第九章 05 授業中の乱入者
今日から授業がスタートする。午前中は教室で歴史や数学、魔術はもちろん魔獣についても学ぶ。貴族に魔法は必須。魔法古語や魔術理論などは共通の科目として履修する。
午後からはお待ちかねの騎士訓練だ。昼食後すぐヴィクトリアに捕まり、モニカを誘って更衣室へ向かった。
「ヴィー様、早く着替えましょう!」
「これ、どう着るの? ラティ、やってちょうだい」
「ひとりでできないといけません。やり方を教えますから、覚えてくださいね」
イノシシ狩り以降、ラティエルはヴィクトリアから愛称呼びを強要――もとい、許された。
運動着に指定されたのは、動きやすいようゆったりとした長袖のブラウスに、膝まわりにも余裕のあるズボン。この世界では伸縮性素材は魔獣からしか取れない。とても高価なものだ。足には膝丈の革ブーツを合わせる。これに女子は革のビスチェを着用する決まりだ。
ヴィクトリアが着替え終わるのを根気強く待ち、修練場へと急ぐ。
「なんだかドキドキしてきましたわ!」
うわずったヴィクトリアの声に、ラティエルとモニカも緊張が高まる。修練場にはすでにたくさんの男子生徒たちが集まっていた。
ギロリといっせいに目を向けられて、ラティエルたちは息を飲む。カタカタと震えるヴィクトリアとモニカの反応に感化され、ラティエルまでヘビに睨まれたカエルのような気分だ。
「お~い、早く集まれ~!」
指導員の声にハッとして、集団の一角に走り寄る。手を振るハーヴィーの姿を見つけてやっと、詰めた息を吐き出した。
指導員は五人いて、入試で試験官を務めていた人たちだった。ラティエルに魔力抑制カラーを渡した人が率先し、ロナルドと名乗った。この学園で学ぶ内容を説明していく。
「この三年間で実戦に沿った内容を学ぶのは三年次に入ってからだ。それまでは剣の型を身につけてもらう。魔法を交えた訓練は二年次から。一年次は基礎体力作りを中心に行う」
実戦形式はラティエルが狩りで行っているように、剣と体術を合わせたものだ。蹴りも魔法も使い、生き残るための最善行動を身につける。それに対して剣の型は美しさとルールに則ったもので、上手な人がやれば舞っているように見えるのだ。
(これならモニカ様やヴィー様もこわくないはず!)
まずは体を温めるために、ランニングから始まった。走る前にヴィクトリアが身体強化魔法を唱えはじめ、ロナルドが呼び止めた。
「待ちなさい。ランニングごときで魔法を使っていたらバテてしまう。試験よりもゆっくり普通に走ればいいから」
いきなり嵐の予感を感じて、ラティエルはモニカと顔を見合わせる。試験で身体強化魔法が禁止であることは事前に通達されていたはずだが、ヴィクトリアの様子からして知らなかった可能性が高い。でもそれは言い訳にはならない。
「あら、これがわたくしの普通でしてよ」
「とにかく、ランニングで強化魔法は禁止だ」
「強化魔法なしで走るなんて、そんなことできませんわ!」
「――ん? しかし、試験のときはできていただろう?」
ロナルドは首をかしげ、ラティエルとモニカの心臓は早鐘を打つ。自分たちが不正をしたわけではないのだが、ヴィクトリアに伝えておかなかったことを、今さらながらに後悔したのだ。
(どうしよう、どうしたらいいの⁉)
まるで処刑台に向かうような気分だ。耐えられなくなったモニカに手を握られ、倒れないようにふたりで支え合い、審判のときを待つ。
ラティエルたちは気絶寸前だというのに、ヴィクトリアは腰に手をあて、胸を張った。
「試験のときだって、わたくしは――」
「――ヴィクトリア? ここで何をしている?」
突然割って入った男性の声に、一同の視線が集まった。紫色のローブ姿を目にしたラティエルはすぐに、湿った森で会った魔術師のルカだと思い至る。
ところが、青ざめたヴィクトリアは衝撃的な言葉を放った。
「お、お父様⁉ なな、なぜここに⁉」
