16 先輩!
「ねえ。いこうっ」
ルゥナが興奮したように、俺の腕を引っ張りながら、森の奥を指差す。
また魔物を探しに行くつもりなのか。確かにもう少し魔物を狩りたいが……。
「あの、もうすぐ日が落ちてしまいますし、危ないですよ?」
ミサがおずおずと手を上げ、心配そうに声をかけてくる。
そうなのだ。夜の森は危険だ。夜行性が多い魔物は昼間よりも活発になる。
視界が悪くなり、奇襲を受けやすくなる。それに、今はクレアがいるため、万が一の事態にも備えなければならない。
すでに太陽は沈みかけており、周囲はかなり暗くなっていた。
「ああ、もう街に戻った方がいいかもな。残念だけど」
不満そうに唇を尖らせるルゥナ。その腕の中で気絶していたクレアが、ゆっくりと瞼を開ける。
「……ここは」
意識を取り戻したようだ。まだ、状況が分かっていないようでボーっとしている。
「姉さん。大丈夫?」
「う、うん。わたし、シルバーウルフに追われて……」
ミサの言葉にクレアは、不思議そうな顔で辺りを見回す。
「って、どうしてお姫様抱っこされているんですか!?」
ようやく状況を理解したのか、顔を真っ赤にして、嫌そうに身をよじる。
ルゥナはむすっとした表情でクレアを下ろした。
「……私、助けたのに」
「それは感謝していますけれど! 抱っこする必要あったんですか!?」
「それには、海よりも深い理由がある」
神妙な面持ちで答えるルゥナに、クレアが確信を得たような声を上げた。
「絶対。絶対に、嘘ですよね!」
「ん、そう。足りなかったから」
「何がですかっ!?」
あっけらかんとした様子で、短く答えたルゥナに、クレアが抗議する。
なんだか、さっきまでの緊張感が薄れていた。
「でも、姉さんが無事でよかった。本当に……。怪我はどう?」
クレアは少し照れくさそうにしながら、ミサに小さくお礼を言う。
「ありがとう。見ての通り、大丈夫。ルゥナ先輩のおかげで」
乱れた青髪、土で汚れた頬、どこかで転んだのか、白い膝に擦り傷があるが、目立った外傷はない。
「それは良かった。ああ、これ。ポーションだ」
俺は〈収納〉から一本の小瓶を抜き取り、クレアに手渡す。
「……あ、ありがとうございます。リエル先輩」
どこか遠慮した様子のクレアだったが、すぐに小瓶を受け取り、蓋を外す。そして、中身を飲み干した。
「どうだ?」
「はい。傷が塞がり、だいぶ痛みも引きました。骨が折れていたわけではなかったので」
嬉しそうな表情を浮かべていたが、一変して顔色が悪くなり、ギギギっと音がなりそうなほど、ぎこちなく首を回して、こちらを見る。
「…………あの、これ品質がすごく良いですよね。ものすごく高価なんじゃ……」
頰を引きつらせながら、手をわらわらと動かす。ショートカットの水色髪がプルプルと震える。
「お、お金! 今、持っていないんです!」
「大丈夫だよ。気にするな」
俺も声が震えそうになる。シルバーウルフの魔石を回収できなかったので、今の俺は銅貨三枚と、換金前のホブゴブリンの魔石しか手持ちがない。
恐縮するクレアに、ミサが微笑みながら話しかける。
「姉さん。リエルさんは、そういう方なんだ。困っている人がいたら、放って置けない。損得勘定なしで、誰かを助けようとする。そんな素敵な男性なんだ」
それは、どこのリエルさんの話だろうか?
俺にはそんな聖人君子のような真似はできないのだが。ミサにとって俺はなんなのか気になるところ。
「そっか。じゃあ、甘えようかな」
クレアは納得したようにコクリとうなずくと、俺に屈託のない笑顔を向ける。
「ありがとうございます! リエル先輩?」
……まあ、いいか。これくらい、すぐに稼げる。
「すっかり暗くなってしまいましたね。ルゥナ先輩、リエル先輩。どうします?」
「そうだな。今から街に戻るのも、な。……野宿するか」
もちろん街の中とは違い、森の中はヴァンプバットだけでなく、他の魔物が出る可能性がある。
だが、交代で見張りをすれば、安全に寝られるだろう。むしろ、闇の中を歩いて街に戻る方がリスクが高い。
〈空間認知〉を使えば、索敵することができるが、平均以下の魔力しか持たない俺では、街に戻る前に魔力が切れる。
「ん。そうしよう、リエル少年。全員守れるか、保証できない」
もし、索敵しながら進んだとしても、暗闇の中だと、すぐには対応できないかもしれない。いくらルゥナでも、全員を守りきるのは難しいようだ。
「そうですね……。森の中で一夜を過ごすのは危険な気がしますけど」
ミサは小さく頷き、続けて口を開いた。
「すぐ近くの野営に適した場所を知っています。そこに行きましょう」
◇
ミサの案内で来た場所は、木が生茂る奥の方にある小さな洞穴だった。
どうやら天然のものらしく、入り口にはツタが絡まり、中は狭そうだ。
だが、周囲に背の高い木々や草が生えていないので、見通しがよくなっている。
「ここでしたら、魔物に襲われる心配は少ないと思います」
胸を張って、自信ありげな口調で言うミサ。確かにここなら、安心して休めそうだ。
「普段から野営場所として使われているみたいだしな」
「はい! ほかの冒険者さんから聞きました」
洞穴の入り口付近には焚き火の跡が残っている。それに、この周囲の地面が踏み固められているし、足跡もある。
「それでは、焚き火の準備をしましょうか。お料理なら、わたしもお役に立てるかもしれません」
クレアは、自分の胸の前で両手を合わせ、可愛らしく微笑む。
「薪になりそうな枝を探しましょう」




