第九章 06 恋は原動力
夕方、学長室から戻って来たヴィクトリアは、ご機嫌で食事の席に着く。いつものメンバーで食卓を囲んでいるが、なぜかフェリシアとヴィクトリアのあいだがラティエルの指定席になっていた。向かいにベネット、アリア、モニカが並ぶ。
皆が席に着くのを待って、ヴィクトリアが興奮気味に切り出した。
「聞いてちょうだい! わたくし、お父様公認で騎士科に通えることになったの」
「ええっ⁉ よくお許しが出ましたね?」
「それがね、ラティ。学園長が『入ったからには全うしなさい』って。あのお父様を黙らせたのよ」
現在の学園長は、国王陛下の叔父だ。それは黙るしかないだろう。それよりラティエルには、死刑宣告にしか聞こえなかった。学園を中途退学することは貴族にとって社会的死を意味する。ここで魔法科に移れるほうが、ヴィクトリアにとって楽な道であっただろうに。
(優しそうな顔して、学園長って鬼じゃない?)
チラリとモニカのほうを窺うと、ヴィクトリアを見つめて祈るように手を組んでいる。頬は紅葉し、女神でも拝むかのような熱い眼差しだ。
(モニカ様って、意外とヴィー様のこと好きだよね)
高飛車な言動にビクつきながらも、逃げ出さない。ラティエルも、ハッキリと物を言うヴィクトリアを好ましく思うから気持ちはわかる。
「ではヴィー様、あらためてよろしくお願いします」
「ええ! ラティもモニカも、よろしくね」
そして迎えた翌日の午後、やはり着替えに手間取りながらも、昨日よりは早く修練場に着いた。
今日もランニングからはじめ、剣の持ち方や振り方、素振りを行う。剣と剣を合わせるだなんてまだ先のこと。体が覚えるまでは型ばかりを繰り返す。
ランニングでは、ヴィクトリアに合わせてゆっくり走っているのに、後ろから死にそうな声が聞こえてくる。
「ラティ……、モニカ……、待ちなさい……そんなに急いで、何になると、いうの」
「ヴィー様、これは体を温める工程です。ご自分のペースで走ってください」
「も、もう、温まったわ……」
「体力もつけないと、がんばりましょう!」
剣は木製ではなく刃を潰した鋼製なので、それなりに重い。その重さに慣れる目的もあるのだが……。
「何よこれ、ラティの剣より重いじゃない! こんなもの持ち上がらないわ」
「ヴィー様、これが普通の剣の重さです。こないだのは子ども向けです」
「じょ、女性向けの剣はないの?」
「戦場では落ちている剣を扱うこともあるので、普通の剣にも慣れておかないと」
「戦場ですって⁉ わたくしが目指しているのは近衛騎士よ!」
近衛騎士だっていつ戦闘になるかわからない。まぁ、たしかに魔獣討伐に特化した第二騎士団よりは安全だろう。
「だからといって、剣を振れないようでは近衛にもなれません。さぁ、がんばって!」
「ラティ、あなた脳筋という人種なのではなくて⁉」
「――失礼な! これでもわたしは頭脳派です!」
思わず言い返してしまったが、ヴィクトリアの頭はすでに朦朧としているようだ。視界の端に映るハーヴィーの、物言いたげな顔は見なかったことにする。ラティエルは脳筋なんかじゃない。
ヴィクトリアは剣を五回ほど水平に持ち上げただけで、へたり込んでしまった。
(これは先が思いやられる……)
指導員が何も言わないということは、上からのお達しがあったのだろう。五人ともハラハラしながらヴィクトリアを見守るだけだ。
そのヴィクトリアは座り込み、何やらブツブツこぼしている。そっと近づいて耳をすませば、しきりに「ジャイルズ様のおそばに」と念仏のように繰り返していた。
恋の原動力を利用しない手はないだろう。
「ヴィー様! ジャイルズ様のために、立ってください!」
ジャイルズの名を聞いて、ヴィクトリアがふらりと立ち上がった。
「さぁ、ジャイルズ様のために! 剣を、振るのです!!」
「ジャイルズさまぁぁぁ!!」
「はい、もう一度!!」
「じゃいるずさまぁあぁぁ!!」
「その調子です!」
先ほどのへたれ具合が嘘のように、ヴィクトリアは剣を持ち上げる。十二回も剣を振り、本日の授業は終了した。ちなみにラティエルは五十回を二セット、悠々と終えている。
視線を感じてモニカに振り返る。目が合ってすぐ笑顔を向けられたが、その寸前、捨てられた子犬のような顔をしていた。
(寂しがらせてしまったかな)
明日はモニカも一緒に剣を振ろうと、心に決めたのだった。




