第九章 04 帝国の皇子
Aクラスの教室には、大臣や名家の令息令嬢ばかりがそろっていた。家の名誉を守るため、みんな必死に勉強するのだ。
そんななか、ひとりだけ異彩を放っているのがレプタイル帝国からの留学生、リシャド第二皇子。淡黄色の髪を肩口で切りそろえ、若葉色の瞳をしている。三歳年上なので、勉強のためというより見聞を広げるためだろう。栗毛の従者を連れているのは皇子特権か。
そのリシャドが、なぜかラティエルの前にやって来た。
「やぁ、また会ったね。これは運命かな?」
「――へ?」
『また』と言われても、こんなキラキラした皇子と面識などない。自国の王子でさえ遠目にしか見たことがないというのに。
ポカンとするラティエルの手を取って甲に口づけを落とす。真っ赤になって固まると、リシャドが不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 少し見ないあいだに、雰囲気が変わった? 瞳の色が……金?」
「――わたくしは、何も変わっておりませんわ。失礼!」
そう言ってラティエルを抱き寄せたのは従姉のフェリシアだ。同じ黒髪で、顔も似ているから間違えられたのだろう。
雰囲気の似た女子生徒ふたりを目にして、リシャドは瞳を泳がせた。
「あ~……、前に言ってた従妹のほうだったか。君も美人さんだね。黒髪が美しい」
すぐに調子を取り戻したリシャドは、キラキラと後光を放ちながら距離を詰めてくる。さすがのフェリシアも隣国の皇子に向かって何かを言えるはずもなく、ラティエルと一緒に後ずさった。
(うわぁ……、苦手なタイプかも)
ラティエルがギュッとフェリシアの腕にすがると、フェリシアも抱きしめ返してきた。きっと同じ気持ちなのだろう。
「全員、席に着きなさい」
Aクラスの担任が教室に入って来たことで、とりあえずの危機は去った。担任の後ろからハーヴィーが息を切らせて入って来た。呼びに行ってくれたのかもしれない。
(ハーヴィー、ありがとう!)
それに、空気を変えてくれた担任の教師も女神に見える。
女神――エリザベス・ミラク先生は年嵩の女性で、威厳に満ちていた。Aクラスを任されるだけあって、隣国の皇子がいようともマイペースに話を進めていく。
本日はオリエンテーションのみ。各生徒の自己紹介と、十日後にある新入生歓迎パーティーの話で締めくくられた。
「皆さんはデビュタント前です。ドレスコードには気をつけて参加してください」
露出を好まない我が国では、肩があいたドレスなどは成人してから着るものだ。それに異議はないのだが、布面積が多くなればなるほど、ドレス代はかさむ。
(どうしよう。装備にお金をかけすぎて、ドレス代が……ない)
日頃からドレスは買い足しておけと、口うるさく言っていた母の顔が浮かぶ。魔獣狩りの装備に費やしてきたラティエルには、ひと昔前のドレスしか手元にない。成長期ゆえにサイズが合うかどうかもあやふやだ。
新歓パーティーなど既製品のドレスで十分なのだが、その既製品の金額でさえ危うい。
(よし、狩りに行こう!!)
幸いにも今日は午前中で解散だ。
担任のエリザベスが退出してすぐ、ハーヴィーに声をかけた。
「ハーヴィー、狩りに行かない? ドレス代を稼がないとまずいんだよね」
「ほらみろ。兄弟子の剣に合わせて、グレードの高い剣帯なんか買うからだぞ」
「面目ない」
「ハァ……、仕方ねぇなぁ。夕食までに帰って来れる依頼があるといいな」
「うん。外出届け忘れないようにね」
「――あら、どこか行くの?」
「フェリ姉様」
耳ざといフェリシアは、興味深そうにラティエルとハーヴィーを交互に見た。おかしな方向に勘違いされては困る。狩りに行くことを話すと、なぜか一緒に行くと言い出した。
「楽しそう」と無邪気に話すフェリシアの声に、アリアやベネット、ヴィクトリアが集まって来た。Bクラスのモニカにまで声をかけ、大所帯で狩りに出かけることになってしまった。
青ざめたハーヴィーがラティエルの袖を引く。
「おい、ラティ。ふたりだけじゃ、お守りまではできないぞ」
「そうだよね。……うん、お兄様を召喚しよう」
「ああ、それなら行けるな」
『一時間後、学園の正門で待つ。狩り装備で時間厳守』と書いた手紙を、鳩に変えて飛ばしておく。そろそろ兄も狩りに行きたい頃合いだろう。
ラティエルの思惑どおり、アデルはウキウキ顔でやって来た。それもすぐに、ずらりと並んだメンバーを見て、笑顔のまま固まってしまう。
