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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第一部 すでに死にそうな幼少編
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第五章 02 侵食されていく

 母の研究室には、二階に仮眠用のベッドがある。今までのベッドよりも狭いが、子どものラティエルには十分だ。一階には小さいながらも台所まである。お茶を入れるのにも困らない。

 食べ損ねた朝食を一階のテーブルに運んでもらった。給仕をするアンナの表情はいつになく暗い。


「お嬢様、使用人の顔ぶれが変わったのをご存じですか?」

「え? 言われてみれば、お母様についていた侍女やメイドたちを見なくなったわ」

「それだけではございません。下働きの男たちも横柄おうへいなのが増えて……」

「ええっ⁉ それはこわいわね」

「そのせいで辞めていく使用人も多いのです。それに……」


 言いにくそうにするアンナの手を握る。何を言っても大丈夫だという気持ちを込めて頷いた。


「その……、お給金を減らされてしまって……」

「はい⁉ お金には困ってないはずよ。どうしてそんなことに?」

「新しい奥様は、使用人の入れ替えをしたいのだと思います」

「っ……」


 ――最悪だ。もうすでに入れ替えは始まっている。これでは毒を盛った犯人の目星もつかない。

 それだけではない。次にアンナが口にした内容に、ラティエルは戦慄せんりつした。


「実は、わたくしも先ほどお暇を言い渡されてしまい……」

「なんですって⁉」

「今日中に荷をまとめて出て行くようにと」

「誰に……、誰に言われたの⁉」

「新しい奥様にございます。もうお嬢様に子守は必要ないと。そう言われてしまえばわたくしは何も言えません。今日でおそばを離れることを、お許しください」

「そんな……」


 そういえば、兄の乳母を見かけなくなったのは、ドロリスたちがやって来てすぐのような気がする。そうやって兄を孤立させ、ドロリスに依存させるよう仕向けたのだろう。


(やっぱり、お母様が生きていることを知らせるべきだった)


 そう思いつつも、言い訳のように母の言葉がよぎる。


『このことは誰にも言わないで』


 大人からもらった秘密は、子どもにとって甘いお菓子だ。それが大好きな母からであれば、誰にも渡したくない自分だけの宝物。

 心のどこかで母を独占したい気持ちがあったのかもしれない。星乃の手からはこぼれ落ちてしまったもの――親の愛情を手にして舞い上がり、まわりが見えなくなっていた。


(お兄様は、ひとりぼっちだったのに……)


 食事をする手が止まり、アンナが気遣わしげに見た。


「お嬢様……?」

「ねぇ、アンナ。まだ間に合うかしら? お兄様とわたし」

「ええ、もちろんです。お嬢様」


 アンナは目尻に涙を浮かべて微笑んだ。昔から兄妹仲を心配され、ケンカしないよう取り持ってくれたのもアンナだった。


 領主館を離れるアンナを見送ろうとしたが、それすらアデルに阻止されてしまった。小屋から出ることは許されず、もちろん剣の練習もなし。

 裏庭のベンチでは、新しく入ったという下働きの男たちが昼間から飲んでいる。お目つけ役までいるとは。


「ハァ……、これじゃ話し合いもできないわ」


 兄とやり直す。家族の絆を取り戻そうという決意は、目にも留まらぬ早さで粉々に砕け散った。食事も一日一食、お昼にパンとスープが届くだけ。ゆっくり衰弱して死んでほしいと言わんばかりの待遇だ。


 裏庭から動く気配のない男たちを見て結界を足しておく。元より母が結界を張っているから、家族以外は許可なくドアをあけられないが、念のためだ。

 小屋の玄関ポーチはちょっとしたテラスになっている。そこまでは外に出ても許してはくれないだろうか。外の空気を吸いたい。


(まぁ、一歩も出るなってことは、ダメなんだろうな。ああ~、玄関ポーチの長椅子でボーッとするのが好きなのに~)


 閉じ込められてから一週間は経つ。ご飯は足りないし、このままでは腐ってしまいそうだ。何かいい方法はないかと考えて、ポラリス魔宝伯がかけていた『認識阻害』魔法を思い出す。


「お母様の手記に方法が載っていないかしら?」


 本棚をあさったが、認識を阻害するというのは、透明人間になれるわけではないようだ。顔を覚えられない程度のものばかり。やはり、外を歩きまわるには透明人間になるしかない。


「そういえば、『心の中で女神に願うだけでいい』ってお母様が言ってたわね」


 ものは試しだと手を組み、女神に願った。


(女神アストローダ、わたしの姿が見えないようにして!)


 一瞬の光に包まれ、フッと体から魔力が抜けた。女神の力を使う対価――魔力は必要らしい。しかも結構持って行かれる。頻繁ひんぱんには使えそうにない。

 おっかなびっくりドアを薄くひらいて、外に顔をのぞかせる。けれど、酒盛り中の下男たちは気づかない。思い切って外に出てみる。手を振ってもチラリとも見ない。本当に見えていないようだ。


(よし! まずは腹ごしらえよ!!)


