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第42章 江戸時代にタイムスリップ 『見世物(みせもの)』

場所: オイサーストの森の奥深くに眠る、かつての賢者の隠れダンジョン 時間: 探索の最中、休憩がてら戦利品の整理をしている時


フローレン(エルフの魔法使い。千年の時を生きる)


フィビアス(人間の魔法使い。フローレンの弟子)


シュペルク(人間の戦士。臆病だが実力は高い)


フローレン:「……あった。これだよ、フィビアス。この『江戸』という東の異国の文献。探していたんだ。」


フィビアス:「フローレン様、その埃被った巻物のために、私たちは三日もこのカビ臭い地下室を彷徨っていたのですか? てっきり伝説の攻撃魔法の魔導書かと思っていました。」


シュペルク:「へっくし! ……埃っぽいなここ。で、その巻物、また変な生活魔法か? 『服の汚れを脂汚れだけ落とす魔法』とか。」



フローレン:「違うよ。これは『見世物みせもの』の記録さ。かつての東の国で、人々を熱狂させた一大エンターテイメントの歴史が記されているんだ 。」


シュペルク:「ミセモノ? なんだそれ。商店街のセールみたいなもんか?」



フローレン:「甘いな、シュペルク。そこは現代の常識など通用しない、まさに何でもアリの異空間だったんだよ 。珍しい芸能、精巧な細工、見たこともない珍獣、そして奇妙な姿をした人間までが登場する、混沌とした娯楽の世界さ 。」


フィビアス:「……混沌とした娯楽。嫌な予感がします。どうせろくなものではないのでしょう。」



フローレン:「ふふっ。まあ聞いてよ。まず驚くべきはその手軽さだね。入場料、いわゆる『木戸銭きどせん』は、だいたい16文から24文 。今の価値観で言うと、お蕎麦一杯から二杯分くらいの値段で楽しめたんだ 。」


シュペルク:「へえ、蕎麦一杯分か! それなら俺の小遣いでも行けるな。毎日通っちゃうぜ。」



フローレン:「実際、そういう庶民も多かったみたいだよ。場所は神社の境内や、人の多い盛り場 。丸太と葦簀よしずで組んだ仮設の小屋が立ち並んでいて、50日から60日くらいの期間限定で興行していたんだ 。」



フィビアス:「仮設小屋ですか。すぐに撤去できるように簡易な作りだったと 。安全基準はどうなっていたのでしょう。崩れてきそうで怖いです。」



フローレン:「そこは『高小屋たかごや』といって、軽業のためにわざと高く作った小屋もあったくらいだから、それなりに計算されていたんじゃないかな 。面白いのは、宗教行事である『開帳かいちょう』とセットになっていたことだね 。」


シュペルク:「開帳? なんだそれ、宝箱を開ける儀式か?」



フローレン:「普段見られない秘仏や宝物を公開するイベントのことさ 。これ目当てに参拝客が押し寄せるから、その人出を狙って見世物小屋が建つんだ 。中には仏様よりも見世物が目当てで、ついでに参拝する人もいたらしいよ 。」


フィビアス:「信心深いのやら、不謹慎なのやら……。でも、人が集まる場所に娯楽が集まるのは、どこの世界でも同じですね。」



フローレン:「さて、ここからが本題だよ。当時の見世物で一番多かったジャンルは何だと思う? 全体の約46%を占めていたものだ 。」


シュペルク:「一番多いんだろ? やっぱ、強い魔物と戦う闘技場とかか?」



フローレン:「ブッブー。正解は『細工物さいくもの』だよ 。」


シュペルク:「細工? 地味だな……。」



フローレン:「それがそうでもないんだ。かごや貝殻、瀬戸物なんかを使って、伝説の人物や物語を立体的に表現するんだ 。例えば、一田庄七郎いちだしょうしちろうという職人が作った『籠細工』は凄かったらしい 。」


フィビアス:「籠というと、竹で編んだものですよね。それで人形を作るのですか?」



フローレン:「そう。高さ7メートルもある巨大な『関羽かんう』……これは武神の名前だね、その像を竹だけで作ったんだ 。髭の一本一本まで精巧に作られていて、江戸中で大評判になったそうだよ 。40万人から50万人が見に行ったっていうから、当時の人口の半分くらいが足を運んだ計算になる 。」


