11 敗走
「息が、苦しいッ」
歯を食い縛っても、足を動かすたびに激痛が走る。どれだけの時間、走り続けているのだろうか。
背後から迫り来る、複数の殺気に怯えながら、必死に前へ前へと身体を押し出す。
「ハァ……、ハッ……、うぅ……」
肺が悲鳴を上げ、酸素を求めて呼吸を繰り返す。
それでも、止まることはできない。
後ろからは、獲物を狩ろうとするシルバーウルフの荒々しい吐息が聞こえてくる。
油断も慢心も、なかったはずだ。
いつものように、しっかりと準備を整えて挑んだ。シルバーウルフの目撃情報から、場所も絞った。
まだF級だが、昨日シルバーウルフを単独で倒せたし、今回はソロじゃない。
それは、ただ単純に、
――――数が多過ぎた。
アーツで索敵した時より数が増えている。あれが全てではなかったらしい。
右も左も、木々から覗くシルバーウルフの数に身震いがする。
『シルバーウルフ』という魔物には、群れで狩りをする習性がある。
単体の強さは、それほどではないが、厄介なのはその連携力の高さだ。各個撃破を狙っているのか、あっという間に分断され、一人になってしまった。
一対一ならば、決して負けることはないが、数の暴力の前に、徐々に体力を奪われていく。
それでも、なんとかしなければ。ここで止まれば、死ぬだけだ。
大きく地面から盛り出た、木の根を跳び越え、弓に矢をつがえる。元は売れ残りだったこの弓も、今では立派な相棒になった。
魔力切れでアーツは使えないが、まだ戦える。
『――グルルルッ』
前方の暗闇から、低く喉を鳴らす音が聞こえる。
まずい、囲まれた……ッ!
「ぁ……」
視界が真っ黒に染まる。シルバーウルフが頭上に飛びかかってきたことに気づくのに一瞬遅れる。
ズラリと並んだ鋭い牙、生臭いヨダレが糸を引く。
瞳孔が縦に割れた、大きな両目が見開かれる。
――咄嵯に放った矢は、シルバーウルフの顔の横を掠めていった。
横一線に赤黒い線が引かれ、鮮血が吹き出る。わずかに逸れたその巨体を、地面に転がるようにして避けた。
しかし、体勢が崩れてしまったせいか、右足に痛みが走る。
「あ゛ぐっ……」
シルバーウルフは地面に着地すると、すぐさま飛び退いて距離を取った。
再び、走り出す。
痛む右足のせいで、明らかに遅くなったが、シルバーウルフは飛びかかってこない。
どうやら、反撃したことで、警戒してもらえたようだ。
震える手で、最後のポーションを取り出し、一気に飲み干す。乱れた思考を整える。
こちらの様子を窺うシルバーウルフ。
無尽蔵な体力を持つシルバーウルフは、手負いの獲物が力尽きて倒れるまで、ジッと待つことに決めたのだろう。有名な、いつも通りの狩りの仕方だ。
ドロドロとした殺気が、右から、左から、後ろから。
あらゆる方向から浴びせられる。
呼吸が浅くなり、心臓が激しく脈打つ。恐怖が全身を支配し、指先が冷え切る。
このままではいずれ追いつかれる。
「ぐっ……!」
ついに、足をもつれさせて転んでしまう。痛みを堪えながら立ち上がり、少しでも距離を稼ぐために走ろうとした瞬間、 背中に強い衝撃を受ける。
「がはッ!?」
そのまま地面に何度も叩きつけられながら転がり、木にぶつかって止まる。
息ができない。肺を潰されたような圧迫感に襲われ、意識が飛びそうになる。
「あぁ……」
逃げられないと悟ると、諦めたように力が抜けた。一匹のシルバーウルフがゆっくりと近づいてくる。
綺麗な白銀色の横顔が鮮血に染まっている。コイツは放った矢が掠めた個体。
どのシルバーウルフよりも、一際、強い殺気。
「……助けて、ください」
掠れた声で呟いた言葉は、誰に届くこともなく消えて……
「〈転送〉」
目の前まで迫っていたシルバーウルフが、突然ゆらりと揺れ、支えを失ったように、ドサリと倒れた。
「あ、れぇ……」
首筋には矢が突き刺さっている。
シルバーウルフが、死んだ……?
「大丈夫か」
恐る恐る顔を上げると、深緑のローブを着た男が、座り込む僕に目線を合わせるために屈んでいた。
僕を安心させるためか、優しく微笑んでいる。
「たす、かったんだ……」
堪えていた涙が、留めなく流れる。
「お、落ち着け。守ってやるから」
ポロポロとこぼれ落ちる涙を、焦った様子の男が拭ってくれる。ちょっとだけ、痛い。
何度も雑に涙を拭われ、しばらくしてから、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。
男は僕の頭を撫でてから、立ち上がって辺りを見渡す。
そして、少し離れた場所で倒れ伏している他のシルバーウルフたちを見て、ため息を吐く。
「さすがだな、ルゥナ……。半分じゃねえけど」
呆れたように呟き、振り返った。
木漏れ日が差し込み、僕と男を照らす。男の黒髪がさらりと揺れた。
「俺はリエル。君の名前は?」
一人称詐欺をやりたかっただけ!




