097_渾然と一体と、ならない、
混ざるわけではない重なっているだけであり濃淡があるだけでありあちらとこちらは明確に分かれているけれども隣り合っている、隙間においてあるようなイメージである、常に付き纏われている、見られている感じられている触れられているなめられている食べられている喰われている排出されている循環している、気がつかない気づいていても気にならない記憶に残らない残るけれども特別ではない過ぎている過ごしているスルーしている気にもとめない流されている大き過ぎて見えないし極小が極大であってどちらにせよ何にもならない意味をなさない。
感触でしか知らない妄想でしかない妄言でしかないどうしようもなく諦めてしまうしかなく諦めることを諦めることもできず突き進んでいるようでその場で旋回しているのであり螺旋であり、循環しているようでいて、必ず別の場所に戻っているけれども差異がわからない気がつかない、気づかないふりをする、それに勘づいたら忘れ去られてしまう狂気に陥れられてしまうので正気であるならば忘却していることになるが、もしくは正しく狂っている。
正狂、であるそのような存在である常にこちら側だと判断している基準は何であるかというならば、時間軸に捉えられているからでありそれを意識しなくなったならばその瞬間にあちら側に行っている、時間は実は関係ない他のパラメタを意識の底においているいや意識そのものが存在しないのであるから、それはただそこにある、あった、存在し続けているものであり、しかし必ずズレている。
どうしようもないものがみえもきこえもさわれもしないモノがあるということをどう証明しようというのであるかというならばできないのであるから諦めが先にくるわけではあるが諦めることができるということはそれを認識しているわけであり、そうであるならば意識しているということであるならばやはりそれはその状況を持ってしてあるということである。
ないということはあるということであり、存在することは虚空と同じものになる、矛盾であるが矛盾ではない、ないということがあるわけである、何を表現しているのかがわからないことがわかる、ということはこれはわからないがあるということである、存在するのは意味不明な何かであり、矛盾そのものであり、その関係性なのであり、そしてそれはわずかなそして大きなエネルギーを、わずかなズレであるからこそ生まれるそれなのである。
それは必ず手の届くところにあるがこれもまた必ず触れることができないものであり、触れてもそれを認識することはできていないものである、ただ想像することはできるそこは時間を無視することができる点なのである。
私を希釈する、そして同時に濃縮する、一体になることをしない。
重なりたい。




