江戸時代にタイムスリップ 「奉公人の暮らし」
大店の表口にて
日本橋の大通りに立つ三人。目の前には、間口三十間を超える呉服店――巨大な「江戸だな」がそびえ立っていた。
シュペルクは目を丸くする。
「うわ……城みたいな店だな。通り抜けできそうなくらい広いじゃん!」
フィビアスは涼しい顔で説明する。
「ここは大店。地方の本店から仕入れた商品を江戸で売る拠点です。奉公人はみんな地方出身で、住み込み。朝から晩まで働き詰めですよ」
フローレンは人の流れを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……表は華やか。でも、奥の暮らしは息苦しいほど規則正しい。江戸の“時間”を背負った人たちね」
奉公人の一日
三人は店の帳場に通され、働く少年を目にする。
十一、二歳の小僧が、桶を抱えて走り、床を拭き、帳簿の端を必死に押さえている。
シュペルクは思わず声をかける。
「おい、大丈夫か? まだ子供だろ、そんな重い桶……」
少年は笑って答える。
「へい、これがオレの仕事でさぁ。雑用は小僧の役目。夜になったら字の稽古を教わるんで」
フィビアスが眉をひそめる。
「つまり、昼は労働、夜は勉強。休む暇もほとんどないってことですね」
フローレンは静かに頷く。
「それでも彼らは耐えた。八年も十年も……。初めて故郷に帰れる“初登り”の頃には、もう二十歳を超えているの」
出世と晩婚
夕方、店の年長の手代が三人に声をかけてきた。
「ここで残れば、いずれ年寄り役や支配役になれる。だが……結婚はその先だ。四十になってからようやく許される者も多い」
シュペルクは思わず口をあんぐり開ける。
「よ、四十!? そんなに待たなきゃならないのか!? オレなら耐えられない……」
フィビアスは冷静に言い放つ。
「だから、生涯独身で終わる人も多かったんですよ。仕事を取るか、家庭を取るか。どちらも手に入れるのは簡単じゃなかった」
フローレンは淡々と結論づける。
「でもね……彼らは“仕事を家族”にしたの。仲間と寝起きを共にし、同じ飯を食べ、同じ時間を刻む。それも一つの人生の形よ」
旅人たちの余韻
三人が店を後にする頃、通りには行灯が灯りはじめていた。
シュペルクはため息をつく。
「なんか……すごいな。オレは鍛冶屋で短期修行してただけでもきつかったのに。何十年も耐えるなんて想像できない」
フィビアスは小さくうなずき、言葉を添える。
「でも、だからこそ江戸は栄えたんです。彼らが積み重ねた時間が、この巨大な経済を動かしていたんですから」
フローレンは少し笑みを浮かべ、歩き出した。
「……長命の私から見れば、一生を“奉公”に捧げるなんて、ほんの一瞬の輝き。でも、その一瞬に賭けた彼らの重さは、決して軽くはなかった」
三人は夜の帳が降りる日本橋を抜け、次の町へと向かう。
そこには、また別の独身男たちの暮らしが待っていた。




