表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/38

13 C級冒険者


「この辺りで、別れました」


 ミサの声が、不気味なほど静かな森に響く。足を止めた場所は、比較的木々が少なく開けた場所になっていた。


 辺りを見渡しても人の影はなく、シルバーウルフの姿もない。


 だが、シルバーウルフと人間の足跡がたくさん地面に残っている。血の跡もあるようだ。


「これ、姉さんの、です。数がどんどん増えて、前衛なので、かすり傷が……」


 青ざめた表情で、ミサが声を震わせながら、地面の血痕を指さす。


 重傷ほどの出血ではないが、楽観できるほどの怪我でもない。


 急いだ方が良さそうだ。血の臭いのせいで、シルバーウルフから逃げ切るのは、さらに難しくなっているだろう。


「ルゥナの足なら、今から追っても追いつけそうか」


 俺の言葉を聞いて、ルゥナが足跡が向かう先に、鋭い視線を向ける。


「痕跡を辿って、道なりに進んでも、追いつくのは難しい」


 ルゥナが出した結論に、ミサは唇を噛み、悲痛な面持ちのまま、うつむいてしまう。


「でも、姉さんを見捨てることなんて……ッ」


「なぁ、ミサ。お前のお姉さんが逃げて行った先。そのままずっと進んだら、――何がある?」


 シルバーウルフほどの巨体になれば、木が密集したこの辺り森の中では、思うように動けず、連携が取りづらい。


 話を聞く限りでは、ミサを追う時もシルバーウルフは右、左、後ろについていたが、左右に揺さぶりをかけるように動いたり、川辺に誘導したり、といった複雑な動きはなかったらしい。


 ミサとお姉さんが分断されたのも、比較的開けた場所。


 シルバーウルフたちは、川と山に挟まれた、この森をずっと進んでいるはず。


 俺の問いに、ミサは戸惑った様子だったが、やがて口を開いた。


「えっと……その先は、崖になっていますけど……」


 楽観的すぎたか、これ。俺が思っているより、ずっと状況は悪かったみたいだ。


「リエル少年、急ごうッ」


 ルゥナが珍しく焦燥感に駆られた声で言い、ミサに向き直る。


「私たちが助けに行く。だから安心して待っていてほしい」


「ま、まさか、崖に!?」


 ミサが息を呑む。


「最悪、間に合わないかもしれない」


 淡々とした口調で答えるルゥナだが、ミサを見る目には心配の色が滲んでいた。


「……僕にも行かせてください。役に立ってみせます」


 泣きそうな顔で、しかし、強い意志を感じさせるしっかりとした眼差しで、ミサは力強く宣言をする。


 ルゥナは優しく微笑んだ。


「分かった。一緒に行こう」


「はい!」




 ◇




 シルバーウルフは、特に足が速いというわけではない。


 だから、F級冒険者であれば、ある程度肉体が強化されているので、スピードに大差はない。


 持久力と連携力。それがシルバーウルフの強み。


 魔導士の小さい少年は体力的に、あれ以上逃げ続けるのは難しかっただろうけど、小さい少年のお姉さんは槍使い。体力がある前衛職であれば、まだ希望はあるはず。


 スピードを上げようと、強く踏み込む。――手応えがない。


 足元が崩れ、石が転げ落ちる。


 バランスを崩しそうになるも、すぐに立て直して、また加速する。


 小さい少年によると、この山道が崖への近道らしい。足が一番速い私が、先行して小さい少年のお姉さんを守りながら、時間を稼ぐことになっていた。


「早く、しないと……ッ」


 もう日が暮れようとしている。夜になると、シルバーウルフの独壇場になってしまう。彼らは夜目が利く。


 右斜め前の大木の裏、ホブゴブリン一体……!


 私より遥かに大きい気配。


 この森にはあまり強い魔物が出ないからと言って、油断はできない。生い茂る木々のせいで薄暗い上に、見通しも悪い。そもそも、私は魔物討伐の依頼を、普段は受けていないのだから。


 身体を沈めて一気に加速。


『グギィッ!?』


 突然現れた私に驚いたホブゴブリンが、手に持った剣を振り下ろした。


 半身で回避。頭上へと、跳躍する。



 ――景色が反転。



 引き抜いた短剣を、喉元へ。最短ルートを走らせる。


 悲鳴はない。一瞬の静寂。


 片手で地面を押し返し、体をひねって着地する。同時に、背後でホブゴブリンが崩れ落ちる音がした。


 振り返らず、そのまま走り出す。


「あともう少し、ここを抜けたら」


 水の音がわずかに聞こえた。木々の隙間から、燃えるような夕日。赤い光が視界を染め上げる。


「〈探査サーチ〉」


 アーツを発動。森全体に、魔力の波が広がっていく感覚。


 地面に残る様々な足跡が、黒い煙となって浮かび上がる。視覚化された風の流れが、私の周囲を駆け抜けていく。


「見つ、けたッ」


 脳内に送られてくる膨大な情報量に、意識が飛びかける。ふらつくも、なんとか堪えて再び走り出す。


 ――時間がなさそうだ。


 シルバーウルフの集団に囲まれながら、小さい少年のお姉さんが走る先は崖。行き止まり。追いつかれる。


 向こうに飛び下りよう。


 恐怖はなかった、高さはあるけど、C級ほどの肉体強度があれば、死なない。


 地面を大きく踏み込む。土埃が舞い、草木が揺れ動く。


 爆発的な推進力で飛び出した。


 前方の一際大きい木を、根元から蹴り飛ばし、そのまま宙へと舞う。


 視界が大きく開けた。


 そこに広がるのは、真っ赤に染まった大きな川。その先は切り離されたように何もない。崖からは巨大な滝が流れ落ちている。


 浮遊感と共に、強烈な風を感じる。


 何度も体をひねり、体勢を整えて、私は必死に目を凝らす。


 遥か下方。シルバーウルフの群れがいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