――お父様だと? 見比べてみれば蜂蜜色の髪も、翡翠の瞳も同じだ。ラティエルの父よりは若いと思っていたが、十五歳の娘がいるようには見えない。いや、おどろくべきはそこではない。
(ルカさんって、カノープス公爵だったの⁉)
家名を名乗らない場合は平民と間違えられても仕方がない。もしかしたら、ラティエルたちをおどろかせないよう、気を遣ってくれた可能性もある。とても気さくに話しかけてくれたからこそ、ラティエルも兄もついて行ったのだ。
まわりも騒がしくなってきた。上流貴族の最たる公爵が政以外の仕事に就いているのは珍しい。しかも先代カノープス公爵は宰相を務めていたはずだ。「それがなぜ魔術師などに」とヒソヒソ声が増えていく。
だがすぐに、それらをかき消すほどの不穏な空気が修練場を支配した。親子の会話だけが場に響く。
「ヴィクトリア……、魔法科を受けたと聞いていたのだが?」
「ううう受けましたわ、両方! そっそれで、騎士科に受かりましたの」
「魔法科は? まさかとは思うが、――落ちたのか?」
見ているこちらまで胃がキリキリと痛む。まるで自分が圧をかけられているかのようだ。もうムダ口を叩く者は誰もいない。指導員までもが息をひそめている。
ルカの後ろに控えている三人は、もしかしなくても宮廷魔術師団の方だとお見受けするが。彼らは心得ているといったふうに、黙々と路傍の石になりきっている。
「受かっ、受かり……まし、たわ」
ヴィクトリアの答えに、幾分かは空気がやわらいだ。
「そうか、それならよかった。ではヴィー、行こうか」
「――え? ええと……どちらに?」
「学長室だよ。手違いがあったようだから、正さないとね」
「そ、そんなっ⁉ わたくしとジャイルズ様のつながりがっ! いやぁぁぁ!!」
にっこりと微笑むルカに手を取られ、ヴィクトリアが容赦なく引きずられて行く。そのあとに続いた魔術師のひとり――路傍の石Aが振り返る。
「皆さん、気が変わればいつでも魔術師団へ。特にそこの女子生徒たち! 待ってるからね!」
魔術師の背中に向かって「勧誘禁止!」とロナルドが叫ぶ。ラティエルはおずおずと近づき、遠慮がちに尋ねた。
「ロナルド先生、どうして魔術師団が学園内に?」
「隣国の皇子が留学してきただろう? 警備の見直しをしてるんだ。――とにかく! 君は初の女性騎士になり得る人材だ。決して魔術師団になど行ってくれるなよ?」
「もちろんです!」
ランニングが始まり、ラティエルはハーヴィーの横に並ぶ。モニカははるか後方だ。それでもちゃんと走っているのはえらいと思う。
前を走っている男子生徒が、ラティエルを気にしてチラチラと振り返る。知らない顔だから別クラスなのだろう。ミルザム子爵家のマイルズだと名乗ったその男子生徒は、ラティエルの横にやって来た。
「本当についてこられるんだな。剣の名門レグルス家は伊達じゃないってことか」
ただ走っているだけでおどろかれるとは。なんと答えるべきか迷っているうちに、ハーヴィーが口を挟んだ。
「ついてこられるだけじゃないぞ。お前ら、ラティには絶対に勝てないからな」
「ははっ! 辺境伯家は田舎者のようだ。都会貴族の洗礼を受けて泣くなよ?」
「その言葉、そっくりお返しするぜ」
ラティエルをあいだに挟み、バチバチと火花を飛ばし合う。ふたりはどんどんスピードをあげていく。もはやランニングではない。楽しくなってきたラティエルは、ふたりのあとを追うことにした。
周回遅れの男子生徒たちを抜き去ったまではよかった。だんだんとマイルズの速度が落ちていく。とうとうラティエルにも抜かれてしまった。
「う、嘘だろう⁉ し、身体、強化魔法、禁止っ!!」
ゼーゼー言いながら後ろから叫んでいるが、ラティエルは魔法を使っていない。魔力抑制カラーを着けての訓練は、体力、持久力を底上げしてくれた。もちろんハーヴィーも同じ訓練を受けている。指導員に止められるまで、楽しく修練場を爆走したふたりであった。




