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江戸時代にタイムスリップ  「明け六つの鐘――江戸の“朝”に入る」


(夜の底がほどける直前。薄藍の空。町木戸の向こうで、ひとつ、鐘の先に進んだ。明け六つ――。)


シュペルク「……あ、開いた! ほら、門さんが番木戸を泣いている。おはようございますまーす!」


木戸番「おう、旅の衆。夜十特に決め、明け六集中開くのが決まりだ。抜け道はねぇぞ」


フィビアス「規則通りですね。治安と火事対策。木戸の脇に“自分番”……消防と見回りの駐車場も兼ねてます」


フローレン「ふむ。千年前からこんな『境』は大体機能するものだよ。開け閉めは、共同体の呼吸だ」


シュペルク「共同体の呼吸……かっこいい。あ、見てください、表通りの店がいっぱいに戸を上げてる!」


木戸が上がると、表通りに面した**表長屋おもてながや**の戸前が次第に開く。八百屋、魚屋、瀬戸物屋。店先は通路二間ほどの土間の木の台、その上にまだ露をふくんだ小松菜や大根、江戸前の小魚が並ぶ。


フィビアス「江戸の町は“武家地・寺社地・町人地”に区別。ここは町人地。碁盤の目の街路で、“知覚町”という単位で運営されています。向い合う長屋が一つの町をつくって、出入り口を木戸で制御」


シュペルク「武家が七割、寺社と町人がそれぞれ一~二割って分配だっけ?」


フィビアス「時期で揺れはありますが概ね。人口は町人地に集中、日本橋や深川、街道筋の密度が高いです」


フローレン「見えるだろ、裏へ伸びる細い路地。あれが“路次”。その奥に“裏長屋”がある」

三人は表を離れ、路地へ。 板塀の隙間から、狭い「棟割り」の住居がそのまま続くのが見える。 六~八畳の一間、土間、板の間。 共同の井戸・厠・物干しが中庭のようにひととおりになっている。


シュペルク「……すごい。狭いのに、ちゃんと住む工夫が詰まってる」


フローレン「『狭い』は欠点じゃないよ。運用次第で『近い』になる。助けるも早いし、噂も早い」


フィビアス「職人、棒手振り(行商)、奉公人……方面が入っている「雑居」が標準。だからこそルールと仕組みがある。

土間に膝をついた女将さんが**竈(かまど/へっつい)**に火を入れる。焚きつけの先が赤くなる、煙が立つ。手拭いをきゅっと後頭結び、桶を置いて井戸へ向かう。


女将「おや、旅の方へ。朝の水は冷えるよ。なべ底、切らないようにね」


フィビアス「ありがとうございます。……水道はないから、朝一番に水を確保。水瓶へ移して炊事に使わない。無駄のない動線です」


フローレン「道具も最小限の手数で並んでる。 米櫃→樽→土間→竈→お櫃。 覚えてる流れだ」


シュペルク「房楊枝ふさようじ……?それ何してるんですか」


女将さんは柳の小枝の先をほぐした「房」で器用に歯をこすり、逆側の柄で舌のざらつきをそっと見ます。


女将「歯は白いほうが気分がいいからね。はみがきもあるよ。海のものを焼いたのや、薬種屋の特製もね」


フィビアス「江戸後期には粉も百種類以上。審美文化が生活に降りてくる良い例です」


シュペルク「百種類!?どれが強いんだろう……じゃなくて、ええと、朝ごはん!」


フローレン「見ればわかるよ。一汁一菜。白米、味噌の香り、納豆、切り干し、昆布……」

小さな膳が人数分置いて、それぞれが自分の器で黙々と箸を運ぶ。食べて、椀に湯を注いで、漬物で器肌をさらりとこそげる。


フィビアス「“拭き取りふきめし”。水を節約しつつ、油分の少ない食事だからこそ可能。合理的です」


フローレン「朝の米は昼と夜にもまわす。お櫃へ。保存は“熱と湿の管理”で決まり」


シュペルク「僕、これ好きだな。朴訥で、ちゃんとおいしい」


明け六つを少し回ると、表は声で満ちる。 市場へ担ぎ半分棒手振り男たちは天秤棒を肩へ。

フィビアス「寺子屋は八ツ(午前8時)ごろから。読み・書き・算盤。年齢混合で、個別の課題を師匠が見る方式。昼は一度帰って再開、という運用も多い」


シュペルク「『同じでそれぞれ違う課題』って、強そうだよね。えっと、強いっていうのは……」


フローレン「分かりましたよ。自分のペースで練習するほど、長く効果があります。魔法も似ている」


フィビアス「……(小さく言ってく)」


三人は通りへ戻る。店の棚には**精白米を扱う「搗米屋」**と、炭薪の仲買の札が注目。奥戸の方角からは薪を割る音。


フィビアス「この町では『食う・暖を取る・炊く』の要が燃料。だから炭薪の流通が圧倒的に多くなる。米も同じ。基礎需要が産業配置を規定する」


フローレン「基礎代謝みたいなものだよ、街のね。止まると全身冷える」


シュペルク「じゃあ、朝は“代謝を上げる時間”なんだな。みんなで一斉に」


表長屋の軒先で、女将さん達が手拭いを肩に、洗濯桶を囲っている。 井戸端は自然に「情報端末になる」。誰が熱を出し、火の用心が痛くて、隣町の寄席の噺が律儀だった――ややな声が水面にさざなみを描くみたいに広がる。


フィビアス「『共同設備』が会話を生む。だから規約が要る。まるでゴミ置き場の当番、物干し場の順番、夜の灯りの扱い方」


フローレン「そして“破れば面白い”。目立てば、共同体の修復力が働いている。……良くも悪くも、だね」


シュペルク「あ、向こうの屋台、もう蕎麦ゆでてる。早いな」


フィビアス「屋台は運べるの“ワクワク調整弁”。通りの流れに合わせて現れる。昼だけじゃなく、仕込みと朝飯の隙間もね」


フローレン「でも今は朝の仕事前。ここで食べる人もいるけど、家で炊いた米を避ける家も多い」


鐘が二つ、三つ。影の輪郭が濃くなり、庶民の歩幅が一定になる。 棒手振りの背の籠には朝仕入れの青物が十数掴む。 寺子屋の子は数珠玉のように連なって師匠宅へ吸い付く。


シュペルク「ねえ、聞いていいですか? ポップアップのちょっと“町木戸が夜は通れない”って、夜に急病になったらどうの」


フィビアス「緊急時は木戸番を閉じて許可。ただし原則は。入るが絞られるから、夜盗や放火の抑止になる。火事はこの街の天敵」


フローレン「“灯りの管理”が命綱なんだよ。夜の話は、また夜に行こう」


シュペルク「夜の話、楽しみ。あ、でもその前に――」


フィビアス「午前の家事と買い物の観察、そうですね。表の小店での『お嬢様』と、裏長屋の洗い張りも見たい。裁縫の道具も」


フローレン「朝の段取りが整って、街の血流が動き出す。ここまでが“江戸の朝”。」


三人は通りの端に立ち、同じ方向へ歩き出す人々の背を見送った。足袋の白、桶の木目、米俵の縄。


フローレン「次は――『午前の仕事場と家の内側』。そこを覗いてみよう」


フィビアス「洗濯の手順、裁縫の再利用、そして小店の一瞬。データはそろいます」


シュペルク「今度、僕は力仕事の聞き込み! 天秤棒のコツ担当、教えてもらう」


(朝の光が完全に上がる。江戸の一日は、もう走り始めている。)

――つづく(エピソード2「午前:洗う・着る・買う――長屋の“手”と町の“店”」)



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