「お兄様、フォローをお願いします」
「……そういうことか」
アデルはすでに、鉄製微笑み仮面を手に入れており、よそ行きのさわやかな笑顔で女子に応対する。――が、ラティエルにピンポイントで飛んでくる殺気がひどい。
(あとでご機嫌取りが必要ね)
ラティエル以外の女子は、運動着の上に旅装用の泥よけマントを羽織っているのみ。絶対に参戦はさせられない。騎士科であるモニカとヴィクトリアには、昔ラティエルが使っていた剣を持たせようと思う。狩りの雰囲気を感じるにはいいだろう。
「今日、皆さんは見学するだけです。でもお守りとして剣を渡しておきますね」
「あら、ありが――ちょっと、ラティエル! この剣重いですわ!!」
「ヴィクトリア様、それでも子ども向けの剣です」
「そんな冗談はいらなくてよ!!」
笑ってごまかしながら、ラティエルはモニカにも渡す。さすがに剣の重みについては何も言われなかった。ただ、不安そうな表情は拭えない。
学園から万屋ギルド本部は歩いてすぐだ。全員の新規登録を手伝い、辻馬車で近くの森へ移動する。王都に近い村の雑木林に、魔獣化したイノシシが住み着いたらしい。その数五頭。ハーヴィーとラティエルだけで、余裕で倒せる数だ。
シリウス家の過酷な訓練を受けているフェリシアでさえも、実戦は初めてということで、三メートルほど高台になっている場所に皆を待機させる。
「ここから見学してください。魔法攻撃なら届くと思うので、お好きにどうぞ」
ハーヴィーと自分に身体強化魔法をかけ、ふたりでアデルの顔を見る。微笑み仮面を着けているけれど目が笑っていない。不服そうな空気をまき散らしながらも、アデルが軽く手を振った。
「行ってこい」
その言葉を合図に、ハーヴィーと高台から飛び降りる。おどろいたヴィクトリアたちの悲鳴は途中でかき消えた。アデルが防音結界を張ったのだろう。こちらに気づいた魔獣たちが、大地を蹴って突進する。ひょいと横に避ければ、追突した岩肌に突き刺したような穴があいていた。魔獣化したイノシシだとしても、これは異様なパワーだ。
「ハーヴィー、このイノシシなんか変じゃない?」
「ああ、えらくたてがみが前に伸びてるな」
なかなかに動きも素早い。突進を避けながら一撃を入れると、上からアデルの檄が飛んだ。
「リーゼント・ボアの角は高く売れるから、中途半端に折るなよ!! あと、毛に隠れてるけど、角はかなり鋭いからな!」
ラティエルは耳を疑った。今、リーゼントと言わなかったか。きっと昔の聖女が命名したのだろう。しかもリーゼントに見せかけて角が隠れているという。どうりで鋭い穴があくわけだ。
「相変わらず、ラティにばかり寄っていくな」
「うん……、そういう体質なの」
女神の愛し子だということはハーヴィーにも話していない。なんとなく、自分から喧伝するのも憚られ、伝えられないでいる。
「また行ったぞ!」
「うん!」
すれ違いざまに腹をかっさばく。ジルに贈られた剣は最高の仕事をしてくれる。切り離された胴体から、遅れてどす黒い血が飛び散った。動きに慣れてしまえば、正面からしか攻撃してこない獲物は楽だった。
「終わったね。素材を回収しよっか」
「そうだな」
上から飛んでくるアデルの指示に従って、高く売れる素材を回収する。風魔法で高台に飛び上がってみると、令嬢三人が背中を合わせて座り込み、フェリシアが扇子であおいでいる。
「――って、三人とも気絶してない⁉」
それにフェリシアの顔も若干青白く、話ができそうにもない。不思議に思ってアデルを見やれば、頭痛をこらえるように眉間を揉んだ。
「ラティがイノシシの腹をかっさばいた辺りで、いっせいに倒れたぞ」
「ええっ⁉」
「こっちは悲鳴で、耳の鼓膜がやられるかと思った。この件は高くつくからな?」
「ひいぃ……」
それでもアデルを呼んでよかったと思う。この様子だともうついて来ないだろうけれど、次の機会があるならまたお願いしたい。
こうしてラティエルのドレス代はなんとか事なきを得た。しかし、目をまわす令嬢にかまけていたラティエルたちは、離れた場所から狩りの様子を見ていた人影に気づかなかい。
「へぇ、こっちの女騎士もやるじゃないか。レグルス辺境伯の娘か、おもしろくなってきた」
肩口に揃えた髪を弄びながら、リシャド皇子は護衛たちとともにその場を離れていった。




