第41章 江戸時代にタイムスリップ 『江戸の村運営マニュアル』
場所: 麦畑が広がる北方の小さな農村 時間: 依頼を終えた後の穏やかな昼下がり、あぜ道にて
フローレン:「……のどかだねぇ。麦が風に揺れる音、あぜ道の草の匂い。こういう風景を見ると、かつての『江戸の村』を思い出すよ。」
シュペルク:「江戸? また師匠の変な知識が始まったぞ。どうせ魔物が住む恐ろしい村の話なんだろ?」
フィビアス:「シュペルク様、偏見がひどいです。でもフローレン様、その江戸という場所の村は、ここみたいに平和だったんですか?」
フローレン:「うん。基本的にはね。この前拾った『江戸の村運営マニュアル』みたいな古文書を読んでいたんだけど、彼らの自治システムはなかなかしっかりしていたみたいだよ 。村自体がひとつの共同体で、独自のルールで運営されていたんだ。」
シュペルク:「自治? 俺たちみたいに依頼を受けて魔物を倒すんじゃなくて、自分たちで村を守るってことか?」
フローレン:「それに近いね。まず、村の形にも種類があって、家が一箇所に集まっている『集村』と、家が散らばっている『散村』があったそうだ 。ここは家が集まっているから集村タイプだね。」
フィビアス:「近畿地方に多く見られる形態ですね。関東地方だと散村が多いと書かれています 。地理的な条件で住み方が変わるのは、どの世界でも同じようです。」
フローレン:「でね、当時の人口の約80%が『百姓』だったんだけど、彼らは単なる農民じゃないんだ 。大工もいれば、漁師もいるし、木こりもいる。村に住んでいて、領主に戸籍が登録されている人はみんな百姓とみなされていたんだよ 。」
シュペルク:「へえ、じゃあ俺たちもこの村に住んだら百姓ってことか? 俺は『戦士百姓』ってとこか?」
フィビアス:「シュペルク様はただの『居候』でしょう。何の生産活動もしていませんから。」
シュペルク:「ひどっ! 俺だって魔物退治とか力仕事とかしてるだろ!」
フローレン:「まあまあ。でも、百姓の中にも階級があってね。土地を持っている『本百姓』と、土地を持たずに借りて耕す『水呑』という人たちがいた 。水呑さんは年貢を払わない代わりに、村の正式なメンバーとしては認められていなかったらしいよ 。」
フィビアス:「権利と義務の関係が明確ですね。負担を果たさない者は発言権も得られない。厳しいですが、共同体を維持するためには必要な区別だったのかもしれません。」
フローレン:「そして、この村を運営していたのが『村方三役』と呼ばれるリーダーたちさ 。トップの『名主』、補佐役の『組頭』、そして監視役の『百姓代』だね 。」
シュペルク:「なんかカッコいい名前だな。名主ってのは、村一番の力持ちがなるのか?」
フローレン:「力というより、信頼と実務能力だね。名主の仕事はめちゃくちゃ多いんだ。『庄屋往来』というガイドブックによると、年貢の管理から人口調査、揉め事の仲裁、さらには旅行の許可まで出していた 。」
シュペルク:「うわ、面倒くさそう……。俺なら三日で逃げ出すな。」
フィビアス:「シュペルク様には無理です。計算もできませんし、すぐにパニックになりますから。」
フローレン:「名主の選び方も面白くて、領主が指名する場合もあれば、村人の投票で決める場合もあったそうだよ 。江戸時代の後期には選挙が行われていたなんて、意外と進んでいるよね。」
シュペルク:「選挙かぁ。俺が立候補したら受かるかな? 公約は『ハンバーグ食べ放題』とかで。」
フィビアス:「誰がその肉を用意するんですか。却下です。」
フローレン:「そして、村人たちを縛っていたのが『五人組』という制度さ 。近所の5軒くらいをグループにして、連帯責任を負わせる。誰かが年貢を払えなかったり、悪いことをしたら、グループ全員の責任になるんだ。」
シュペルク:「連帯責任!? うわ、一番嫌なやつだ。学校で一人が騒いだら全員立たされるやつだろ?」
フローレン:「最初は監視のために作られた制度だったけど、次第に『相互扶助』、つまり助け合いの組織になっていったみたいだよ 。困った時はお互い様、という精神だね。」
フィビアス:「監視と助け合いは紙一重ですからね。私たちパーティーも、ある意味で三人組の相互扶助組織です。フローレン様が朝起きない時は私が起こし、シュペルク様がビビっている時は私が背中を押す。」
シュペルク:「最後のは蹴っ飛ばしてるだけだろ……。」
フローレン:「さて、ここからが本題だよ。村には独自のルール、『村掟』があった 。これを破ると恐ろしい制裁が待っているんだ。」
シュペルク:「出た! 恐ろしい制裁! やっぱり地獄じゃないか! どんな罰なんだ? 釜茹でか? 張り付けか?」
フローレン:「そこまで残酷じゃないけど、ある意味もっと怖いかもね。例えば『村八分』 。」
シュペルク:「村八分? 8割持っていかれるのか?」
フローレン:「違うよ。村人全員から無視されるんだ。葬式と火事の時以外、一切の付き合いを断たれる。挨拶もしてもらえないし、物も貸してもらえない。」
シュペルク:「……うわ、地味に精神に来るやつだ。俺、孤独には耐えられない自信がある。」
フィビアス:「シュペルク様は寂しがり屋ですからね。無視されたら一日で泣き出しそうです。」
フローレン:「他にも『見せしめ刑』というのがあって、人前に出る時に赤頭巾を被らされたり、瓢箪を背負わされたりしたらしいよ 。罪状を書いた札をつけて村中を引き回されることもあったとか。」