シュペルク:「人口の半分!? それはすげえな。竹細工でそこまで人を呼べるのか。」



フローレン:「職人の執念だ音。他にも『生き人形いきにんぎょう』というのもあった 。松本喜三郎という天才が作った人形は、肌の質感や髪の毛まで本物そっくりで、まるで生きているようだったそうだ 。」


フィビアス:「……いわゆる『不気味の谷』ですね。あまりに人間に似すぎた人形は、恐怖心を煽ります。」



フローレン:「実際、ちょっと怖いものもあったみたいだね。有名な遊女が上半身裸で化粧している姿を再現したものもあったらしいよ 。」


シュペルク:「は、裸!? ……ちょっと芸術的興味が湧いてきたな。」


フィビアス:「(無言で杖を構える)」


シュペルク:「うそうそ! 冗談だって!」



フローレン:「さらに怖いのが『化物細工ばけものざいく』だね 。実際にあった心中事件……若い娘三人が川に身を投げた事件をテーマに、死体に鳥が群がる様子まで再現した人形が展示されたりした 。」


シュペルク:「うわあああ! なんでそんなもん見せるんだよ! 悪趣味すぎるだろ!」



フローレン:「でも、それが連日大入りだったんだって 。人間というのは、怖いもの見たさという業が深い生き物だね。」


フィビアス:「理解に苦しみます。死者を冒涜しているようにも思えますが……当時の人々にとっては、それもまた供養の一つだったのでしょうか、それとも単なる野次馬根性でしょうか。」



フローレン:「さて、暗い話はこれくらいにして、次はシュペルクが好きそうな話だよ。『軽業かるわざ』や『曲芸きょくげい』も大人気だった 。」


シュペルク:「おお! アクロバットか! それなら俺も得意だぜ。アイゼン師匠に鍛えられたからな。」



フローレン:「当時の軽業師、早竹虎吉はやたけとらきちなどは、高い竿の上で子供をぶら下げたり、足の裏で竹を支えたりと、命がけの芸を披露していた 。現代のサーカスみたいなものだね 。」


シュペルク:「へえ、やるじゃん。やっぱ体を張る芸は盛り上がるよな。」



フローレン:「でもね、中には一風変わった芸人もいたんだ。『霧降花咲男きりふりはなさきお』という男なんだけど……彼が得意だったのは『曲屁きょくへ』さ 。」


シュペルク:「曲屁? ……屁って、オナラのことか?」



フローレン:「その通り。自在にオナラを操って、楽器の音や動物の鳴き声、さらには音楽まで奏でたという伝説の芸人だよ 。」


シュペルク:「ぶっ!!(飲んでいた水を吹き出す) オナラで音楽!? マジかよ、すげえなそのおっさん! 魔法使いより魔法使いじゃねえか!」


フィビアス:「……最低です。そんな下品な芸にお金を払うなんて、信じられません。フローレン様、そんな記述を嬉々として読まないでください。」



フローレン:「でもフィビアス、当時の有名な文化人である平賀源内も、これを見て感動して本を書いたくらいなんだよ 。芸の道というのは奥が深いね。」


フィビアス:「ただの腸内ガスです。臭ってきそうで気分が悪いです。」



フローレン:「まあまあ。他にも、動物の見世物も人気だったよ 。虎や豹、孔雀なんかもいたけど、特に話題になったのが『ラクダ』と『象』だね 。」


シュペルク:「ラクダに象か。まあ、見たことない人からすればモンスターみたいなもんだよな。」



フローレン:「面白いのが、その宣伝文句さ。『ラクダを見ると疱瘡ほうそう麻疹はしかにかからない』とか『夫婦仲が良くなる』なんていうご利益が宣伝されたんだ 。」


フィビアス:「……適当なことを言っていますね。動物を見るだけで病気が治るわけがありません。」



フローレン:「プラシーボ効果ってやつかもね。でも、それで何千人もの人が押し寄せて、半年間のロングランになったんだから、商売としては大成功さ 。象の時も『除魔招福じょましょうふく』のご利益があると言われて、10年以上も全国を巡業したらしいよ 。」


