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第14.5話 閑話 【隠された瞳 ✕ 私 ✕ 宵闇の護り】




活性化した魔獣の討伐。―――それも、たったのふたりで。


それがアルテナとブラントに与えられた、新たな課題であった。


刻印の儀を成功させ、それぞれ新たに杖と刀を手にしたアルテナとブラントは、それらを使いこなすために、さらなる厳しい鍛錬を、ここ何ヶ月もの間、繰り返し続けてきた。


はじめは、ふたりとも慣れない武器に苦戦していたが、辛抱(しんぼう)強くロリエッタの教えに従い、さらなる高みを目指していた。


その甲斐あってか、ふたりの成長は著しく、強さに関しては、すでに魔王軍の強者(つわもの)幹部であっても太刀打(たちう)ちできないに違いないと、ロリエッタは思っていた。


こと、ふたりでの連携でいえば、ポートウルフの時とは比べ物にならないほどで、ロリエッタですら目を見張るほどであった。


ふたりの強さに確信を得たロリエッタは、次に起こった魔獣活性化の時、鎮圧することをふたりに命じた―――。



一時、減ってきていた魔物の活性化だったが、また、ここ数年で上昇傾向にあり、さほど日を待たずに中規模な活性化が起こり、三人は集団となった魔獣達の進行方向の手前へと先回りした。


少し緊張気味のふたりにロリエッタは、「わしもおるから、思う存分戦ってこい!!」と、ふたりの背中を叩き送り出す。


ふたりは少し言葉をかわし、ブラントが差し出した右手の甲に、アルテナは、ちょこんと刻印のある左手の甲を当て、迫り来る魔獣の大群を前に、アルテナとブラントは、怖気(おじけ)づくこと無く走り出した。


そして、ロリエッタの予想に反して、魔獣の活性化は早く治まり、ふたりは、見事、魔獣討伐を成し遂げたのである―――。



二人だけでの魔獣討伐を魔王グレンに報告をするため、王都へ向かった三人。


道中、一行は活気あふれる宿場町の目抜き通りを歩いていた。


人族と魔族の文化が混ざり合うこの町では、至る所から香ばしい煙が上がっている。


「……んん、いい匂い! 先生、あれ食べたい!」


アルテナが指差したのは、屋台で焼かれている肉の串焼きだった。


滴る脂が火に跳ね、パチパチと食欲をそそる音を立てている。


「ったく、お前は食い気ばかりじゃな!ほれ、ブラント。買ってきてやれ」


ロリエッタに促され、ブラントが人数分の串を買いに走る。


熱々の肉を頬張りながら、アルテナは至福の表情を浮かべた。


(……この味、どこかで……)


ふと、彼女の脳裏を不思議な既視感がよぎる。けれどそれは、まだ始まってもいない物語。


―――今の彼女が、それを知る由もない。


「……!!おい、アルテナ。眼帯、少しずれてるぞ」


ブラントの声に、アルテナはハッとして顔を伏せた。


彼女の左目には、革製の無骨な眼帯が当てられている。


半魔の象徴である「左右で色の違う瞳」は、魔族の街でも買い物すら拒まれる差別の対象だった。


この街で「普通」に歩くためには、彼女はその美しくも忌まわしい瞳を隠し通さねばならなかった。


「あ……。ごめん、つい夢中で食べちゃって」

「……ふっ。気をつけないと楽しい時間が台無しになってしまうぞ。まぁ、いざとなればオレが王子の権限でねじ伏せてやるがな」


ブラントの不器用な気遣いにアルテナは、胸を熱くした。


一息つき、一行は高級な衣料品店へと足を踏み入れた。


ロリエッタが「魔王の側近どもに舐められぬよう、まともな格好をせよ」と命じたからだ。


「先生、これ……値札の桁、間違ってない? 私、もっと安いのでいいよ」


アルテナが青くなって耳打ちするが、ロリエッタは一蹴した。


「バカを申せ。魔王(グレン)の目に触れるのに、みすぼらしい格好などできるか! 相手は礼節よりも『格』を重んじる連中じゃ。値段など気にするでないわ!言っておくが、わしの資産は、この国の一年分の国家予算に匹敵するんじゃ。わしの顔に泥を塗るな粗末なものは選ぶでないぞ!」


