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10 新しいアーツ


 滑りやすい苔に覆われた岩を、川に沿って、ルゥナが軽やかな足取りで進んでいく。


 転ばないよう気をつけながら、俺はなんとかその後ろ姿を追う。これでも全力なんだけど。


「……ん。リエル少年、遅い」


 ルゥナが振り返り、俺を見る。そして、また前を向いて岩から岩へ跳び移っていく。


 やめて、焦るから。やめて……。


 さり気なく、俺の呼び方が『少年』から『リエル少年』に変わっている。手続きに時間がかかるので正式なものではないが、臨時パーティーを組んだことで、少し仲良くなれたのだろうか。


 俺とルゥナが受けた依頼『シルバーウルフ討伐』。シルバーウルフは街の北側に広がる森林地帯の奥深くに生息している。


 ……本来なら、だが。


 散り散りになった大規模な群れは今、いくつかの小さな集団に別れて行動している。


 そして、新たな縄張りを得るために、活発に行動しているそうだ。


 ゴブリンやスライムが多い、新人向けの狩場にまで広い範囲で出現するため、ギルドも手を焼いている。


「ん……?」


 ルゥナが立ち止まり、振り向いた。


 木々の隙間から差し込む光が眩しいのか、ルゥナは少しだけ目を細めている。


「ホブゴブリン、二体。半分こにしよう、リエル少年」


「分かった」


 は、半分こ……?


 ルゥナの言葉に短く返し、矢筒から一本の矢を取り出す。手持ちが少なく、矢を買い足せなかったので、無駄遣いはできない。


 慎重にいかないと。


 ホブゴブリンはゴブリンよりも体が大きく、力も強い。確実に急所に当てないと、何度でも立ち上がるほど、タフで厄介だ。


「〈空間認知〉」


 小さく呟き、ゆっくりと目を閉じる。


 すると、まぶたの裏に広がる真っ暗な世界の中に、まるで電撃が走るように、白黒モノクロで全てが浮かび上がる。


 前方の木陰に隠れるようにして佇んでいるホブゴブリンの姿形はもちろんのこと、距離感や方向感覚までもが鮮明になる。



 ――弓を引き絞り、放つ。



「〈転送〉」


 続けてアーツを発動。空間に吸い込まれるように、矢が一瞬で消える。


 ホブゴブリンの短い悲鳴。


 〈空間認知〉で確認すると、ホブゴブリンは頭部を貫かれて、そのまま背後の大木へと突き刺さっていた。


「ヤバイな、これ……」


 精度が高すぎる。


 ホブゴブリンは俺の姿をまだ見ていない。ついでに言うなら、俺もホブゴブリンの姿は見えていない。


 それなのに、一方的に先手で攻撃できるのだ。回避する暇もない、必殺の不意打ち。


 俺はルゥナと受ける依頼を決めた後に使った、ギルドに設置された水晶型の魔道具、『鑑定機』の結果を思い返す。




【弓術】


 ◽︎〈空間認知〉



【空間魔法】


 ◽︎〈収納〉


 ◽︎〈転送〉




 俺が持つスキルは二つ。【弓術】と【空間魔法】。


 ポーターとして他のパーティーに参加することが多いため、よく使う【空間魔法】のアーツが二つ、逆に全く使わない【弓術】は未だにゼロ……だった。


 〈空間認知〉。


 敵の位置や地形を正確に探ることができるアーツ。


 同じく【弓術】の代表的なアーツの一つ、〈鷲の眼(イーグル・アイ)〉と同じように、発動していない時でも効果があるようだ。


 その効果が、立体的に、距離感を掴みやすくなる補正。


 このアーツのおかげで、俺は遠距離からでも敵を認識できるし、不意討ちで一撃で倒せるようになった。


 シルバーウルフに襲われた時に偶然倒せたのも、このアーツのおかげである。


「……お見事」


 いつの間にか、隣に現れたルゥナが、短剣に付いた血を振り払いながら微笑む。


 気配を消すのやめてほしい。めっちゃ怖いから。あと、俺はほとんど動いていないのだが、行って戻ってきたのだろうか。瞬間移動?


「あれ、防げない。硬い魔物、すごく強い魔物には通じにくいかもしれないけど、ほとんどの魔物と人には有効」


 無表情は変わらないが、やや興奮気味に話すルゥナ。


「そうかもな。でも、この距離だと消費魔力が結構多い。もっと近づかないとな」


 昨日、ゴブリンと戦った時よりも距離は近かったが、それでも使えるのは三回ほどだろうか。


 これ以上近くとなると、近接武器とあまり変わらなくなってくる……。


 まあ、敵の意識外からの攻撃ができるだけでもありがたいんだけど。いや、そもそもシルバーウルフみたいな強敵に効くなら十分だ。


 毒や爆薬を矢に仕込めば、もっと有効な使い方もあるだろう。重くなって有効射程が短くなっても、〈転送〉するのだから問題ない。


「ん。分かるよ。接近戦じゃないと、足りなくなっちゃうの」


 ルゥナも距離によって、消費魔力が変わるアーツを持っているのだろう。コクリと小さく頷いた。


「じゃあ、リエル少年。そろそろ、行こう」


 魔石と矢を回収し、再び川に沿って進んでいく。


 俺たちはギルドを出る前に、シルバーウルフの集団が現れそうな場所に目星をいくつかつけていた。


 集団で行動するのに、都合がいい場所は限られる。森の中でも開けている川はその内の一つの候補だった。


 川の流れが激しくなり、大きな岩が目立つようになる。急な斜面になっている場所も多い。足場が悪い上に、大きく枝を広げる木々のせいで視界も悪い。


「気をつけて、リエル少年」


「ああ」


 ルゥナが先行し、その後を追うようにして進む。足元に注意しながら、周囲を警戒する。


 川の音で声が聞き取りづらいため、自然とお互いの距離を詰める。


 ルゥナは相変わらず、危なげなく進んでいる。さすがに、もうコツは掴んだようで、俺も離れないようについていけるようになってきた。



「ッ……、見つけた」



 ルゥナは素早く身を屈め、木陰に身を潜める。


 鋭い視線が向くのは、川辺ではなく、森の方向。無数にある木々の向こう側。


 暗い中、木漏れ日を反射して、白銀に輝く毛並みが一瞬だけ見えた。


「〈空間認知〉」


 密集するように生い茂る木々と、数十体のシルバーウルフが浮かび上がる。


 数は想定よりずいぶんと多い。中堅クラスの個体が率いているのだろうか。


「半分こ、だよ?」


 ルゥナが小さく囁き、俺を見上げる。


 半分こって言い方、怖いからやめて欲しいんだけど……。



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