15 動くんですね
日本で私が見たことのある機関車はみんなもっと大きかった。デコイチとかね。これはもっと小さくてシンプルだった。なんというか手の内に収まるとでも言えばよいのか。車輪だってトラックの物と大差ない大きさに見える。そういえばスリランカで見た山岳鉄道がこんなサイズだったような気がする。彼女に尋ねるとはたして英国製とのことだった。しかし異様なまでに保存状態が良い。いくら屋内に置かれているとはいえ数十年も放置されているとは思えない。
「そりゃあ時々手入れぐらいしてますもの」
「手入れって、こんなものを誰がしているんですか」
「私よ」
こともなげにダイアナは言った。
「え?」どうやって。
「こうやってね」
彼女は突然歌うように何事かを口ずさみだした。私の知らない言葉で。
風が吹いた。ような気がした。
一瞬機関車が光に包まれた。
「先月したところだから、あんまり変わらないわね。半年に一回ぐらいで十分なのよ」
私は言葉もなかった。彼女も魔法使いなのだ。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あなたがかけられた魔法よりずっと簡単なのよ、これは」
クリーンの魔法というらしい。英語で言うとなんか間抜けな感じがする。もうちょっと格調のある表現はないのか。あっても一緒なんだが。
彼女いわく、生活に使う魔法というのは結構一般的なのだそうだ。ハゲを改善するやつとかね。屋敷にあった車(今乗ってきているモーリスも含めて)、たくさんあった時計、家具やらはだいたいこれで手入れをしているらしい。もちろん誰でもが出来るわけでもなくて、ちなみにリチャードは苦手らしいが、一番上手いのはダイアナなのでもっぱらお掃除は彼女の仕事らしい。あの広い屋敷をきれいにしているのはメイドさん達ではなかったのだ。そう言われればなんか納得だなあ。二三人であの広さはちょっと普通はむりだろうなあ。
ふと気づいたが彼女の鼻の穴が少しふくらんでいるような気がする。これは自慢しているのか?ひょっとして。
「素晴らしいですね。大変な能力だ」
とりあえず褒めておこう。女性を気持ちよくさせるには、褒めるべきときによく褒める。これにかぎるのだ。
やはりこの機関車もこの施設も彼女達の一族のものだった。百年以上前に、この地方に鉄道路線を開き、発展と衰退のあとがこれなのだ。そして彼女は下っていく一方のこの街を、一族の責任者としてなんとかしようともがいているのだ。すごいなあ。感動してしまいそうだ。でもこれが時代の流れというものなのだ。おそらくこのあたり一帯には、新しいものを生み出していく余力はもうないのだろうな。私の好みのものはたくさんありそうなのだが。今のままでも。今のまま…。
「あ…ひょっとしてだけど、この機関車は動くんでしょうか」
なにを聞いているのかしら、といぶかしげに彼女は首を傾げる。
「いや、もしもこれに燃料を入れればエンジンがかかって動くのかな」
「なにを馬鹿なこと言っているのかしら」
「ですよね、さすがに動くわけはないか」
モーリスみたいにしょっちゅう使っていたならともかくなあ。
「そうじゃなくて、これは蒸気機関車なのよ、自動車と違って、ガソリンでは動かないの」
「へ、だったら」
「これはね、石炭とお水で動かすものなのよ、あなた」
「はあ、それは知っていますけど」
「なに、動かしてみたいの。もうこれだから男の子は困るのよ。おもちゃじゃないんだから」
「そうですよね、動くわけはないか」
「何言ってるのよ、動くに決まっているじゃないの。私がお手入れしているって言っているでしょ。ただね、これは動かすのにちょっと準備がいるの、だいたい走らせる場所だっているでしょ、線路も用意しないといけないのよ」
動くんでしょうか、これ。




