第四十三話 たった一人だけの――
アルフレート、私との契約を破棄するつもりはないって!
「嬉しい、ありがとう、アルフレート」
契約を続行してくれるなんて、本当に嬉しい。
でも、私はそこまで望んでもらえる存在だろうか?
今日だって、肝心な時には役に立たなかった。
「エルフリーデ」
「!」
突然名前を呼ばれて、びっくりしてしまう。
何を考えていたと聞かれて、思わず言葉に詰まってしまった。
「ごめん。なんでもない」
アルフレートが望む限り、傍にいよう。
今はそうとしか、答えることはできない。
「何か、不都合があったのか?」
「なんもないよ。大丈夫」
これからもよろしくと言って、このお話は終わりにする。
◇◇◇
その後、泥のように眠ってしまった。
なんだか倦怠感もあったし、まだ眠たいような気もするし。
理由は謎。突然の魔力切れについても。
「やはり、首輪が怪しい」
「だよねえ~」
「一刻も早く帰って、ミノル族に相談をしなくては」
「そうだね」
アルフレート、頼りになるな~と思いながら話を聞いていたら、他人事のように返事をするなと怒られてしまった。
せっかくの旅行だったけれど、結局ねむねむムニャムニャと過ごしてしまった。
その間、アルフレートが買ってきてくれた食事が美味しくて、美味しくて。
お菓子とかも用意してくれて、いたれりつくせりと言いますか。
狸獣人のご夫婦に日常会話を習い、お買い物に行ったらしい。
なんというか、何から何までご迷惑をおかけしまして申し訳がないの一言。
本人は気にするなと言っていたけれど。
あとは帰るだけとなり、荷物の整理をしていたら、アルフレートが何かを差しだしてくる。
「何かな?」
手のひらに置かれていたのは――薔薇細工の指輪。水晶より作られたそれは、無垢な美しさがある。
アルフレートが持っていたからか、透明な水晶は美しい青に染まっていた。
「えっと、こちらは?」
「魔除けだ」
魔除けまで用意してくれるなんて。感動した。
でも、この指輪、とっても高そうだ。
本当にもらってもいいのかと聞けば、気にするなと言ってくれる。
「勘違いをするな。お前が倒れたりして、苦労をするのは私だから、買っただけだ」
「うん、ありがとう!」
いつものツンツンを軽く受け流し、さっそく指にはめてみる。
サイズもぴったりだ。
「薔薇の花、素敵だな~。見て、アルフレートの魔力の色に染まっていて、とっても綺麗」
時間が経てば私の魔力の色に染まってしまうだろうけれど。
もう一度、お礼を言って荷造りを再開。
準備が完了して、宿の受付で支払いをしようと思っていれば――立派な角を持つ、羊獣人が私達の顔を見るや否や、近づいて来る。
『どうもはじめまして。わたくし、ここの村の長であるメルメと申します』
「ご丁寧に、どうも」
なんでも、大蜥蜴討伐のお礼を言いに来てくれたらしい。
村長さんは礼服と帽子を被った、紳士な装いの羊獣人である。
宿の客間のような場所に案内され、しばし話をする。
アルフレートが鼠妖精の領主であることを伝えれば、驚いていた。
ここはかの国から遠い場所にあるみたいだけれど、鼠妖精の作る陶器は有名らしい。
機会があれば、交流したいと言っていた。
アルフレートの、喜んでという言葉を伝える。
そして、話は本題に移る。
『本当に助かりました。おかげさまで、被害は最小限に抑えることができました』
クリスタロスの周辺の森に、今まで魔物が出現したことすらなかったらしい。
長い間平和な村だったので、騎士団はおらず、警備は傭兵を雇っていた。
そんな事情もあって、突然の襲撃に備えることができなかったのだ。
『お恥ずかしい話ですが……』
村長さんはアルフレートに改めて礼を言い、村の英雄だと評していた。
話の内容をそのまま伝えたが、表情は変わらない。
それどころか、首を横に振って、思いがけないことを言う。
「私は、英雄ではありません」
頭を振り、英雄ではないと否定するアルフレート。
この謙虚な猫耳男子!