そう言ってロリエッタは、店員にドレスの形だけを鋭く指定すると、ブラントを振り返った。


「ブラント。アルテナはこういう買い物に慣れておらん。お前がアドバイスも含め、色や靴をしっかり見てやれ。その間、わしは少し酒を補充してくるわい」


ニヤリと白い歯を見せ、粋な計らいで席を外した師匠の背中を見送り、二人は残された。


「……ブラント、本当にいいのかな」

「ああ。国家予算は正直驚いたが、おババの言う通りだ。それに……君は美しい」


口にした当の本人も赤く頬を染めたが、それを聞いたアルテナの頭からは、湯気が立ち上がっていた。


ブラントは数ある反物の中から、迷いなく一枚の重厚な深みのある紺色の生地を手に取った。


「アルテナ。魔族の古い言葉で、この色は『宵闇(よいやみ)(まも)り』と言って、最も高貴で、かつ、大切な存在を戦火から隠し通すという意味を持つ色だ。今の君に……そしてこれからの君に、一番相応しいと思うんだ」


王族としての博識さを覗かせながら、ブラントは真剣な眼差しで続けた。


「眼帯をしていても、君のその瞳の色を最も美しく引き立てる。靴は、歩きやすさよりも、ドレスの裾から一瞬だけ覗く銀の刺繍(ししゅう)が施されたものがいい。銀は特別で『希望の光』を意味する。君が胸を張って前を向けるよう、その一歩を刻む靴を、オレに選ばせてくれ」


自分以上に自分の未来を信じている、その真っ直ぐな横顔に、アルテナの胸は、せり上がる熱いもので満たされた。


(……私、魔王様に認められるよりも、ブラントの隣で『恥ずかしくない私』でいたい。この人が選んでくれた色を(まと)って、胸を張って歩きたい……!)


アルテナがそのドレスを纏い、指定された靴を履いて試着室から出てきた瞬間。


―――店内の喧騒が、場の雰囲気が、嘘のように静まり返った。


眼帯で片目を隠してなお、溢れ出す彼女の気品。


それは(さげす)まれる半魔のそれではなく、世界が畏怖(いふ)し、(あが)める様な存在。


まるで『女神』の片鱗そのものだった。


「……綺麗だ。アルテナ、君は……」


ブラントは言葉を飲み込み、じっと見つめ返した。


彼女の眼帯に隠されたもう一つの美しい色彩の瞳を、同時に捉えているのは、ここでは、彼だけだからだ。


そのあまりに素直な眼差しに、じっと見つめられ続けたアルテナは、その視線に耐えきれず、顔から火が出るほど恥ずかしくなり、裾を握りしめた。


「変……じゃない?」

「変なものか。……うん、綺麗だ」


少し前に戻ってきたロリエッタは、二人の間に流れる甘酸っぱくも、どこか切ない空気を見て、ふと、(……幸せな時間というのは、いつも後から気づくものじゃが。こ奴らには、今この瞬間を噛み締めてほしいものじゃな)そう、思った。


結局、そのドレスはブラントが「オレに買わせてくれ」と譲らず、彼の手で購入することになった。


王子といえども今は居候の身。


自由にできる金は多くなかったが、こればかりは譲れないとばかりに言い張ったのだ。



明日のために靴を馴染ませようと早速、ブラントが選んだ「銀の刺繍が施された靴」を履き、帰り道でアルテナが汚さないように、一歩ずつ大切に踏みしめて歩く姿がとても印象的だった。


ブラントは、自分の贈った靴を一生懸命に汚さないよう歩くアルテナの足元を、無言で、しかし誰よりも優しい眼差しで見つめている。


そんな宿へ戻る道すがら、アルテナは初めて貰った丁寧に包まれたドレスを抱え、何度も中身を確認しては、緩みそうになる頬を何度も押さえながら歩いていた。


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