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19/38

19 月下


「リエル先輩は、寝袋を使わないのですか?」


 焚き火の前で毛布に包まっていると、クレアが不思議そうな顔をして話しかけてきた。


「ああ、俺は慣れているからな」


 そう言ってフードを被り、焚き火をゆっくりと小さくしていく。辺りが暗くなっていく。


「三人は洞穴でゆっくり休んでくれ。見張りなら、俺一人で十分だから」


 ミサとクレアの怪我はポーションで治ったが、精神的な疲れはそう簡単に消えない。


 ルゥナも野営には慣れていない様子だった。


 ずっとソロで活動していたらしいので、数日かかるような依頼は受けたことがないのだろう。パーティーでなければ、見張りを交代できないのだから、何日も眠ることができない。


「……そういうこと。わかった」


 意味ありげなルゥナの声を聞きながら、焚き火が完全に消える前に、自分の荷物の中から小さなランタンを取り出す。


 押し付けるようにミサに渡すと、恐縮しながら受け取ってくれた。


「すみません、リエルさん。お借りします」


「気にしないでいい」


 焚き火を完全に消すと、一気に暗闇に包まれた。


 ミサが、ランタンに灯をつける。淡い光が周囲を照らし出す。


「それじゃあ……お休みなさい、です」


 クレアが申し訳なさそうな声で呟くように言った。


 野営に慣れていることと、一日くらい寝なくても平気だと伝えていたのだが、どうやら心配をかけてしまったようだ。


「本当に大丈夫だよ。じゃあ、また明日な」


 苦笑しながら声をかけ、二人を見送った。



 ……さて、と。


「なんで、ルゥナも残ったんだ?」


「独り占め、ずるい」


 拗ねる子供のように唇を尖らせながら答えてくる。


 俺は〈空間認知〉があったおかげで気づけたが、ルゥナはどうやって気づいたのだろうか。ただの索敵系アーツでは難しそうだが。


 たった二人になると、途端に静けさが増す。風が木々の葉っぱを揺らす音だけが聞こえてくる。


「独り占め、って言ってもだな。確かに一体でも、お互い欲しいところだが、襲ってこなければ放置でもいいと思っている」


「もったいない。せっかくの、チャンスなのに」


 キョトンとした表情でルゥナが呟いた、――その時。



 茂みの向こう側。空間が揺らいだ。



 まるで水面に石を投げ込んだかのように波紋が広がり、そこから一体のシルバーウルフ――アサシン・シルバーウルフが姿を現わす。


 銀色に輝く美しい体毛。ピンっと立った耳。そして、ギラギラと輝く瞳。


 気品すら感じさせるその佇まいは、どこか神秘的だった。


 だが、右脚の大きな火傷のような傷跡と、全身の筋肉が大きく隆起しているその姿には、歴戦の戦士を思わせる迫力がある。


 アサシン・シルバーウルフ。その名の通り、気配遮断系のスキルを持つシルバーウルフの上位種で、暗殺者の異名を持つほど悪賢い性格をしているらしい。


「リエル。私に、任せて」


「初めからそのつもりだよ……」


 アサシン・シルバーウルフが近づいてきたら、気付いていないフリをしながら〈転送〉で倒すつもりだったが、こうなってしまえば、俺にできることはない。


 今日一日で、〈転送〉と〈空間認知〉の現時点の強さと、可能性を知ることができた。


 前衛職に近い戦い方をすれば、もっと活かせるし、攻撃用のポーションも併用できる。


 だが、まだ俺は使いこなせていない。


 今できるのは、不意打ちだけ。


 〈空間認知〉を使いこなせば、攻撃の回避は容易くなるだろうが、今は真っ向から戦うのは、無理だ。


「……やったっ」


 嬉しそうに頰を緩ませ、小さくガッツポーズをするルゥナ。


 金属が擦れる、鋭い音が響き渡る。


 いつの間にか手に持っていた、黒い短剣をクルリと回し、逆手に持ち替える。


 構える姿に一切の隙はない。


「リエルは、そこで見てて」


「ああ」


 ルゥナはそう言い残すと、地面を蹴った。


 一歩目から、トップスピードへ。瞬く間に距離を詰めていく。


『グオォッ……』


 アサシン・シルバーウルフは突然目の前に現れたルゥナの姿に反応して、低く吠えた。


 ルゥナの動きには一切無駄がない。


 流れるような動作で、喉元へと。短剣を滑らせる。



 月光を反射し、宙に描かれるのは、銀の軌跡。



 一瞬遅れて、鮮血が舞う。


 しかし、浅い。致命傷には程遠い。寸前で体を大きく仰け反り、避けたようだ。


 銀の軌跡は途切れない。


 勢いをそのままに。振り抜いた右手を返し、今度は袈裟斬りに。


 身体を回転させ、遠心力を利用しながら、二撃三撃と続けざまに斬りつけるが、全て紙一重で避けられてしまう。


「すごいな……」


 思わず、声が漏れた。


 何度見ても、ルゥナの戦い方は独特だった。


 武器の扱い方はもちろん、体捌きも、重心の移動の仕方も、今まで見たことがないものだ。


 型にはまった動きではない。ただひたすらに、実戦の中で磨かれたもの。


 それは洗練された技術とはまた違うもので、まるで獣が本能的に獲物を倒すための手段を模索しているようだ。


 苦しそうな鳴き声を上げながらも、アサシン・シルバーウルフは大きく後ろに飛び退くと、距離を取るように着地した。


「ふぅー……」


 深呼吸を一つして、ルゥナは集中力を研ぎ澄ます。


 アサシン・シルバーウルフは、先ほどまでの余裕のある表情から一転、警戒するように牙を剥いている。


 飛びかかるような体勢を取りながら、低い声で鳴くと、



 ――消えた。



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