シュペルク:「瓢箪を背負う!? なんだそれ、罰ゲームかよ! ちょっと面白いけど、実際やられたら恥ずかしくて死ぬな……。」
フローレン:「そうだね。彼らにとって名誉や体面は命と同じくらい大事だったから。でも、一番重い罪は『追放刑』だ 。村を追い出されたら、他に行くあてもなくて生きていけないからね。」
フィビアス:「共同体からの追放は、死に等しい罰ですね。それほどまでに、村の規律を守ることは重要だったのでしょう。」
フローレン:「具体的なルールも面白いよ。『三ツ谷村』の掟では、『日が暮れてから農作業をしてはいけない』とか『木の葉を勝手に集めてはいけない』なんて決まりがあった 。」
シュペルク:「なんで日が暮れてから作業しちゃダメなんだ? 真面目でいいじゃん。」
フローレン:「暗闇に乗じて作物を盗むのを防ぐためさ。やむを得ない時は松明を灯せばOKだったらしいけど 。あと、山や森は『入会地』といって村の共有財産だったから、そこから勝手に資源を取ることは厳しく禁じられていたんだ 。」
フィビアス:「資源管理のルールですね。共有地の悲劇を防ぐための知恵です。私たちも魔法薬の素材を採集する時は、根こそぎ取らないように気をつけていますし。」
フローレン:「そうそう。自然と共存するための知恵だね。……あ、そういえば、この古文書の最後に『村の共有林の奥に、不思議な力を持つ石が祀られている』って記述があったような気がする。」
シュペルク:「おい、またかよ! その展開、絶対ろくなことにならないって!」
フローレン:「いやいや、今回は違うよ。村の守り神みたいなものだから、きっとご利益があるはずさ。もしかしたら、魔力回復の効果があるレアアイテムかもしれない。」
フィビアス:「……フローレン様、その『村井図』の隅に描かれている『入会地』のマーク、宝箱に見えませんか? 」
フローレン:「おっ、さすがフィビアス。よく気づいたね。そう、まさにそこだよ。行ってみようか。」
シュペルク:「だから行かねえって! どうせまたミミックだろ! 『入会地の守り神』がミミックだったとか、笑えないオチは勘弁だぞ!」
フローレン:「確率は五分五分だよ。それに、もしミミックだとしても、中身が『村の年貢帳』かもしれないし。」
シュペルク:「年貢帳なんていらねえよ! 借金取りみたいになるだけだろ!」
フィビアス:「行きますよ、シュペルク様。村の歴史を知るのも勉強です。それに、もし本当に貴重な資源なら、採取して旅の資金にします。」
シュペルク:「お前ら、本当に懲りないな……。ああもう、分かったよ! 盾役やればいいんだろ、盾役!」
(三人はあぜ道を外れ、村外れの森へと足を踏み入れる。木漏れ日が差し込む静かな森の奥に、古びた祠のようなものが見えてくる。)
シュペルク:「ほら見ろ、ただの古い祠じゃないか。何もないって。」
フローレン:「ふむ。魔力探知には反応しないけど、なんとなく歴史の重みを感じるね。……おや? 祠の後ろに、小さな木箱が置いてあるよ。」
シュペルク:「木箱……? 嫌な予感しかしないんだけど。」
フィビアス:「シュペルク様、開けてみてください。私が魔法で援護しますから。」
シュペルク:「なんで俺なんだよ! お前がやれよ!」
フローレン:「シュペルクは戦士だから頑丈でしょ? もし罠でも、鎧があるから大丈夫。」
シュペルク:「鎧の上からでも痛いもんは痛いんだよ! ……くそっ、開けりゃいいんだろ、開けりゃ!」
(シュペルクが恐る恐る木箱に手を伸ばし、蓋を持ち上げる)
シュペルク:「……うわっ!!」
(ガバッ! と箱が開き、中から大量のキノコが飛び出してくる)
シュペルク:「うわあああ! なんだこれ!? 襲ってくる!?」
フローレン:「あ、それは『暴れキノコ』だね。食用だけど、収穫しようとすると暴れるんだ。村の掟で『勝手に採ってはいけない』って書いてあったのは、これのせいかもしれないね。」
フィビアス:「……ただの食材ですね。でも、夕食の足しにはなりそうです。シュペルク様、捕まえてください。」
シュペルク:「無理無理! こいつら意外と力が強い! 叩くと胞子を撒き散らすし!」
フローレン:「頑張れシュペルク。それが『五人組』の相互扶助だよ。君が食材を確保すれば、僕たちが美味しく調理してあげるから。」
シュペルク:「俺が入ってないじゃん! 俺はただの労働力かよ! ……いてっ、噛まれた! キノコに噛まれた!」
フィビアス:「騒がしいですね。ゾルトラーク(一般攻撃魔法)……は強すぎるので、拘束魔法で。」
(フィビアスの魔法でキノコたちが縛り上げられ、地面に転がる)
シュペルク:「ぜぇ……ぜぇ……。ひどい目にあった……。もう村の掟には逆らわないよ……。」
フローレン:「やれやれ。でも、これで今夜はキノコ鍋だね。村の知恵と自然の恵みに感謝しなきゃ。」
フィビアス:「そうですね。でもフローレン様、勝手に採取したのですから、村長さんに許可をもらいに行きましょう。それが『村のルール』です。」
フローレン:「むぅ。フィビアスは真面目だなぁ。……まあ、怒られたらシュペルクに『瓢箪』を背負わせて謝らせようか。」
シュペルク:「なんで俺だけ罰ゲームなんだよ!!」
(三人の騒がしい声が、静かな森に響き渡る。かつての百姓たちが守り抜いた村の営みのように、彼らの旅もまた、騒がしくも温かい絆で紡がれていく。)
完




