第14.5話 閑話 【隠された瞳 ✕ 私 ✕ 宵闇の護り】
活性化した魔獣の討伐。―――それも、たったのふたりで。
それがアルテナとブラントに与えられた、新たな課題であった。
刻印の儀を成功させ、それぞれ新たに杖と刀を手にしたアルテナとブラントは、それらを使いこなすために、さらなる厳しい鍛錬を、ここ何ヶ月もの間、繰り返し続けてきた。
はじめは、ふたりとも慣れない武器に苦戦していたが、辛抱強くロリエッタの教えに従い、さらなる高みを目指していた。
その甲斐あってか、ふたりの成長は著しく、強さに関しては、すでに魔王軍の強者幹部であっても太刀打ちできないに違いないと、ロリエッタは思っていた。
こと、ふたりでの連携でいえば、ポートウルフの時とは比べ物にならないほどで、ロリエッタですら目を見張るほどであった。
ふたりの強さに確信を得たロリエッタは、次に起こった魔獣活性化の時、鎮圧することをふたりに命じた―――。
◇
一時、減ってきていた魔物の活性化だったが、また、ここ数年で上昇傾向にあり、さほど日を待たずに中規模な活性化が起こり、三人は集団となった魔獣達の進行方向の手前へと先回りした。
少し緊張気味のふたりにロリエッタは、「わしもおるから、思う存分戦ってこい!!」と、ふたりの背中を叩き送り出す。
ふたりは少し言葉をかわし、ブラントが差し出した右手の甲に、アルテナは、ちょこんと刻印のある左手の甲を当て、迫り来る魔獣の大群を前に、アルテナとブラントは、怖気づくこと無く走り出した。
そして、ロリエッタの予想に反して、魔獣の活性化は早く治まり、ふたりは、見事、魔獣討伐を成し遂げたのである―――。
◇
二人だけでの魔獣討伐を魔王グレンに報告をするため、王都へ向かった三人。
道中、一行は活気あふれる宿場町の目抜き通りを歩いていた。
人族と魔族の文化が混ざり合うこの町では、至る所から香ばしい煙が上がっている。
「……んん、いい匂い! 先生、あれ食べたい!」
アルテナが指差したのは、屋台で焼かれている肉の串焼きだった。
滴る脂が火に跳ね、パチパチと食欲をそそる音を立てている。
「ったく、お前は食い気ばかりじゃな!ほれ、ブラント。買ってきてやれ」
ロリエッタに促され、ブラントが人数分の串を買いに走る。
熱々の肉を頬張りながら、アルテナは至福の表情を浮かべた。
(……この味、どこかで……)
ふと、彼女の脳裏を不思議な既視感がよぎる。けれどそれは、まだ始まってもいない物語。
―――今の彼女が、それを知る由もない。
「……!!おい、アルテナ。眼帯、少しずれてるぞ」
ブラントの声に、アルテナはハッとして顔を伏せた。
彼女の左目には、革製の無骨な眼帯が当てられている。
半魔の象徴である「左右で色の違う瞳」は、魔族の街でも買い物すら拒まれる差別の対象だった。
この街で「普通」に歩くためには、彼女はその美しくも忌まわしい瞳を隠し通さねばならなかった。
「あ……。ごめん、つい夢中で食べちゃって」
「……ふっ。気をつけないと楽しい時間が台無しになってしまうぞ。まぁ、いざとなればオレが王子の権限でねじ伏せてやるがな」
ブラントの不器用な気遣いにアルテナは、胸を熱くした。
一息つき、一行は高級な衣料品店へと足を踏み入れた。
ロリエッタが「魔王の側近どもに舐められぬよう、まともな格好をせよ」と命じたからだ。
「先生、これ……値札の桁、間違ってない? 私、もっと安いのでいいよ」
アルテナが青くなって耳打ちするが、ロリエッタは一蹴した。
