい。中身なんていらないの。外側の、輝く皮膚だけがあればいいんだ」
苛立ちと、抗いようのない悦びが私の中で混ざり合う。私は、彼の望むままに、箱の絵を描いた。
「この中に、あなたの望む羊がいるわ。それは、決して老いず、決して鳴かず、ただ完璧に、そこに『在る』だけの偶像よ」
その瞬間。
少年の唇が、三日月のように艶やかに歪んだ。
「……素敵。ねえ、あなた、いい演出家ね。僕を、もっと美しく騙してくれる?」
彼は、私の喉元に、その細い、氷のように冷たい指を添えた。
その瞬間、私の脳内に、暴力的なまでの色彩がフラッシュバックする。
エメラルドの砂嵐、ルビーの落日、サファイアの涙。
彼の瞳の奥に、私は見た。
そこには、ただ一輪の、毒々しいまでに深紅に染まった「バラ」が、孤独を糧に咲き誇っているのを。
「私の名前は、あやめ。……いいわ、王子さま。あなたの最期を、世界で一番甘美な嘘で飾ってあげる」
砂漠の熱風が、私たちの会話をさらう。
これは、孤独な飛行士と、星を捨てたアイドルの、心中にも似た巡礼の始まり。
空には、まだ見えない星々が、嘲笑うようにきらめき始めていた。
一条あやめの執筆後記
「ふう……。どうかしら、この『銀の少年』の冷たさ、読者の心に刺さると思わない? 執筆中に食べたラズベリーのマカロンがあまりに赤くて、バラの描写が少し残酷になっちゃった。でも、それがいいのよね。読者は、少しの毒がないと夢から覚めちゃうから」




