キツネさん、阿波踊りを見る
キツネさんとあちこちふらふらと歩き回る。
「ここのテニスクラブには兄貴が通っていたんですよ」
「テニス。タダシ殿の兄上は分身したり、何か叫びながら壁を破壊するような球を打つのかの」
「あれはテニスを元にした別な何かです」
ポコンポコン平和にボールを打ち合っているのを遠目に見ながらトンチンカンなことを話したり。
「昔よく母親や姉や兄とここのかき氷を食べたんですが……別の店になっちゃってますね」
「かき氷か。家の近所にも出している店はあったが」
「まあ味は大差なかったとは思いますけど、思い出の味をキツネさんと共有できないのは残念です」
「む。そう言われると、なんとも惜しいものが無くなったように思えるのう」
思い出の甘味屋が知らない洋菓子屋になっているのに寂しさを覚え。
「この警察署はキツネさんと初めて一緒に見たアニメの、一話に出て来たモデルの場所です」
「あれかあ。ふうむ。どうにもうろ覚えじゃ、また見てみるかのう」
「俺は知っているなじみの深い場所がアニメに出てきて、初めて見たときは一人で変なテンションになってあのアニメを見てましたよ」
キツネさんと一緒に見たアニメと結び付けて案内してみたり。
「真夜中に散歩している途中ここのトイレに寄ったら、薄くドアが開いている個室の中から『しゃぶらせてくれませんか』と、かすれたちょっと高めの声で尋ねられたことがあります」
「なにをしゃぶるというのか。ナニか。相手は痴女か」
「いえ、ホモです。男が好きな男ですね。どうやらここはハッテン場だったらしくて、それ以降もちょくちょく様子を見に来てたらそれっぽい男ども(・・)がいたり、浣腸用らしき針のないふっとい注射器が紙袋に入れて放っておかれたりしてました」
「ほほう、ここが噂に聞くハッテン場というものか。いい男が腰かけるベンチはなさそうじゃがの。ところで旦那様よ、なんでそんな場所をちょくちょく見に行ったのじゃ」
全く意味のない冒険心を発揮した思い出を語ってみたり、と。
ほどよく道草をくった結果、阿波踊りが開催されるほどよい時刻に初台商店街へ到着した。
「何やらハレの気を感じる。ただ人が多いというものではない気配じゃの」
まだ本格的に踊りは始まってはいないが、各所に踊り子の人々がちらほら見受けられる。商店街もここぞと外に臨時の売場をつくる店も多く、そんな店を覗いている。どうにも地元民の中高生くらいの踊り子が知り合いの店に顔を出しているようだ。
コンビニが微妙に通常運営なビールなどを売りだしている。特殊な条件なんだから、もうちょっと融通利かせてもいいんじゃないかと思いますよ本部さん。オーナーが面倒でそもそも掛け合ってない可能性もあるだろうけども。キツネさんがとりあえず自分用に確保。
飲食店が出している売店のひとつに顔を突っ込んでみる。カレーだ。阿波踊りにカレーとはいったい。どうやら屋台仕様でそれほど量があるわけではないようだ。ほどほどに腹が減っているので一つ買ってキツネさんと分け合って食べる。やはり少ない、余計に腹が減った気がする。
「カレーをわざわざ立ち食いせんでもよかろうに」
「いいじゃないですか好きなんだから。美味かったでしょ」
「まあ美味いは美味いんじゃが、ビールが欲しくなった」
「さっき買ったのはもうないんですね」
あっちこっちで買っては食い買っては食う。キュウリが丸で一本売ってるのが口直しに地味にちょうどよかった。キツネさんのビール補給はもう何度目か。トイレに行かずによく飲むもんだ。
そして日が完全に落ち、駅前に並ぶスポンサーの名入りの提灯に明かりがともり、拡声器によりアナウンスが始まる。まずは提灯を前に商店街の皆さんが記念撮影をするらしい。それらにともない、駅前の人混みが加速してきた。
「キツネさん、混んできましたが大丈夫ですか」
「問題ない。笑顔の人々を見ていると、儂も楽しい」
適当に踊り子を見物できる場所を探し、街灯と花壇の隙間に二人で挟まって人の群れを眺める。
記念撮影が終わるといよいよ踊りが始まる。とは言え、最初はどうも児童のみの特殊な連のようだ。拡声器からちびっこ達に下級生集まれ上級生はあっちだと指示が飛んでいる。最寄りの小学校のイベントにでも組み込まれているのだろうか。小学生がわいわいきゃいきゃい群れて行くのを保護者の方々が囲んで行進しているらしい。保護者の方々が壁になっているおかげで詳細がわからないのである。あそこに割りいってまで確かめる気にはなれん。
そして次のアナウンスにより、大人達も本格的に踊るグループの紹介に入る。説明が左耳から右耳に抜けていく。盛大な拍手をお願いしますと言って紹介が締められた。
金属音がリズムの指揮をとりに少し鳴り、一呼吸おいて一斉に打楽器が鳴り響く。
大太鼓の重低音が腹に響き、締太鼓の軽快な音が頭を空にする。
踊り子が声を張り上げ、男踊りが円陣に舞う。
始まった。
この最初に踊り子と鳴り物がガチャガチャ荒々しく吹き荒れるのが好きだ。
今から大騒ぎが始まるぞ、という空気が好きだ。
キツネさんが身をよじっておれの耳に口を寄せた。
「楽しそうじゃのう、タダシ殿」
「ええ。キツネさんはどうですか?」
「踊りや舞を見るのは儂も好きじゃ」
そう言うと、キツネさんは半身を俺に預けて見物の体勢に戻る。
ぼんやりと最初のグループが進んで行くのを見送った。
参考:徳島市ホームページ
市のホームページに阿波踊り専用ページがあるんですね




