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第40章 江戸時代にタイムスリップ 『江戸』という東の異国の入浴文化

場所: 北部高原へ向かう山道、雨を避けるために立ち寄った洞窟 時間: 降りしきる雨の午後、足止めを食らっている最中


フローレン(エルフの魔法使い。千年の時を生きる)


フィビアス(人間の魔法使い。フローレンの弟子)


シュペルク(人間の戦士。臆病だが実力は高い)


フローレン:「……ふむ。この『江戸』という東の異国の入浴文化、実に興味深いね。人間にしては、清潔さへの執着がすごいよ。」


フィビアス:「フローレン様、その薄汚れた巻物、まだ読んでいたんですか? 外は土砂降りで、私たちは泥だらけです。そんな昔の異国のお風呂事情を知るよりも、服を乾かす魔法ドライの重ねがけを手伝ってください。」


シュペルク:「全くだぜ。雨で鎧が錆びちまうよ。……で、なんだって? お風呂? こんな寒い日に風呂の話とか、余計に寒くなるだけじゃないか?」



フローレン:「甘いよ、シュペルク。想像力こそが魔法の源泉さ。この記録によると、かつての江戸の人々は、夏は蒸し暑く、冬は強風で土埃が舞う環境に住んでいたから、一年を通して体が汚れやすかった。だから『毎日お風呂に入ること』が常識だったらしいよ 。」


シュペルク:「毎日!? 嘘だろ。俺たちなんて、旅の途中じゃ一週間に一回入れたらいい方だぞ。どんだけ綺麗好きなんだよ。」



フローレン:「それだけじゃない。彼らの家にはお風呂がなかったんだ。水が貴重だったこともあるけど、最大の理由は『火事の恐れ』さ。木造建築が密集していた江戸では、不注意で火を出したら重罪になる。だから、たとえ大商人の店主であっても、町にある『湯屋ゆや』、つまり銭湯に通っていたんだって 。」


フィビアス:「火事を出さないために、個人の家に風呂を作らない……。徹底したリスク管理ですね。私たちも、シュペルク様が料理当番の時は火事にならないかヒヤヒヤしますから、その気持ちは分かります。」


シュペルク:「おい、俺の料理の腕をバカにすんなよ! ……でも、毎日通うとなると金がかかるだろ? 平民には厳しくないか?」



フローレン:「それがね、意外と安かったみたいだよ。大人が『八文はちもん』、子供が『四文しもん』。現代の貨幣価値……いや、あっちの世界の計算だと、大人一人でパン一個分くらい、240円程度だったそうだ 。」


シュペルク:「へえ、安いな! それなら毎日行けるか。」



フローレン:「さらに『入浴手形』というサブスクリプション……じゃなくて、定期券もあったらしい。一ヶ月で約150文払えば、何度でも入り放題だったんだ 。」


フィビアス:「合理的ですね。常連客にとってはありがたい制度です。……でもフローレン様、安くて毎日入れるのはいいですが、そんなに大勢の人が使うお風呂、汚くなかったのでしょうか?」



フローレン:「いい着眼点だね、フィビアス。実際、お湯は濁っていて綺麗ではなかったらしいよ 。だから彼らは、湯船に浸かって温まった後に、洗い場で体を洗うのが一般的だったそうだ 。」


シュペルク:「うへぇ、濁ったお湯か……。まあ、温まれればいいのか?」



フローレン:「それに、温度設定がクレイジーなんだ。湯の温度は47度から48度。まさに熱湯だよ 。」


シュペルク:「48度!? 煮えちまうよ! ダチョウ倶楽部じゃないんだから!」


フィビアス:「シュペルク様、また変な異界の言葉を使わないでください。……しかし、なぜそんな高温に?」



フローレン:「江戸っ子たちの見栄だね。ぬるいお湯は『日向水ひなたみず』とバカにされた。熱いお湯に短時間でサッと入るのが『いき』、つまりカッコいいとされていたんだ 。」


シュペルク:「やせ我慢じゃねえか……。俺なら絶対、足先だけ入れて『熱っ!』ってなって終わる自信がある。」



フローレン:「湯屋の構造も独特でね。『石榴口ざくろぐち』という入り口があったんだ。浴室の熱気を逃さないように、入り口の高さを90cmくらいに低くして、屈んで入る仕組みさ 。」