「バカを申せ。魔王の目に触れるのに、みすぼらしい格好などできるか! 相手は礼節よりも『格』を重んじる連中じゃ。値段など気にするでないわ!言っておくが、わしの資産は、この国の一年分の国家予算に匹敵するんじゃ。わしの顔に泥を塗るな粗末なものは選ぶでないぞ!」
そう言ってロリエッタは、店員にドレスの形だけを鋭く指定すると、ブラントを振り返った。
「ブラント。アルテナはこういう買い物に慣れておらん。お前がアドバイスも含め、色や靴をしっかり見てやれ。その間、わしは少し酒を補充してくるわい」
ニヤリと白い歯を見せ、粋な計らいで席を外した師匠の背中を見送り、二人は残された。
「……ブラント、本当にいいのかな」
「ああ。国家予算は正直驚いたが、おババの言う通りだ。それに……君は美しい」
口にした当の本人も赤く頬を染めたが、それを聞いたアルテナの頭からは、湯気が立ち上がっていた。
ブラントは数ある反物の中から、迷いなく一枚の重厚な深みのある紺色の生地を手に取った。
「アルテナ。魔族の古い言葉で、この色は『宵闇の護り』と言って、最も高貴で、かつ、大切な存在を戦火から隠し通すという意味を持つ色だ。今の君に……そしてこれからの君に、一番相応しいと思うんだ」
王族としての博識さを覗かせながら、ブラントは真剣な眼差しで続けた。
「眼帯をしていても、君のその瞳の色を最も美しく引き立てる。靴は、歩きやすさよりも、ドレスの裾から一瞬だけ覗く銀の刺繍が施されたものがいい。銀は特別で『希望の光』を意味する。君が胸を張って前を向けるよう、その一歩を刻む靴を、オレに選ばせてくれ」
自分以上に自分の未来を信じている、その真っ直ぐな横顔に、アルテナの胸は、せり上がる熱いもので満たされた。
(……私、魔王様に認められるよりも、ブラントの隣で『恥ずかしくない私』でいたい。この人が選んでくれた色を纏って、胸を張って歩きたい……!)
アルテナがそのドレスを纏い、指定された靴を履いて試着室から出てきた瞬間。
―――店内の喧騒が、場の雰囲気が、嘘のように静まり返った。
眼帯で片目を隠してなお、溢れ出す彼女の気品。
それは蔑まれる半魔のそれではなく、世界が畏怖し、崇める様な存在。
まるで『女神』の片鱗そのものだった。
「……綺麗だ。アルテナ、君は……」
ブラントは言葉を飲み込み、じっと見つめ返した。
彼女の眼帯に隠されたもう一つの美しい色彩の瞳を、同時に捉えているのは、ここでは、彼だけだからだ。
そのあまりに素直な眼差しに、じっと見つめられ続けたアルテナは、その視線に耐えきれず、顔から火が出るほど恥ずかしくなり、裾を握りしめた。
「変……じゃない?」
「変なものか。……うん、綺麗だ」
少し前に戻ってきたロリエッタは、二人の間に流れる甘酸っぱくも、どこか切ない空気を見て、ふと、(……幸せな時間というのは、いつも後から気づくものじゃが。こ奴らには、今この瞬間を噛み締めてほしいものじゃな)そう、思った。
結局、そのドレスはブラントが「オレに買わせてくれ」と譲らず、彼の手で購入することになった。
王子といえども今は居候の身。
自由にできる金は多くなかったが、こればかりは譲れないとばかりに言い張ったのだ。
◇
明日のために靴を馴染ませようと早速、ブラントが選んだ「銀の刺繍が施された靴」を履き、帰り道でアルテナが汚さないように、一歩ずつ大切に踏みしめて歩く姿がとても印象的だった。
ブラントは、自分の贈った靴を一生懸命に汚さないよう歩くアルテナの足元を、無言で、しかし誰よりも優しい眼差しで見つめている。
そんな宿へ戻る道すがら、アルテナは初めて貰った丁寧に包まれたドレスを抱え、何度も中身を確認しては、緩みそうになる頬を何度も押さえながら歩いていた。




