最終話 未来
私とウィルの婚約が正式に国外にも発表された。
私たちは産業学校を卒業したら式を挙げる予定だ。
その話題に被せるようにアーサーとビアンカの結婚も発表された。
ビアンカは再婚のため話題は小さく。アーサーのドラゴン討伐の話題は大きく。
外交筋の情報によると、外国は私がドラゴン退治の先頭に立っていたのは知っているようだ。
でも今のところ外国からの接触はない。
私には騎士の護衛がついているし、外交の人たちも気を使っているのだろう。
その頃にはウラヤーの二度目の秋を迎えていた。
まずジョセフとリリアナちゃんが結婚した。
貴族のような結婚式ではないけど、ウラヤーの街はお祭り騒ぎだった。
ゲームのシナリオとは違ってシンデレラストーリーじゃないけど、それでもリリアナちゃんは幸せそうだ。
「リリアナちゃんのドレス綺麗ねー」
と、私がウィルに言う。
貴族のように派手なものではないが、それでも鍛冶士ギルドのメンツをかけたものだ。
伝統工芸の粋を集めた玄人好みの作品である。わかる人にしかわからない。そういう作品だ。
これ芸術に精通している貴族が見たら殺してでも奪いに来る品だよね。
「お前の場合、もうちょっと派手な方が似合うんじゃないか」
「どうしても顔の造形が派手なのよねえ」
「お前自分の顔大好きだろ」
「まあね、最近はかわいげのある顔になってきたし」
もの作り制限解除生活によってストレスがなくなった私の表情は、それはもう穏やかなものになっていた。
ストレスが一番健康に悪いんだね。
お祭り騒ぎ最高に楽しかった!
リリアナちゃんとジョセフの結婚式が終わると、今度は報告しに行く。誰って、自衛官のおっさんに。宝物庫の聖剣との対話だ。
私は城の宝物庫で聖剣のチュートリアルを起動する。
「おーっす! おっちゃん来たよー!」
「私はチュートリアルプログラムであって本人ではないと言ったはずだが……」
「まあまあ、気にすんなって。同郷のよしみってやつね。おっちゃん、あれからプログラム修正してさ、友だちを犠牲にしないでドラゴン倒せたよ。ありがとね!」
「そうか。それはよかったな。怪獣退治は自衛隊の宿命とは言え……欠陥プログラムで犠牲者が出るのはあまり気分のいいものではないからな」
「それでさ、おっちゃんに真相を話して欲しいと思ったんだ。ねえ、あのスパナ。魔王の杖ってさあ、おっちゃんのでしょ?」
「気がついたか」
「まあねえ。でもさ、ドラゴン倒したのになんで討伐されたの? 英雄じゃん」
「討伐なんてされておらんよ。病死だ。我々はこの世界の病気に耐性がなかったのだ」
そうか! 異世界なのだから同じ菌やウイルスがいるわけじゃない。
そのままで転移したら耐性がなくて病気ですぐ死んじゃうのか。
あれ……? 私大丈夫かな?
「私は健康だけど……」
「体はこの世界のものだからな。私たちが討伐されたことになったのは、なにか政治的な原因があったのだろうな。だが現世で何を言われたかなど、死人のあずかり知らぬ所。訂正しなくてもいい」
「そっか。でも私はおっちゃんの苦労知ってるから。あのプログラム、物理知識が追いつかなくて半分もわからなかったよ。おっちゃん天才だね!」
「ふふ。ありがとう。勇敢なお嬢さん」
「んじゃ行くわ」
私は宝物庫から出ると、ウィルと一緒にウラヤーに帰る。
ドラゴン騒ぎで車両の開発が進んだおかげで、今や王都からウラヤーは45分。通勤可能距離である。
ダイヤグラムの導入で二時間に一本は汽車を出せるようになった。(なお私はダイヤグラムを読めないし書けない)
もともと東京で例えると赤羽から秋葉原くらいの距離だったのだ。
10年もすれば電車も完成するだろう。電車になったら3時間はかかるボイラーの温め作業がなくなる。そしたら本数も増やせるので、ウラヤーの街もそのうちベッドタウンになるんじゃないかな?
