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異世界のキツネさん  作者: QUB


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109/163

キツネさん、踊る

 鳴り物の威勢のいい音と女性の踊り子の黄色い掛け声が上がっている。


 チチンチチンチチンチチン

 タカタンドンドドン タカタンドンドドン

 あ、やっとさー あ、やっとやっとー

 しかけた踊りはやめられぬ


 何やら他にも掛け声をあげているようだが、細かいところはよくわからなかった。


「タダシ殿。どこもわざと同じような発声を意識してやっているのか、女どもの掛け声は独特じゃの。男どもは荒っぽく騒いでいる声なんじゃが」

「……そうですね。女性陣の発声はどこか粘りがあるというか、ねっとりしているというか。西洋由来のロックやポップス、クラシックなんかとは違う、日本民謡独特の発声といいますか」


 昔、クリアなサウンドとかゴリゴリしたハードロックとか書いてあるロックバンド向け雑誌に掲載された記事を見て、意味がわかるようで実のところそれだけでは全くわからないので腹が立ったのだが、実際に言葉にして表現をしようとすると大変難しい。味覚の場合は甘いものを食べさせてこれが甘いというものだ、と甘い辛い酸っぱい苦いについて理解してもらえばいい。音楽の評論はみんな好き勝手に書いてある風味で、このライターがこう書くというのはこういった系統の音楽なんだな、と理解しなければいけない。クラシックなんかは違うのかもしれんが。

 俺が苦悩して紡ぎだした言葉を聞いてキツネさんが笑う。


「ふふ、面白い言い方をするのう。ねっとりした声などと聞くと、寝床で甘える声のように思えるのじゃが」

「えー。まあ、それもねっとりしていると言えばねっとりしてるんですかね。この踊りの声と違って、爽やかさや快活さなんてものはなさそうですけど」

「ははは、確かに」


 進んで行く踊り子の群れを眺めながら、俺達以外にも家族連れや友人連れの人々がそれぞれに言葉を交わして盛り上がっている。

 子供連れの親御さんなどは苦笑いしながら、踊りの真似をしているのかテンション上がりすぎてヘッドバンギングをしている子供の手をとって制御している人もいる。地元初台の踊り子の集団は飛び入り歓迎をうたっていて、買い物帰りのお姉さんがビニール袋を持って踊っていった。ビール片手に男友達と踊ってるとも言えない程度に手だけ空中で振ってついて行く連中もいた。

 なんか見覚えのある尻尾を生やした美人が何人かいた。


「あのキツネさんの分身達はいつからいたんです?」

「さあ。競馬が終わったあとは各地で好きなように情報収集しろと言って放っているんじゃがの。儂の見聞きしているものはほぼ絶えず共有しているので、楽しそうだから来てみたというとこじゃろう」

「キツネさん自身は踊らなくていいんですか。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン、なんて言葉も阿波踊りにはあるって聞きますが」

「楽しければなんでもよかろう。踊る阿呆に見る阿呆、儂を言うなら酒飲む阿呆じゃ。ということでちと離れる」


 キツネさんが問題は何もないと言わんばかりに俺から離れると、人混みの中をするするすり抜けてどこかへ行ってしまった。触れていた場所の熱がなくなって少々寂しいなと思いつつ踊り子を眺めていると、数分もしたらキツネさんは缶ビールを両手に戻って来た。


「ほい、タダシ殿のぶんじゃ。ところで、気付いておるか」

「ありがとうございます。何にですか?」


 キツネさんは俺に片方の手を差し出しながら意味ありげに笑って俺に問いかけてきた。なんのこっちゃかよくわからないので、ビールを受け取りながら正直に質問の意図を質問で返し尋ねる。


「魔力の流れを」

「は?」

「儂ら以外の者の魔力の流れを感じぬか」

「……それは、俺にキツネさん、分身さん達、ソルさん、サキにタマを除いて、誰かが魔術を使っているということですか」


 ついキョロキョロと周囲を見渡すも、魔力の探知をするにあたって目に意味はない。キツネさんほど魔術に精通していないので、魔力を感じる第六感的なもの以外で確認するほかないのだが、イベントには特に何も滞りはない。

 キツネさんの笑みが深くなる。


「使っておるよ。踊り子たちがの」

「はい?」


 つい素っ頓狂な反応をしてしまった俺を、キツネさんは悪戯に成功したように意地悪そうに笑った。


「んふっ。まあ気付かんじゃろう、本人達も気付いておらんじゃろうしの。ちょっとした冗談じゃ」

「魔術を使っているのに、本人達にその意識がないんですか」

「何を言う。タダシ殿がカラオケで儂の心を揺さぶったとき、魔術を意識していなかったじゃろうに」

「ああ、そう言えばそうでしたね」


 魔術を無意識に使うなんてことあるのかと反射的に疑問を呈したが、キツネさんにばっさりと切って捨てられた。言われてみれば、俺自身の最初の魔術は意識せずに行われていたのだった。意識的にオンオフを切り替えられるようになり、すっかり忘れていた。


「魔力を操る力は誰もが持っている。こちらの人々はその力に誰もが気付いていないか、忘れてしまっているかしているがの。タダシ殿が歌に思いを込めたように、踊り子達は踊りに思いを込めておる。それが魔術となっておるのじゃ。ほんのかすかで、こうして儂ほど鋭いものが間近におらんとわからん程度じゃがの」


 踊りで魔術を起こす。そう言えばキツネさんが以前魔術の類型を挙げる際に、そんなことを言っていた気がする。


「しかし、魔術で特に何が起きているわけでもないんですが」

「みんな楽しんでおろうが」

「それが魔術?」

「それが魔術。踊る阿呆が見る阿呆を楽しませる魔術じゃの。魔術は心の力に左右される。逆に、心に影響を与えやすくもある。心のありようで心を変える、原初の魔術」


 なんでもないことのようにキツネさんは言う。実際、なんでもないことなのだろう。ここで踊る人々全てが魔術を使っているとは思ってなどいやしないはずだし、特に何か事故が起きているわけでもない。何か怖いものに思えたが、そもそもがそれが日常であるのならば、正真正銘何も問題はないのか。

 それよりも、魔術とは心の力とキツネさんが言うように、魔術となるほど思いが込められた踊りであると考えると、逆に怖いものではなく素晴らしいものに思える。

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