シュペルク:「へえ、商魂たくましいな。俺たちも魔物退治の時に『シュペルクを見ると金運が上がる』とか宣伝してみるか?」


フィビアス:「逆効果です。『貧乏神がつく』と思われて依頼が減ります。」


シュペルク:「ひどっ!」



フローレン:「あとは、ちょっと考えさせられるけど、人間自身の見世物もあった 。『鬼娘おにむすめ』といって、頭にコブがある女性がただ立って口を開けているだけの見世物が大ヒットしたり 、身長が高い三姉妹がお菓子を売るだけの興行があったりした 。」


フィビアス:「……現代の倫理観では許されないことですね。身体的な特徴を見世物にするなんて。」



フローレン:「そうだね。でも当時は、それが好奇心の対象として需要があったんだ 。良い悪いは別として、それが当時の『リアル』だったということさ。」


シュペルク:「まあ、俺たちも旅してると、いろんな村で奇異な目で見られることあるしな。特にフローレンなんか、耳が長いってだけで子供が集まってくるし。」



フローレン:「エルフは見世物じゃないんだけどね。……でも、この江戸の見世物文化、ただ奇抜なだけじゃないんだ。幕末になると、日本の軽業師たちは海を渡って、アメリカやヨーロッパで興行を行ったんだよ 。」


シュペルク:「おお! 世界進出か! カッコいいな!」



フローレン:「最初は文化の違いで受け入れられなかったけど、演出を変えたら大絶賛されたそうだ 。日本の芸能レベルは、世界的に見ても最高水準だったんだね 。」


フィビアス:「技術力は本物だったということですね。一時の娯楽として消費されるだけでなく、世界に認められる芸へと昇華されたのは素晴らしいことです。」



フローレン:「そう。日常を離れた異空間で、人々の好奇心と想像力を刺激する一大エンターテイメント 。それが江戸の見世物だったんだよ。……どうだい? シュペルクも『オナラ戦士』として世界デビューを目指してみるかい?」


シュペルク:「いや、オナラは無理だって! そもそも俺、そんな器用に出せねえし!」


フィビアス:「練習なさればいいのでは? シュペルク様の才能が開花するかもしれませんよ。パーティーの資金源になります。」


シュペルク:「フィビアスまで何言ってんだよ! 絶対やらないからな!」


フローレン:「ちぇっ、つまんないの。……おや? そういえば、この部屋の隅にある木箱、さっきの文献に載っていた『籠細工の道具箱』に似ている気がするね。」


シュペルク:「え? マジで? もしかして、そのすごい職人の遺産とか入ってるのか?」


フィビアス:「シュペルク様、警戒してください。ここはダンジョンですよ。」


フローレン:「大丈夫だよ。魔力探知には引っかからない。きっと中には、精巧な竹細工のミニチュアとかが入っているはずさ。」


シュペルク:「よーし、それを売って大金持ちだ! 開けるぜ!」


(シュペルクが木箱の蓋に手をかける)


シュペルク:「うおおお! ……あれ?」


(ガブッ!!)


シュペルク:「ギャアアアアア!! 噛まれたアアアア!!」


フローレン:「あーあ。やっぱりミミックだったか。江戸の職人も、ミミックを細工物に活用していたのかもしれないね。」


フィビアス:「そんな記述はありません。早く助けてください。……まったく、学習しませんね。」


シュペルク:「痛い痛い! 助けてくれええ! 籠細工じゃなくて魔物じゃねえかああ!」


フローレン:「はいはい、ゾルトラーク(魔族を殺す魔法)。」


(閃光が走り、ミミックが消滅する)


シュペルク:「ぜぇ……ぜぇ……。ひどい目にあった……。もう『見世物』なんてこりごりだ……。」


フィビアス:「シュペルク様自身が、一番の『見世物』になっていますよ。そのボロボロの姿。」


フローレン:「入場料は蕎麦一杯分かな?」


シュペルク:「うるさいわ!!」


(ダンジョンに三人の声が響き渡る。古のエンターテイメントに思いを馳せながら、彼らの旅はまだまだ続く。)


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