16 ワンダーランド
ほっておくと線路をしく段取りを始めそうなので、落ち着いてもらおうと、彼女の肩に軽く手をやった。
「すごいなあ。本当に動くんですね」
ここ数年ほどは火を入れてはいないそうだが、そろそろ釜を焚く頃かなとは思っていたそうだ。線路は百メートルほどを出してきてそれで往復していたらしい。ちなみに線路は昔のものがたっぷりと近くの倉庫にあるらしい。だいだい百メートルぐらいってどうやって線路をと思ったが、聞くのが少し怖くなってきたので、それはあとにしよう。
「これが走っていた頃は本当にすごかったのよ、いっぱいお客さんを乗せて街から街へ走っていたのよ」
見てきたように興奮気味に彼女は語るのだ。
「貴女まだ生まれていなかったのでは」
「まあ失礼ね、当たり前でしょう。私をいくつだと思っているのかしら」いやまだお年は伺っておりませんが。
「フィルムがあるのよ、いっぱいね。あとでお見せしましょうか」どうせ8ミリじゃないだろうな16ミリかまさかの35ミリか。
私は頭のなかにこの国の地図を広げてみた。この街は首都からはかなり遠い、ここは辺境といっても良い位置関係にある。しかし私は買い付け旅行のルートにこの街を入れている。つまり他の国からの道は近くを通っている。近頃では結構有名になった古城を抱える観光地もあった。そこからなら30km程度でここまでこれた。車なら小一時間もかからない、機関車ならどうだろう。
「信号待ちがないなら四五十分かしら。森や湖をよけなければならないから直線には走れないわね」
ロシアのツアーリじゃないんだからそれでいいんです。そうだわざわざここまで寄り道してきたのは商売ばかりが理由じゃなかった。気持ちのよいドライブコースだったんだこの道は。あの道筋を列車の窓から眺めながら旅をするなんて最高じゃないか。
「でも行き着く先はここぐらいよ、この先は山しかないしその先はお隣の国だわ」
「ここでいいんです。この街に来てもらうんですよ。絵本に出てくるような機関車がメルヘンのような景色の中を走って」
「まああなた意外と詩人なのね、それでどうするの、あなたもさっき見たでしょう、なんにもないわよ」
「あるじゃないですか。タイムカプセルに入った中世の街が、木と石で作られた立派な家々、馬車が似合う石畳の道、そしてそれらを守る石造りの壁。大きな建物がなくて外からは見えない、いいじゃないですか塀を越えた向こうには夢のようなところが待っている、リアルワンダーランドが」
別に古城や大きな教会建築ばかりが観光資産ではない、と思う。古い(良く整備された)町並みや広場や素朴なバザールでも人々は足を停める。ましてここには機関車と街を囲む城壁がある。機関車というタイムマシンで過去への旅が楽しめるのだ。立派なアトラクションじゃないか。
私は結構熱くなって語った。
「ふーんなるほどね、そういう考え方もあるわね」彼女は結構冷静だった。
「少しドライブしましょ」
そう言って彼女は車に向かい助手席に座った。
(買付時の注意)
英国はもちろんのこと、各地の観光地には古い町並みに似せたモール的なショッピング街がよくあります。入れ物が古いと中身も古いよ、とばかりに骨董品の店も必ずあります。本来よりも何割かよく見えて何割かお高くなっていることもありますね。でも旅先で出会ったものは買い逃すと後で必ず後悔します。観光客を相手にしている店ってこちらがプロとわかっていてもあんまりまけてくれないんですよね。




