第16話 暗雲低迷【前編】〜精霊女王の告解〜
魔王宮の師団長ジニア、そして副団長のサルセ。
ふたりは、ロリエッタも認めるカルヴィナ王国の屈指の強者。
ロリエッタの計らいで、そんな二人の胸を借りるべく、王都にある闘技場で、模擬戦をおこなうことになったアルテナとブラント。
その試みは、ロリエッタの予想を超えていた―――。
アルテナは模擬戦の最中に、彼女の中で眠っていた精霊を介した術、『魔術』が発現し開花したのだ。
人族の血が流れているから可能性が無かった訳ではないが、側で見ていたロリエッタも、これには驚きを隠せなかった。
ブラントもまた、二刀流のサルセとの模擬戦で、ロリエッタから貰った刀に備わっていたものを偶然だが発見することができ、それはブラント自身が、これからもっと大きく成長できる可能性を示唆している。
アルテナは杖なし、ブラントは木刀と本来のスタイルではなかった。
それ故、模擬戦でふたりとも負けはしたものの、いつも戦っている魔物とは違う対人戦は、ふたりにとって、とても大きな飛躍をもたらしたのである。
謁見も含め、全てが思い通りの結果には至らなかったのだが、これ以上、王都に留まる必要もないことから、ペルムの森に戻ろうとしていたロリエッタ達であったが、ブラントは、やり残したことがあると言ってしばらくの間、王都に残ることを選んだ。
ブラントが王都へ残ると言った、彼の心理を確かめないままに、ロリエッタとアルテナは、王都を後にした。
だが、その直後、ペルムの家の周辺に張り巡らせてあった「認識阻害の結界」が破られたことを察知し、急ぎペルムの森へと戻ることに。
そして、家へと戻ったロリエッタとアルテナのことを、そこで待っていたのは―――、
◇
少し開いた家の扉をゆっくりと開き、ふたりは中へと入った。
「あっ!おかえりぃ〜」
すると、椅子の上に立膝をして、だらしなく座る髪の長い女がいた。
「はぁ〜。わしの結界を破ったから、どんなヤツかと思ったが貴様じゃったか、……ベルテス」
「なによ!やけにつれないじゃなぁい?」
アルテナ達が、いつも使っているテーブルに、我が物顔で座っている女は悪びれる様子もなく、そうこたえた。
「ったく!人ん家で好き勝手しよって」
「だってぇ、せっかく遠い道を何日もかけて来たのに、ここに着いたら誰もいないうえに、いくら待っても帰ってこないから退屈で」
おそらく、家に置いてあった食べ物や飲み物をかき集めて食べ散らかしたのだろう、よく見ると、そこら中に食べ残しが散乱している。
「先生、誰?この人!ってか、ちょっとムカつくから、のして叩き出していいかな?」
大きくため息をつくロリエッタの後ろから、杖を構えたアルテナがそう言い放った。
「やめておけ。お前も相当、強くなったが精霊術を扱う者と戦ったことが、無いであろう?ましてや相手は精霊女王だ。今のお前では、歯が立たん」
「せ、精霊……女王?!」
「ふむ、あ奴は、ハマン=ベルテス。精霊たちを束ねる長じゃ」
「こいつが?」
そう聞き返したアルテナがハマンから目を離した、ほんのわずかな間のことだった。
彼女はロリエッタをすり抜けるとアルテナの目の前に、まるで最初からそこにいたかのように、空気の揺らぎすら残さずアルテナの鼻先に立っていた。
そして品定めをするかのように、まじまじとアルテナのことを見だしたのだ。
「フェレーラ、あなた実に面白いものを飼っているわねぇ!ふぅ〜ん、……半魔かぁ」
目を細め、不敵な笑みを浮かべるハマン。
『何こいつ?!あの一瞬で私の間合いを抜けてきた!?』
杖を構えたまま一歩も動けず、まるで逃げ場を探すように身じろぐアルテナの周りを、ハマンはゆっくり周った。
「おい!あまり調子に乗るでないわ!!さっさと用件を言え、無駄話をする為に来たのではなかろう?!」
ロリエッタは、ハマンに対し睨みを効かせた。
「おぉ、怖っ!まぁ、……。それもそうね!ねぇ、フェレーラ、―――」
今までと違い、話すトーンを少し下げたハマンは、杖を構えたままのアルテナに、くるりと背を向けると、さっきまでいた椅子へ戻りこうきいてきた。
「『ガブドル』という名前に聞き覚えは、ある?」
「ガブドル?」
ハマンが唐突に告げた、その名前にすぐピンと来なかったせいもあるが、妙な胸騒ぎを覚えたロリエッタは少し眉をひそめた。