そうか、よく考えたら電車ってチートアイテムなのか……。すごいぜ現代人。
ウラヤーに帰るとまーくんのところに行く。
まーくんも今ではドラゴンを倒した英雄の一人。超有名人だ。気軽に護衛を頼むわけにもいかなくなってしまった。
「おーっす、まーくん。空を飛ぶ話だけどさ……」
「ああ、お師匠様……いやレイラ嬢……いや公爵夫人?」
ウィルは王位を辞退したので、卒業後に公爵になることが決まった。
私も致命的なスキャンダルがなければ自動的に公爵夫人になるけど、そもそもドラゴンスレイヤー以上のスキャンダルが思いつかない。
「まだ嫁に行くのは一年以上も先だよ。それでさ、お見合いどうだった?」
騎士界の英雄になったまーくんは、今お見合いに奔走している。
まーくんが望んだというよりは、周囲から交際の申し込みが殺到している状況だ。
そりゃねえ、技術開発を握っている公爵閣下の懐刀だもんね。まだ公爵じゃないけど。そりゃ仲良くしたがるよね。
「ウィリアム様の気持ちがよくわかりました……疲れます」
「だろ? 女の子って面倒だろ!」
「ウィル、私も一応おんな……」
「レイラは楽だから別枠」
「ひっでえな! まーくんはどういう娘が好きなの? 大人しい感じ?」
「元気な方が……」
貴族にはいないタイプだなあ……。
まーくんの春はまだ遠そうである。
そして一年後。
「おい、レイラ。本当に飛ぶんだろうな!」
ウィルが青い顔をする。
「何回も実験したじゃん! 風洞実験だってちゃんとやったし! ほら、まーくん行くよ!」
今日は飛行機の公開実験の日だ。
陛下や有力な商人、それに大量の野次馬が集まっている。
ハードル上がりすぎ……。
「んじゃやるぞ!」
私とウィルは主催者席へ。
たった一年しか経っていないというのに技術者が育ってきた。
もう私が全部やる必要はない。
まだOSの公開は議論中だけどね。それほど慎重になるべきものなのだろう。
パイロットはまーくん。
車両の運転士は揃ってきたけど、テストパイロットだけは代わりがいない。死なないのまーくんだけだもん。
でもまーくんの名前は後の歴史にも残るだろうから……まあ、いいっか。
席で固唾を飲んで見守る。
プロペラが回転をはじめる。
魔法のアシストのない、完全な飛行機だ。
まだ宇宙は遠い。でもこれが第一歩だ。
私たちはより自由に、より遠くへ行ける。どこまでも。空の彼方にも。
飛行機が前進する。
「いいぞ! いいぞ!」
拳をぎゅっと握る。
飛行機は滑走路を進み、ふわっと浮いた。
「よっし! そのままそのまま!」
私が席を立とうとすると、ウィルが私の手を握った。
そうだね。もっと信じなきゃ。自分もまーくんも、そしてウィルも。
飛行機は高度を増していく。
野次馬たちが手を叩き歓喜の声を上げる。
陛下も立ち上がり拳を握って見守っていた。
子どもたちは憧れの眼差しで飛行機を眺めていた。
私たちは、ただ空を飛んだだけじゃない。今、この瞬間、未来を手にしたのだ。
私はこの世界で生まれ、この世界で死ぬだろう。
日本は確かに存在したはずだ。だけど今ではまるで作り話のようにすら感じる。
でもこれだけは理解している。私は運命に打ち勝ったのだ。ウィルとの未来を手にしたのだ。
「ねえウィル、次は何作ろっか?」
私がそう言うと、ウィルは「しかたねえな」って顔をする。
「お前が作りたいと思ったものを作ればいい。俺は全力で手伝うよ」
私はウィルの手を強く握り返す。
世界は私に優しかった。
最後までありがとうございました。




