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「小説家になろう」で小説家になれなかったヤツの話  作者: 変上 キョーマ だったひと
3/3

「小説家になれなかった!」

 思うに環境が良くなかったのだ。(何かを他者のせいにするのは精神的自己防衛によるものだとしても) 「小説家になろう」と声高に名乗り、「もしかしたら出版社から声がかかるかも!」というような営業トークを鵜呑みにして「それは意外と簡単なものかもしれない」と錯覚して、ただただがむしゃらに本気で小説を書いたのに(私は滅多に「本気」という言葉を使わないし、本気にもならないがこの当時は本気だった)「なろう系」以外を認めないような差別主義者の集まりに「なろう系」以外の作品を読ませても感想が返ってこないのは当たり前のことだ。それを知ろうとしなかった己の無知さも悪かっただろう。それを否定するがための活動だったのだから仕方ないといえば仕方ない。

 また私はSNSを使ったことがない身だったので、自分の書いた小説を宣伝するためにTwitterを始めた。本当に宣伝するためだけに使っていたのも間違いだっただろう。他の人の作品をもっと読んでもっと感想を書いてもっと交流してみていれば、多少は気が晴れて自分を認められたのかもしれない。

 先述と重なる点があるが、書き手としてしか「小説家になろう」に関わらなかったのも間違いだったのかもしれない。他を知り良いところを糧とすることもできただろう。それをしなかった。愚かなことだ。

 繰り返しになるが、トドメの一撃は「書きたくないものを書いてしまった」ことに他ならない。これは苦痛でしかない。創作活動というのは、本来何者にも縛られず、自分の好きなように自分がやりたいようにやるものである。そうあるべきものである。「感想がほしい」「他者に認められたい」「出版社から『本にしませんか?』という連絡が欲しい」といったような第三者からの刺激をモチベーションの元にするのは、この創作活動に害を成すものだ。だが、そもそもそういった「自分のやりたいようになる」ということができる人間がこの世に何人いるだろうか。それは大変な自信を持っている人で、きっととても愛されている人だ。そうでない人間は本来の意味での創作活動はできないのかもしれない。残念なことだ。私は偽りの意味での創作活動をして、救われるかもしれないと思い、このサイトを利用したが、無理だった。


 私は私を救うことはできなかったのだ。このままできるだけ丁寧に供養する他ないのだ。これらの経験を糧として、つまりこの屍が完全に息絶えて地に帰り次の自分の養分となるまでには、まだ時間がかかる。人は元より孤独な存在で、本当は誰だって孤独で、それはどうしようもないもので、ある意味の救いなのだと思えるときまで。今は、ゆっくりと傷が癒える、もしくは身体が腐り切るのを待つばかり。

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