そう囃したてようとしたけれど……
「あれは、彼女を守ろうとした結果ですから、英雄と呼ばれるに相応しくないと」
村長さんにアルフレートの言葉をそのまま伝える。
『ああ、左様でございましたか! なるほど。しかし、素晴らしい結果をもたらしたことに変わりありません』
アルフレートは私を守ろうとして、魔法を――
上手くいったからいいけれど、失敗したら大変なことになっていた。
村全体が氷漬けになり、糾弾される様子を想像すれば、ゾッとしてしまう。
早くアルフレートの杖を作って、しっかりと魔法を制御できるようにしなければ。
『まあ、何はともあれ、お礼をと思いましてね』
羊獣人の村長さんは、ずっと膝の上に置いていた布包みを私達へと差し出してくる。
「これは――?」
広げて見てくださいと言うので、包みを解く。
すると、中から出てきたのは――
「わ、水晶!」
手のひら大の水晶が二つ、布に包まれていたのだ。
『わが村にあるとっておきの水晶です。よろしければ、受け取っていただきたいのですが』
すごい! こんな大きな水晶!
杖用としてもちょうどいい大きさだし、店で見た物よりも透明度が高い。
かなり稀少価値のある品だということがわかる。
どうする? と尋ねるようにアルフレートを見れば、頷いていた。
「ありがとうございます!」
「私からも、感謝を」
『いえいえ、とんでもないことでございます。こちらこそ、村を救っていただきまして、ありがとうございました。大蜥蜴がいなくなったので、これから水晶採掘の再開ができます』
紆余曲折があったけれど、結果的に水晶を入手できた。
もふもふもできたし、大満足。
まあ、いろいろと気になることが残る部分もあったけれど。
狸獣人のご夫婦にお礼を言い、宿をでる。
帰りに市場に寄り、お城のみんなにお土産を買うことになった。
使用人達にはクリスタロス名物の水晶飴、ホラーツには水晶の万年筆、ドリスには水晶の胸飾り。メルヴには水晶水(花の蜜入りの水)、炎狼には水晶の粒がついた腕輪を購入。
チュチュには水晶の櫛を買った。これを使えば、毛並みが素晴らしくもふもふになるらしい。櫛を入れたあとの姿を見るのが楽しみ過ぎる。
村からでたら、狸獣人の変化魔法も解けてしまった。
「残念」
「安心した」
アルフレート、猫耳似合っていたのにと呟けば、ジロリと睨まれてしまった。
「ホラーツと並んで猫耳なところを見たかったなあ」
「並べてどうするんだ」
「愛でるだけだから」
でも、その夢も叶わず。
森の中は少しだけひんやりとしていた。
今朝方も、寒かったような気がする。
そんなことを考えていると、隣でアルフレートがくしゃみをした。
「アルフレート、風邪――ん?」
ちらりと、横目でアルフレートを見て、ぎょっとする。
何故かと言えば――
「どうかしたのか?」
「え、いや……」
目が泳いでしまう。
だって、アルフレートの頭から、猫耳が生えていたから。
黙っているわけにもいかないので、教えてあげる。
事実を知らされたアルフレートは、二つ持っているうちの、自分の鞄だけをドサリと落とす。
「な、何故、猫耳が!?」
「なんだろう? 魔法の後遺症?」
「そんなことがあるのか?」
「たまに聞くよね」
「!?」
魔法がくしゃみで発動したという話は、割とよくある話。
くしゃみをする一瞬の間、魔力が乱れるからだとか。
「魔力が落ち着けば、耳も引っ込むと思うけれど」
アルフレートは立ち止まり、瞼を閉じる。
集中して、耳を引っ込めようとしているようだ。
「……」
「……」
それから数分、猫耳は引っ込まない。かなり動揺をしているようだった。
「アルフレート、とりあえず集合場所まで行こうよ」
「いや、このままの姿で帰るわけにはいかない」
「いいじゃん。可愛いし」
「よくないし、可愛くもない!!」
だったらしょうがない。
協力してあげようと、申し出る。
「そんなことが、できるのか?」
「うん、できるよ。前に、アルフレートの暴走する魔力を鎮めたのも私だし」
「そうだったのか。ならば――頼む」
「了解!」
その場にしゃがみこむようにお願いをする。
「じゃ、始めるよ~」
「ああ」
私はすっと、頭を垂れるアルフレートに手を伸ばし――猫耳を思いっきりもふもふした。
「な、お前、これ、絶対違っ――」
「落ち着いて! 心が乱れたら、猫耳も引っ込まないから!」
「……」
もふもふし続けること数分。
アルフレートはなんとか集中し、猫耳はあっさりと引っ込むことになった。
残念。
▼notice▼
猫耳魔法
アルフレートの魔力の揺らいだ時のみ発動する。
もふもふしたら引っ込む。(エルフリーデ談)




