ソクラテスの無知の知と問答法
場所:夕暮れの草原。焚き火の傍で哲学書をめくるフリーレンとフェルン。シュタルクはその横で木の枝で焚き火をつついている)
フェルン
「“無知の知”……ソクラテスが言ったこと、分かってきました。自分が何も知らないと自覚すること。それが哲学の出発点」
フリーレン
「そう。知っていると思い込む人ほど、実は何も知らない。
自分の無知を自覚している人だけが、“真に知ろうとする意志”を持てる。
それがソクラテスの“問答法”の力だよ」
シュタルク
「でもさ、それって“何も知らない”って言ってるだけじゃね? ずるくないか?」
フェルン
「違うわ。“知らないことを知っている”っていう意識があるからこそ、学びが始まるの。
例えば、“正義とは何か”って問われたとき、自信満々に答える人は多いけど……」
フリーレン
「でも、その答えはだいたい“誰かの借り物”なんだよね。
ソクラテスは、相手の答えを一つ一つ崩して、“自分で考えさせる”。
それが問答法。“助産術”とも言う。知識を与えるんじゃなくて、産ませるんだ」
シュタルク
「へぇ……でもそれ、結構しんどいよな。正解を教えてくれた方が早くね?」
フェルン
「でも、“言われて納得した気になる”だけじゃ、深く理解したことにはならないのよ。
自分で気づいて、葛藤して、考え抜いて――やっと、自分の“知”になる」
フリーレン
「たとえば、“善く生きる”ってなんだろう? 財産を持つこと? 名声を得ること?
ソフィストたちは“言葉で勝つこと”を善としたけど、ソクラテスはそれを否定した。
魂そのものが善くなければ、何を持っていても意味がないってね」
シュタルク
「うーん……俺、今まで“無知の知”なんて聞いたこともなかったけどさ。
なんか、“強くなる”ってことも、似てるかも。俺、ずっと“自分が弱い”って思ってる。
でも、それを知ってるから、ちゃんと鍛えようと思える」
フェルン
「その考え方、まさに“無知の知”だと思う。
自分の足りなさを受け入れることから、知も強さも始まるのよ」
フリーレン
「いいね、シュタルク。
……じゃあ、次の課題。“本当の美とは何か”。プラトンなら、“イデア”と答える」
シュタルク
「うっ……それ、また難しいやつだろ……。
でも、言ってみろよ。“イデア”って、何だっけ?」
フェルン
「“イデア”は、“この世界の完全なかたち”のこと。
たとえば、美しい花を見ても、それは“美のイデア”の不完全な投影にすぎない。
本当の“美”は、永遠に完全で、変わらない場所にあるっていうのが、プラトンの考え」
フリーレン
「そう。現実の世界は“仮の姿”。私たちが美しいと思うのは、魂のどこかでその“完全なかたち”を憶えているからだよ。
でもね、それは目に見えない。だからこそ、想像し、探し続ける――それが哲学ってもの」
シュタルク
「……うーん。俺には、“焼きたてのパン”が一番美しいけどな。
熱くて、いい匂いで、ちょっと焦げ目ついてて……。イデアって、パンにもあるの?」
フリーレン
「あるよ。“完璧なパンのかたち”を、君の魂がちゃんと記憶してるんだよ」
フェルン
「あなたの言う“パンの理想”も、イデアの一種……かもしれないわね」
シュタルク
「なんか……俺、今ちょっと哲学っぽいこと言った?」
フリーレン
「うん。気づいてないかもしれないけど、“魂で問うてた”よ」
フェルン
「次は“正義”について問います。逃げないでくださいね、シュタルク」
シュタルク
「えぇー……やっぱり哲学って、腹減るなぁ……