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089_死は終わりではなく、

 常に全てが終わっているのであり、死が特別なものであるというのは勘違いであり、ある種の諦めでもある。


 情報は循環しているのであるけれども、必ず途切れてるものであり、むしろ途切れ途切れであるからこそ、伝わるものである、伝わっていないじゃないかという指摘もまた正しい、完全に伝わらないからこそ、そこが重要になる、価値が出てくる。


 常に無くなっているのである、常に消えているのである、それはいつどこでもだれが何度でも行われていることであり、普通のことであるが故に、観測が難しい、観測した瞬間は揃っているのである、その合間合間で消えているのであり、そしてその前後を比較すると確実に違っているのに、消える瞬間が捉えられない、空隙である。


 死を悲しむ必要がないとか悼む必要がないとか蔑ろにすれば良いとか意味がないとか肯定的に捉えるべきであるとか、そのような話ではなく、むしろそれに対しての感情やら評価やらはどうにかしても決めれるものではなく、自由になるものではなく、そうであるならば、その感覚は否定されるものではないということである。


 情報は自由にならないのである、感情も自我も記憶も意識も、それそのものが制御できる、コントロールできるものではなく、止められないものであるのであるからして、できることは諦めることでしかなく、そしてその諦めるという行為もまた自由にできない部類のものである、どこに自由があるのかというならば、どこにもないのである。


 自由だと思うところにあるとも言える、それが自由に、制御できる、コントロールできているという思い、その思考そのものを止めることはできないのであり、常にそのような錯覚が生まれ続けているからこそ、行動することができるのであり、実際にはそれは思考を停止しているように見せかけているに過ぎない。


 誰に対して騙しているのかというならば、全てであり、これは自身も含まれるが、他者と自身はとどのつまり分けて考えることができない、本質的には同じものであるのであるから、誰かを騙している、何かを騙しているというならば、これはもう自分を騙していることに、代わりないのである。


 感情に支配されているように見えることが、それが、良いも悪いもないのである、評価は時と場合と環境と状況と、そこに至る歴史によって変化するものであり、さらにはそれはコントロールできるようなものもないのであるから、ただ、それだけの話なのである。


 そのまま受け取っていけば良いのである、そうしなくても良いのである、何度も言うのであるが、良いも悪いもないのである。


 どうしようもないものであると言う一点はどうにも変わらないのであるから。

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