「そう、ガブドル。歴代の魔王に仕えてきた、あなたなら知っていると思ったんだけど?」
「ガブドルかぁ……ふむ、確か大昔、邪教の神で、その名を聞いたことがあったような気がするが……」
「さすがフェレーラ!無駄に何年も生きてないわね」
「無駄とはなんじゃ!無駄とは!!わしを年寄り扱いするでないわ」
ムッとした表情でロリエッタも空いている椅子へと腰を下ろし、アルテナも座った。
「ふふっ、さっき、あなたの言った通り、今はもう無いけど数百年前にあった邪教の神の名よ―――」
ハマンは、そう言ってガブドルについて話を始めた。
ガブドル―――、自らを神と名乗り、魔力を持たない人族は、世界に対し暴利を貪るだけで魔族よりも劣った存在だと意義付けた者。
人族の尊厳など無視して、あろうことか聖戦と銘打ち、人族をこの世から根絶やしにしようと目論んだ中心人物。
加えてガブドルが持っている特殊な能力は、ガブドルに関わった魔族が、どういうわけかヤツを信じて疑わなくなる。
しかし、ハマンが言うには、こんな風に表立った行動を起こしたのは、この時が最初で最後で、おそらくガブドルは表舞台に上がるずっと前から魔族のそれも発言力のある人物に、その身を移し暗躍していたのだとロリエッタに告げた。
「発言力のある人物じゃと?」
驚きを隠せずに、ロリエッタは少し腰を浮かせた。
「えぇ、これは、あたしの推測で、はっきりしたことは断言できないけど、多分、時には魔王やその王族達、時には英雄だったこともあるんじゃないかしら」
「にわかには信じ難い話じゃが……」
「そうやって人族と魔族を巻き込んで始まったのが、約千年にわたる種族間での全面戦争だったってわけ。あなたが以前、言っていた『なぜ人族と魔族との争いが止まないのか?』その質問の解が、ガブドルによるものであるなら、あなたも合点がいくのではなくって?」
「……」
そんな彼女の問いかけに対し、ロリエッタは否定も肯定もせずに浮かせた腰を下ろした。
ハマンの話では、ガブドルは肉体を必要としない『精神生命体』だという。
別に生まれた肉体に、ガブドルの精神が受肉または憑依することで、この世に顕現するのだと……それは歴史という名の舞台に寄生し、役者を替えながら同じ悲劇を演じさせる、実体のない害悪だ。
多くの意思を持たない下位の精霊達が、長い年月をかけ依代に集まり、人格を形成し肉体を得て進化をする上位精霊と似ていると彼女は言った。
ハマンは精霊女王。
魔族と精霊達は敵対しているわけではないが、味方でもない。だからこそ、真偽の判別がつかず、ロリエッタも、そんな彼女の言うことを全て鵜呑みにできるはずもなかった。
それに彼女は元人族、その力と能力は愛する精霊王のアイギスの死と共に得たもので、興味のないものはどうでも良いと思う性格だ。
例え、世界の崩壊が訪れようと、人の命に関わる事であろうと、彼女が関心を示すことはないのだ。
しかし、こと知りたいという欲求は異常なくらい執着している。
そんなハマンは、ドワーフ達が作り出す魔道具に精通していて、魔道具に刻まれた術式の解明をしてゆく中で、精霊王のアイギスと出会い、見初められ彼の死を境に人でありながら精霊の女王となったのである。
アイギスは人族の願いに応えて、ガブドルとの戦いで命を落とした。
はじめは、壮絶な戦いの末にアイギスとガブドルと相打ちとなり、ガブドルは死んだと思われていたが、後に彼女はガブドルが精神生命体であることを知って、繰り返し転生していることを突き止める。
愛するアイギスの死の原因を作ったのが、そのガブドルであり、器を失ってもなお死なないガブドルをハマンは長い間、探していたのだ。
そんなガブドルの特性の全てを知っていた精霊王のアイギスは、死の間際にガブドルにマーキングをしていて、この世に現れ再び転生した場合、アイギスの首飾りが反応することを今の彼女はすでに解明していたのだった。
ハマンの知らせに次々と明るみになっていく、邪神の影―――。
死と復活を繰り返すガブドルの存在を知ったロリエッタ。
この理から外れた存在に、肌を粟立たせるような不吉な予感がよぎった。
……その予感は、混沌の世界が迫る足音であり、あまりに静かな絶望だった。




