15 埋め合わせ
横っ飛びして避けながら、弓を構える。
助けを求めるように、ルゥナに視線を送った。ルゥナは、ミサとクレアを両脇に抱えており、ガタガタと震えるミサは顔面蒼白だった。
ミサがルゥナを見る目は、人間に向けるソレではない。
いつの間に。行って戻ってきたのか……。瞬間移動?
ルゥナが俺の視線に気づく。
早く助けてくれ。祈るように見つめ返す。
ルゥナはそっと微笑むと、片目を閉じて可愛らしいウインク。
これは、伝わってないなぁ……。
シルバーウルフは、何度も体を地面に叩きつけられ、ようやく勢いが止まった。
土煙が舞い上がり、視界が悪くなる。
その中から出てきたのは、満身創痍になったシルバーウルフ。それでもまだ戦意は消えておらず、牙をむき出しにして威嚇してくる。
相手は手負いだからといって、油断はできない。魔物は、死に際が一番恐ろしいと言う話は有名だ。
シルバーウルフが、巨大を沈める。
紅い隻眼が目の前。
気づくのに一瞬遅れて――ッ!?
妖しく光る爪が右から、左から。大きく開いた口が襲いかかってくる。咄嗟に、ポーチに手を伸ばした。
「〈転送〉ッ!」
空っぽになったポーション瓶を、シルバーウルフの口に転移させる。
ギリギリで、思いっきり後方へと飛ぶ。
目と鼻の先で、巨大な口が閉じられた。鋭く甲高い音が響き渡る。
夕焼け色に輝くガラスの破片と、血の粒が宙を舞った。
地面に転がりながら着地すると同時に、腰の矢筒から矢を引き抜く。
シルバーウルフは、苦しそうに身をよじりながらも、再び俺に向かって走り出してきた。
口からドロドロと血を流し、それでもなお止まらない。その瞳は怒りに染まっている。
冷や汗が頰を流れる。
今のは避けなければ確実に死んでいた。運が良かっただけ。
心臓が大きく跳ねる。
このシルバーウルフ……強い。今まで出会った魔物の中で間違いなくトップクラスだ。
こんなやつと、ルゥナは一人で戦っていたのか。
シルバーウルフが吠える。空気が震える。
身体中から血を流していても、その気迫は全く衰えていなかった。
「……悪いけど」
俺は、静かに息を整えてから、矢を放つ。
「――〈転送〉」
矢が白銀に閃く。
シルバーウルフの眉間に突き刺さった。
光る瞳孔が、ゆっくりと細められていって……。
シルバーウルフは、断末魔のような叫び声を上げて、ゆっくりと倒れ込んだ。もう動かない。
手についた砂埃を払う。
「ふぅー……」
安堵のため息が漏れる。強敵だった。本当に危なかった。
シルバーウルフは満身創痍だったが、一撃でも当たれば危なかっただろう。それだけの力強さやエネルギーを秘めていた。
魔力の消費は少ない。
あの距離だと、連続して使えそうだ。だが、やっぱり近すぎる。生きた心地がしなかった……。
咄嗟の行動ではあったが、空になったポーションを使った攻撃手段も十分な脅威。
純粋に物理的なダメージも大きく、毒のポーションを使えば、より効果的だろう。
「……ありがとうございます! 助かりました!」
ミサの声が聞こえてきたので振り返ると、目を輝かせるミサと、眠っているクレアがいた。
「ルゥナさんも、ありがとうございます。だけど」
ミサは、死んだ目でルゥナを見上げる。
「離してください……」
「ん、わかった」
ルゥナは、あっさりとミサを離す。クレアはお姫様だっこに戻った。
自分とあまり変わらない背丈のクレアを、軽々と持ち上げているルゥナを見て、改めてC級冒険者の力を思い知る。
「ルゥナ。なんでシルバーウルフをこっちに……? あと、ミサを抱えていったのは」
「二人の安全を確保するのと、埋め合わせ」
「埋め合わせってなんのことだ?」
まさか、俺からルゥナへの埋め合わせとか。
『おめぇ、全然働いてねぇから、埋め合わせしろや』みたいな……?
ルゥナは申し訳なさそうに目を伏せながら、口を開く。
「ミサを追っていたシルバーウルフ。ほとんど私が、倒したから。リエル少年、満足できない」
ああ、それでか。
俺がほとんどシルバーウルフを倒していないから、換金できる魔石が少ないことを気にしてくれたのか。
「それなら、ルゥナも同じだろ。このままだったら、足りないってのは」
ミサを助けた後、魔石を回収する暇もなく、クレアを助けるために全力で走ったのだ。
俺が回収できたのは、ホブゴブリンの魔石が一個だけ。使った矢とポーションを考えれば、全く釣り合っていない。
俺の言葉に、ルゥナは恥ずかしそうに白い頰を赤く染めながら、モジモジしている。
「……バレた。いっぱい倒したけど、まだまだ足りなくて……」
「そうだよな。このままでは帰れない」
せめて、服代は稼ぎたい。シェイラが動きやすいものを選んだせいで、ついつい忘れてしまいそうになるが、ローブの下は女の子が着るワンピースなのだ。
「リエル少年、もっと強いやつ――見つけた、よ」