フィビアス:「90cm……。腰をかがめて、薄暗い蒸気の中に潜り込むわけですね。なんだか、ダンジョンの入り口みたいです。」



フローレン:「そうそう。中は窓が少なくて薄暗いし、湯気で視界が悪い。だから入る時は『入りますよ』とか『冷たいのが当たりますよ』って周りに声をかけるのがマナーだった 。お互いぶつかって喧嘩にならないようにね。」


シュペルク:「へえ、裸の付き合いってやつか。なんかそういうの、悪くないな。戦士同士で背中流し合ったりしてさ。」



フローレン:「背中を流すといえば、『三助さんすけ』という職業があったよ。追加料金24文を払うと、奉公人の男性が背中を流してくれたり、垢すりをしてくれたりしたんだ 。」


フィビアス:「お金を払えばサービスが受けられる。それは普通ですね。」



フローレン:「ここからが本題だよ、フィビアス。この三助、女性客の体も洗っていたんだ 。」


フィビアス:「……はい?」


フローレン:「女性がお金を払えば、男性の三助が女性の背中を流す。それが普通だったらしい。」


フィビアス:「(ドン引きした顔で)……不潔です。信じられません。セクハラです。」


シュペルク:「お、おいフィビアス、顔が怖いぞ。文化の違いだろ、文化の。」



フローレン:「そう、文化の違いさ。そもそも江戸時代の中期までは、男女混浴が基本だったんだから 。」


シュペルク:「ぶふっ!!(飲んでいた水を吹き出す) こ、こここ、混浴ぅ!?」



フローレン:「そう。男も女も、平然と同じ湯船に入っていた。『入り込み湯』って呼ばれていたらしいよ 。異国から来たペリーという提督も、その様子を見て『日本人は道徳心が高いのに、淫らな部分がある』って日記に書いて困惑していたそうだ 。」


シュペルク:「ペリーさんの気持ち、すげえ分かる……。俺だってそんなの見たら心臓止まるわ。」


フィビアス:「シュペルク様、鼻の下が伸びています。最低です。」


シュペルク:「の、伸びてねえよ! 驚いただけだろ!」



フローレン:「一応、『寛政の改革』という政治改革で混浴は禁止されたんだけど、あまり徹底されなくて、幕末……つまりこの時代の終わり頃までなんとなく続いていたらしいね 。」


フィビアス:「法律よりも習慣が勝っていたのですね。……それで、体は何で洗っていたのですか? 異世界の石鹸でしょうか?」



フローレン:「いや、石鹸はない。代わりに『米ぬか』を使っていたんだ。ぬか袋という袋に入れて、それで体をこする 。」


シュペルク:「米ぬか? あの、漬物とか作るやつ? それで汚れが落ちんのか?」



フローレン:「結構落ちるらしいよ。肌もスベスベになるって。持ってくるのを忘れたら湯屋でレンタルもできたし、手ぬぐいなんかも借りられたそうだ 。意外とアメニティが充実しているよね。」


フィビアス:「レンタルまであるなんて、手ぶらで行けるシステムですね。旅人にとってはありがたい環境です。……少しだけ、そのお風呂に入ってみたくなりました。もちろん、貸切で、適温のお湯ならば、ですが。」



フローレン:「湯屋の二階も面白くてね。そこは男性専用の休憩所になっていたんだ 。」


フィビアス:「なぜ男性専用なんですか? 差別ではありませんか?」



フローレン:「もともと武士が刀を置く場所だったから、その名残らしいよ 。別料金を払えば、身分に関係なく利用できて、お茶やお菓子を買ったり、囲碁や将棋を指したりして交流していたんだ 。」


シュペルク:「おっ、いいなそれ! 風呂上がりに二階の座敷で、腰に手を当てて冷たい牛乳……じゃなくてお茶を飲む! 男のロマンだぜ。」



フローレン:「まさに『社交場』だね。裸で付き合った後に、服を着てまた語り合う。地域のコミュニティセンターみたいな役割を果たしていたわけだ 。壁には『引札ひきふだ』っていうチラシやポスターがいっぱい貼ってあって、イベントの宣伝もされていたらしいよ 。」


