番外編 チュチュの結婚式
ある日、鼠妖精の村にチュチュ宛に一通の手紙が届く。
差出人を見たチュチュは、ぽたぽたと大粒の涙を流した。
『まあ、チュチュ、どうしたの? また、お兄さんに意地悪された?』
心配する義姉チュリンに、チュチュは首を横に振った。
『ち、違うんでちゅ。アルフレート様と、エルフリーデ様が、いらっしゃると』
『まあ!』
アルフレートとエルフリーデの二人は、チュチュだけでなくすべての鼠妖精にとって特別な存在だ。
かつて、領主として鼠妖精の村を領していたアルフレートは、村を覆う雪に頭を悩ませていた。このままではいけない。そう思った彼は、炎の大精霊であるエルフリーデを召喚する。
エルフリーデは大精霊として召喚されたものの、鼠妖精から見たら彼女は精霊ではないことは明らかだった。
しかし、エルフリーデは大精霊に勝るとも劣らない力を持っていた。
それは、鼠妖精の村を救おうとする行動力と、氷の王子と呼ばれていたアルフレートの凍った心を溶かす温かさだった。
アルフレートとエルフリーデは手と手を取り合い、鼠妖精の村の雪を溶かすことに成功した。
平和が訪れた村を、鼠妖精だけで暮らせるようにしたのも、彼らだった。
問題が解決し、政の全てを鼠妖精に託したあと、アルフレートとエルフリーデは王都へ住居を移す。その後、結婚した。
そこでめでたし、めでたしとはならず、さまざまな問題に直面していたようだ。
まず、氷漬けとなった母親の存在。
アルフレートの魔法の暴走で氷漬けになったと思いきや、そうではなかった。
息子を守るため、アルフレートの母は自ら氷漬けとなったのだ。
その問題が解決すると、今度は魔王降臨の噂が流れる。
二人が選んだ道は、想像を絶するものだった。
魔王と戦うため、人から精霊になったのだ。
無事、魔王を倒し、今は世界樹のもとで暮らしているという。
あれから、五年経った。
チュチュは鼠妖精の村の若者と婚約し、来月結婚する。
その結婚式に、来てくれるというのだ。
『お、お父様が、ダメもとで招待状を、お、送っていたようで』
『そう、よかったわね』
チュリンはチュチュの背中を優しく撫でる。
結婚式の日はただでさえ待ち遠しかったが、今まで以上にその想いは募ることとなった。
◇◇◇
鼠妖精の村は、アルフレートとエルフリーデがいなくなってから大きく変わった。
新しい名物となった『アイスクリーム』を求めて、たくさんの観光客が訪れる。
活気に溢れ、豊かな村となっていた。
チュチュの結婚相手は鼠妖精騎士団の槍使いで、三つ年上の青年だ。
エルフリーデの傍付きをしている時に、見初めていたらしい。
とても優しく、穏やかな青年である。
雪の大精霊も祝いに駆け付け、保冷庫用の『永遠に溶けない雪』を贈ってくれた。
主婦には大助かりである。
チュチュは周囲の人達に祝福され、幸せだった。
そして──結婚式の当日となる。
婚礼衣装は母と義姉の三人で作った、とっておきのものだ。
『チュチュ、綺麗よ』
『本当に』
家族は口々に褒めてくれた。なんだか、照れ臭くなる。
まだ、アルフレートとエルフリーデは来ていないようだった。
披露宴までには来てくれるだろう。そう思っていたら、懐かしい明るい声が聞こえた。
「わ~~、チュチュ! 久しぶり!」
『エルフリーデ様!!』
チュチュはエルフリーデの姿を発見するなり、駆けだした。
エルフリーデはしゃがみ込み、チュチュを抱き止めてくれる。
「チュチュ!」
『エルフリーデ様!』
嬉しくって、ポロポロと涙が零れてしまう。
精霊になったので、遠い存在のように思っていた。
しかし、エルフリーデは何も変わっていなかった。
「チュチュ、結婚おめでとう」
「おめでとう」
顔をあげると、アルフレートもいた。
チュチュは涙で視界がぼやけてしまう。
『ありがとうございます! お祝いにかけつけてくださるなんて、私、幸せです!』
最高の結婚式になるだろう。
チュチュはそう確信していた。
◇◇◇
結婚式を終え、旧領主館の庭で披露宴を行う。
アイスクリーム屋が出張し、『結婚式限定、メルヴ味』が配られていた。
雪の大精霊は『やっぱり、メルヴ味が一番おいしいわ』とコメントしていた。
エルフリーデは、世界樹の花で作った花冠を贈ってくれる。
『とっても、綺麗でちゅ』
「きっとチュチュに似合うと思うよ」
そう言って、頭に乗せてくれた。
「ああ、震えるほど可愛い……!」
『あ、ありがとうございまちゅ』
ちなみに、花冠を考えたのはエルフリーデで、実際に作ったのはアルフレートらしい。
「精霊になっても、不器用なままなんだよね」
「それは、精霊になったからといってどうにかなるものではないだろう」
久々に、アルフレートとエルフリーデのやりとりを聞いたチュチュは微笑みを浮かべる。
このようにして、披露宴は大変盛り上がる。
チュチュは、自分が世界一幸せな花嫁だと思った。