 厨房に忍び込むと、昔からいる料理人パリスが食材を吟味ぎんみしていた。このパリス、隙あらばラティエルを太らせようとする菓子作りの天才だ。彼の作るお菓子は手が止まらないから困る。

 そっと近づき、パリスが手にした果物をわざと落とす。拾おうとしてしゃがんだところへ声をかけた。


「パリス、そのまま聞いて」

「うん? お嬢様の声が――むぐっ」

「大きい声は出さないで。お願い」


 おどろきに目をいたパリスだったが、頷いたのを見て口から手を離す。

 お菓子や食料をできるだけ持たせてほしいとお願いした。すぐに動いた彼は、棚や保冷魔道具から出したものを机の上に乗せていく。ラティエルはそれを女神の空間へどんどん取り込んでいった。


「ありがとう、パリス」

「お嬢様、何が起きているのでしょうか? 旦那様は行方不明だっていうし……」

「……わたしにもわからないの」

「そうですよね、すみません。また来て下さい! お菓子をたくさん作っておきますから」

「ふふ。怒られない程度によろしくね」


 厨房をあとにしたラティエルは、屋敷内を偵察する。父の執務室へ近づくと、ちょうどジェームスが出てきたところだった。

 しばらくは後ろについて廊下を進み、そろそろ話しかけようかと思ったとき、ピリッとした殺気とともに、何かを喉元に突きつけられた。いつの間にか後ろを取られている。


「――何者だ?」

「ひっ、じぇーむす、わたし……らてぃえる」

「お嬢様ですと⁉ いや、たしかにその声は……」


 なんでこの家令は、こうも気配に敏感なのだろうか。とりあえず首の短剣を引っ込めてほしい。スッと身を引いたジェームスが、胸に手をあて腰を折る。


「失礼いたしました。まさかそのように高度な魔法をお使いになられるとは」

「あ……うん、お母様に教えてもらって」

「左様でございましたか。……お嬢様、こちらのお部屋へどうぞ」


 近くのドアをあけて中を確かめたジェームスは、ラティエルが入ったのを感じ取ってドアを閉める。まるで見えているかのようだ。


「ジェームス、魔力を消費したくないから、透明人間のままでお話したいの」

「構いません。まずはお嬢様に、こちらをお渡ししておきます」


 ジェームスは上着の内ポケットから手紙を取り出した。それは母からの手紙だった。

 手紙によれば、父はすっかり回復して、ふたりは村長の家を出た。会いたければ『刺繍ししゅうをがんばれ』と書いてある。

 転移魔法陣をハンカチに刺繍で描き、それを村長宛に送ると、母の元へ届くという段取りだ。転々と移動するらしく、すれ違わないためには移動式魔法陣は便利だろう。


「だけど、刺繍……かぁ」

「腕の見せどころですな」

「……やったことないわ」

「ふむ。では、レジーナ様に教えをうては如何いかがですか?」

「あ、レジーナ先生帰って来てるの⁉」

「はい。ですが、ラティエルお嬢様はご病気ということになっておりますので、今はミニスお嬢様の家庭教師にございます」

「病気⁉ うわぁ……」


 ――殺す気満々ではないか。

 ジェームスの目つきが鋭くなり、声が低くなった。


「お嬢様、どうかお気をつけください。グレアムたちを襲った者がおります」

「へ? グレアムは演技をしてくれたんじゃないの?」

「その予定でした。旦那様と背格好が似ているハロルド副団長に変装させ、グレアムと一緒にケルシュ村へ向かわせたのですが……」


 予定では、影武者のハロルド副団長だけ谷に残し、グレアムが馬二頭を連れて帰り、『旦那様は谷へ落ちてしまわれた』と報告する。それが母の描いたシナリオだった。


「あれ? アンナは馬だけが戻ったと言ってたわ」

「そうなのです。グレアムは帰ってこなかった。あとからひっそりと戻る予定のハロルド副団長まで消えたままです。そして、馬を屋敷へ戻した者がいる」

「あっ……」


 うちの馬は人が乗らずとも、「戻れ」と言葉で命じれば、領主館へ戻って来るように訓練されている。だが、谷へ行くには途中から歩かねばならず、馬をどこかにつないだはずだ。勝手に戻って来ることはない。


「わざわざ馬を戻したのは、家令である私への警告でしょう。領主夫妻がいなくなった今、逆らうのは得策ではないと」

「そんな……」


(逆らうな? 誰に? ……そんなの、あの人しかいないじゃない)


 父に毒が盛られたと聞いて、真っ先に思い浮かんだのがドロリスだ。でも、信じたかった。そんなことをしても、なんの得にもならないだろうから。どこかの貴族が送り込んできた使用人が単独でやった……、そう思いたかった。



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