フィビアス:「情報収集の場でもあったのですね。魔王軍の残党を探すにしても、そういう場所があれば効率が良いのですが。」


フローレン:「そうだね。……さて、ここまで話したら、なんだか無性にお風呂に入りたくなってこないかい?」


シュペルク:「そりゃなりたいけどさぁ。こんな洞窟の中じゃ無理だろ。近くに温泉でも湧いてりゃ別だけど。」


フローレン:「ふっふっふ。実はね、さっきこの巻物の隙間から、一枚の地図が落ちてきたんだよ。それによると、この近くに『伝説の秘湯』があるらしい。」


フィビアス:「……フローレン様、その展開、嫌な予感がします。前回の『若返りの泉』も、実際はただの泥沼で、シュペルク様が腰まで沈んで大変でしたよね。」


シュペルク:「あれは死ぬかと思った……。泥の中に変なヒルがいっぱいいたし。」


フローレン:「今回は大丈夫だよ。地図には『江戸の湯屋を模した極上の癒し空間』って書いてある(ような気がする)。ほら、雨も小降りになってきたし、行ってみようよ。」


フィビアス:「はぁ……。フローレン様がそう言うなら仕方ありません。でも、怪しかったらすぐに戻りますよ。」


(三人は洞窟を出て、地図が示す森の奥へと進む。しばらく歩くと、苔むした石造りの建物が見えてくる。)


シュペルク:「おっ、マジであるじゃん! 結構立派な建物だぞ。入り口も低い……これ、さっき言ってた『石榴口』ってやつか?」


フローレン:「おやおや、本当にあったとはね。これは期待できるかも。」


フィビアス:「魔力探知には……微弱な反応があります。でも、生物的な反応ではありません。結界か何かでしょうか。」


シュペルク:「細かいことはいいんだよ! 俺はもう我慢できねぇ! 一番風呂は俺がいただくぜ!」


(シュペルクが装備を脱ぎ捨てようとしながら、低い入り口に突撃する)


シュペルク:「うおおお! 江戸っ子の粋を見せてやるぜ! 48度でもなんでも来やがれ!」


フィビアス:「あっ、シュペルク様、待ってください! まだ安全確認が……」


シュペルク:「突撃ィィィ!!」


(ドボーン! という音と共に、中からシュペルクの悲鳴が響く)


シュペルク:「ギャアアアアア!! ぬ、ぬるぬるするううう!!」


フローレン:「え?」


フィビアス:「シュペルク様!?」


(入り口から這い出してきたシュペルクは、全身が透明な粘液に覆われていた)


シュペルク:「た、助けてくれ……! 中の湯船だと思ったやつ、巨大なスライムだった……!」


フローレン:「あー……。そういえば、古文書の最後に『※ただし、湯の管理を怠ると妖怪が住み着くことがある』って書いてあったような気がする。」


フィビアス:「重要なところを読み飛ばさないでください! ゾルトラーク(魔族を殺す魔法)!」


(フィビアスの放った閃光が建物を貫き、中のスライムを蒸発させる)


シュペルク:「ぜぇ……ぜぇ……。俺の体、スライムまみれでベトベトだ……。これじゃ風呂に入る前より汚ねえよ……。」


フローレン:「まあまあ、ドンマイ。スライムの粘液は保湿効果があるとも言うし、江戸の『ぬか袋』みたいなものだと思えば……」


シュペルク:「思えるかーー!!」


フィビアス:「早く近くの川で洗い流しましょう。シュペルク様、臭いです。」


シュペルク:「ひどい! 被害者なのに!」


フローレン:「やれやれ。やっぱり、文化的な生活への道は険しいね。……でも、この『江戸の湯屋』の記録、もう少し読み解けば、お湯を出す魔法のヒントになるかもしれない。」


フィビアス:「もういいです。余計な魔法を覚える前に、今日の野営地を探しますよ。歩きます。」


フローレン:「ちぇっ。フィビアスは厳しいなぁ。」


(三人は再び雨上がりの山道を歩き始める。清潔で温かいお風呂への憧れを胸に抱きながら。)


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