17 お料理
「さて、これで大丈夫でしょうか?」
パチッと爆ぜた音と共に、焚き火の炎が揺らめく。
焚き火の上に吊された鍋からは、湯気が立ち上り、食欲を刺激する匂いが漂っていた。
周囲には、串に刺され焼かれている肉があり、滴り落ちる脂がジュワっと弾ける香ばしい香りが広がっている。
「……すごい。美味しそう」
「はい! リエル先輩とルゥナ先輩のために、腕によりをかけて作りましたからね」
ルゥナが呟いた言葉に、クレアが得意げに胸を張って答えながら鍋のフタを持ち上げる。
ふわりとした白い煙とともに、野菜たっぷりのスープが姿を現した。
「うーん、もう少し煮込んだ方がいいかもです」
木のスプーンで一掬いし、味見をするクレアだったが、少し残念そうな表情を浮かべる。
「姉さん。まだダメなの? もう十分おいしそうだけど」
ミサは待ちきれないのか、瞳を輝かせながら、じっと鍋を見つめていた。
「弟よ。あとちょっとだけ待ちたまえ。リエルさんもルゥナ先輩もいいですか?」
「ああ、問題ないよ」
「ん。私も平気」
クレアの問いかけに答える俺たちに、クレアは満足そうに顔をほころばせながら、再び鍋にフタをした。
「……お料理上手、だね」
「えへへ。ありがとうございます!」
ルゥナの言葉に嬉しそうにはにかみながら、クレアは頬に手を当て、照れくさそうに微笑んだ。
「串肉の方はどうでしょうか」
クレアが今度は肉を焼いている串を手に取り、熱々になったそれを器用にひっくり返す。
「うおぉっ。すごく、すごくおいしそう……」
ミサは目を丸くさせながら、その焼き加減に感心していた。
俺も、肉汁が溢れるほどジューシーに焼けた表面を見て、思わず喉が鳴る。
「ちゃんと中まで火が通っていると思いマス!」
「お〜」
クレアがビシッと敬礼ポーズ。ミサが歓声を上げながら、小さく拍手する。
「リエル先輩、ルゥナ先輩。どうぞ召し上がってください」
クレアが笑顔で差し出した串肉を受け取る。
「ありがとう。いただきます」
俺とルゥナは同時に口の中に放り込んだ。
うまい。
噛み締めると、ジワッと肉汁が溢れ出す。
しっかりとした歯ごたえだが、柔らかく、食べやすい。
味付けはシンプル。塩コショウだけだが、それが逆にいい。
「あちちっ……でも、おいしい」
口元を手で押さえながら、ルゥナは幸せそうに目尻を下げ、舌鼓を打つ。
「ルゥナ先輩がフォレストボアを狩ってきてくださったおかげです!」
フォレストボアは、イノシシ型の魔物だ。好戦的な性格で、人間を見ると襲いかかってくる。
力が強く、突進で木や岩を吹き飛ばすほどの威力を持つ危険な相手で、シルバーウルフと同じく討伐推奨E級。
俺たちが薪を集めている間に、ルゥナが一人で仕留めてきてくれたのだ。
「気にしない。足りなかっただけだから」
干し肉は保存がきく分、割高になってしまう。
お金が足りない俺とルゥナは節約するために、現地調達できる食材はできるだけ使うようにしなければいけない。
だが、人数分の食料を集めるとなると結構大変なものだ。さすが、ルゥナ。
「リエル先輩も、お鍋を用意してくださって助かりました!」
「まぁ、ルゥナと違って、これくらいしかできないけどな」
鍋は、飲み水を作ったり、干し肉と乾燥野菜で簡単なスープを作ったりと便利なので、〈収納〉にいつも入れている。
俺がポーターとして参加する依頼は、荷物が多くなってしまう遠征が多い。
そのため、他にも調味料など、最低限の旅に必要なものは色々と用意している。
「野営の料理としてはとても豪華になりました。わたし一人だったら、こんなに美味しいご飯は作れなかったと思います」
「……それはよかったよ」
俺は苦笑しながら、串肉を口に運ぶ。
「あ、そういえば、リエル先輩とルゥナ先輩って仲良いですよね。もしかして……?」
「んぐっ!?」
危ねえ、喉に詰まるところだった。
興味津々といった様子で、俺たちの顔を見比べてくるクレアに、ルゥナが表情を変えずに答える。
「そう。私たちは同じ」
確かに同じく金欠だが、紛らわしくなるからやめてほしい。
串肉を食べ終えたミサが、楽しそうに口を開く。
「やっぱり、恋人なんですか?」
不思議そうにルゥナは小首をかしげる。こういうのには、疎いのだろう。
「そっか。じゃあ、兄妹、家族ですかね? でも、そんな感じでもないし。うーん……」
考える仕草をするクレアに、ルゥナが淡々と告げる。
「出会ったその日に――、一つになった」
「ん゛ッ!? けほっ、けほ……」
「リエル先輩! 大丈夫ですか?」
クレアが慌てて、盛大にむせた俺の背中をさすってくれた。
嘘だろ。パーティーを組んだことを言いたいんだろ、これ。
思えば、『合法的』とか『足りない』とか言葉足らずなところが、ルゥナにはあった。
「……えっと、それってどういう意味でしょうか」
クレアは困ったような顔で俺たちを見回す。
「言葉通りの意味」
「えっと、つまり……」
クレアとミサは姉弟そろって頬を赤らめると、もじもじし始める。
「リエル先輩とルゥナ先輩は……その、もう大人の関係に……」
「なっていない」
ルゥナの言葉に被せるようにして、俺は声を上げた。
クレアとミサがキョトンとした顔をする。
「同じ人に出会うのは久しぶりだったから、正直、興奮した」
「口下手が過ぎるぞ、お前……」
ルゥナは無言のまま俺の手を握った。火の粉が舞い上がり、夜空へと消えていく。
真っ白になった薪が崩れ落ちる音がした。
ルゥナが焚き火を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「リエル。私たちは、ずっと一緒」
これ以上、何も言うつもりはないようで、ルゥナは口を閉じる。いつの間にか、名前呼びになっていた。
小さく息を吐く。
「……ああ、そうだな」
手を握り返すと、ルゥナの体温が伝わってきた。
それから、クレアとミサの方へ視線を向ける。
二人はなぜか俯いていて、身を縮こませていた。気まずそうな空気が流れる中、クレアがボソッと呟いた。
「……なんか、わたしたちが恥ずかしいですね」
ミサが、無言でクレアを小突いた。
気恥ずかしくなった俺は、話を変えることにする。
「さっき、ルゥナが言っていた、『もっと強いやつ』っていうのは、索敵系アーツにでも引っかかったのか?」
「違う。何も居なかった。だけど――」
ルゥナが、俺の方に顔を向ける。焚き火がルゥナの顔を照らし、横顔に影をつくる。繋がれたルゥナの手がわずかに強張る。
「風が動いていた、から」