江戸時代にタイムスリップ 「男余りの町、江戸」
明け六つ、鐘の音が鳴り響き、町木戸が開く。
裏長屋から飛び出してきた子供たちが寺子屋に駆けていく横で、旅人風の三人組――フローレン、フィビアス、シュペルクが通りに立っていた。
シュペルクはあたりを見回し、目を丸くする。
「なんか……男ばっかり歩いてないか? 魚売りも、駕籠かきも、路地の大工も。女性は奥に引っ込んでるのか?」
フィビアスがすかさず返す。
「違います。江戸は、そもそも男性が圧倒的に多かったんです。町人地の人口調査でも、男性が三割以上も多いと記録されています」
「えっ……そんなに? じゃあ、結婚したくても相手がいないやつが大半ってことか?」
フローレンは、通りの煮売り屋を眺めながら、静かに言った。
「そうよ。結婚は“選択”というより“贅沢”だったの。相手が見つからないこともあるし、そもそも日雇いで暮らしていれば、婚資なんて貯まらない」
日雇い男との出会い
その時、天秤棒を担いだ若者がすれ違いざまに笑った。
「兄さん方、仕事探しか? 寄せ場に行けば今日の荷くらい引けるぜ」
シュペルクは慌てて手を振る。
「ち、違うよ! オレたちは旅の途中で……」
若者は笑いながら去っていく。その背中を見ながら、フィビアスが肩をすくめた。
「こういう人たち、みんな“日雇い”。今日稼げるかどうかは札頭次第。だから結婚なんて余裕は持てないんです」
フローレンは軽く目を細める。
「けれど、その日暮らしの男たちが、この町を支えているの。荷運び、普請、火消し……彼らがいなければ江戸は回らない」
男余りの町の空気
三人は裏長屋の前に立つ。薄い土壁の向こうから咳払いや笑い声が筒抜けに聞こえてくる。
「狭いなぁ……六畳一間で暮らしてんのか。しかも独りで」
シュペルクがつぶやくと、フィビアスは現実的に補足する。
「声が丸聞こえですし、井戸や厠は共同。孤独になる暇もなかったはずです。むしろ、独身だからこそ人付き合いが濃かったんでしょうね」
フローレンは少し懐かしそうに微笑んだ。
「……長命の私から見れば、人の一生を“独りで過ごす”なんて珍しくもないわ。でも、彼らは孤独を埋めるために、長屋の密度や居酒屋の喧騒を必要とした。だからこそ、江戸は“男余りでも賑やかな町”になったのよ」
シュペルクは長屋の壁を見上げ、ため息をついた。
「……なんだか胸が詰まるな。結婚もできないまま、でも仲間に囲まれて暮らしてる……そんな町だったんだな」
三人は再び表通りへ歩き出す。
背後で町木戸が軋みを上げ、江戸の「男余りの一日」が始まっていた。




