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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第九章 危機
64/82

亀裂

仕事の関係で更新が滞っておりますがご容赦下さい。

年度末までこの状況が続きます。


本話で第九章は終了し、次章が最終章となります。

慶長十二年 八月二十八日 駿河国



 徳川家康の葬儀を終えた徳川秀忠は駿府城の一室にて本多正信と話し合っていた。


 先の将軍の葬儀であり十分な時間的余裕を諸侯に与えたにも関わらず、葬儀に参列した者達を目にした際に強い違和感を感じた為である。


 徳川秀忠から本多正信に葬儀に参列した者達をどう思ったかとの問いが為された。


 正信は秀忠の思いを見抜いており、多くの諸侯が様子見か或いは徳川家に降りかかった災厄を利用しようと企んでいる懸念を述べた。


『上様。本来ならば大御所様の葬儀には身罷られた中納言様を除く、全ての諸侯が参列するのが当然で御座います。なれど、上杉家や立花家、伊達家などは藩主が参列しておりませぬ。藩主の代理として参列した立花と伊達の使者は主君が病だと申しておりましたが、詐病かと。まして上杉に至っては多大な恩義がある越前中納言様の葬儀に参列する為に、代理として自身が参列したと直江山城守が申しておりました。我等が恐れていた事が起きつつあるかと存じます』



 将軍が喪主である徳川家康の葬儀に参列せずに、徳川家康に謀殺されたと噂されている結城秀康の葬儀に参列する事は徳川家よりも結城家との関係を強化しようと目論んでいると思われても仕方がない事である。


 結城家との交誼があった豊臣家恩顧の大名達、そして有力な外様大名の内、幾人かは徳川家康の葬儀に参列せず、家中の重臣を代理としてきた。正信はそれを半ば予測していたが、陸奥棚倉藩の立花宗茂が病を理由に葬儀を欠席したと知った時にはさすがの正信も落胆した。


 主君に厚き忠を尽くすと言われている立花宗茂が葬儀を欠席した事は、結城秀康の死去に徳川家が関与しているとの強い疑念を宗茂が抱いていることが理由だと感じたからである。


 多くの諸侯の中でも忠義という面で人一倍信用出来る立花家すら徳川家を見限るようでは、徳川家への信頼は無きに等しいと言わざるを得ない。


 結城家の筆頭重臣であった本多冨正が自身の命と引き換えにして仕掛けた謀略は将軍徳川秀忠と正信を含めた徳川家の重臣を確実に追い詰めていた。



 徳川家は血縁や忠義など顧みぬ非情な家。実子ですら邪魔となれば容赦なく謀殺する。



 本多冨正の謀略によって、多くの諸侯は徳川家が結城秀康を謀殺した疑いを少なからず抱いている事は正信も理解していたが、徳川家康の葬儀ではなく結城秀康の葬儀に参列する諸侯が出た事は正信にとって驚き以外の何物でもなかった。


 多くの諸侯は葬儀の後に何らかの動きを少しずつ見せると考えており、上杉景勝のように面と向かって徳川家よりも結城家を重んじる者が出る事は想定していなかった。


 徳川秀忠は上杉景勝が結城秀康の葬儀に参列した事を知り、徳川将軍家の土台に亀裂が入っている事実が諸侯に知られたと感じていた。


(父上の葬儀ではなく兄上の葬儀に上杉が参列したこと、そして立花が父上の葬儀への参列を事実上拒んだ事は間もなく諸侯に知れ渡るであろう。事態を収拾しようにも正信も忠勝も私と意見を異にしておる。このような状況では如何ともし難い。上杉や立花の行動を非難する者も居るであろう。もう間に合わぬかもしれぬ。兄上と伊豆守の徳川家への憎悪は確実に我等を追い詰めている。下手をすれば諸侯が立て続けに叛旗を翻す事もあり得る。父上も忠吉も、そして兄上も居らぬ徳川家など恐れるに足らぬと思う者も多かろう。越前に赴いた忠勝から話を聞かねば判断出来ぬが、最悪の事態となる覚悟を決めたほうがよいかもしれぬ。もう打つ手が無きに等しい)



 徳川秀忠の表情を黙って見つめっていた正信は、秀忠の心中を察して己の不甲斐なさを呪っていた。


(もっと早くに某が亡き中納言様の御無念を、亡き伊豆守の怒りを正しく理解しておれば斯様な事にはならなんだ。此度の事態は愚息と某が引き起こしたも同然。こうなった以上は忠勝殿と急ぎ会談の席を設けて今後の事を話し合わねばならん。徳川家内部の紛糾が収拾が付けられぬ事になる前に手を打たねばならぬ。幕府内で越前の御家に対する扱いを変えるなどという馬鹿げた事を申す輩を早急に始末せねばならぬ。そうでなければ徳川の御家は某と忠勝殿が生きておる内に自壊する。もう打つべき手は限られておる。越前の御家が徳川家に助力するなら辛うじて騒ぎを収拾できるかも知れぬが、その可能性は皆無に等しい。我等で事態を収拾する以外に術は無いが、越前の者達の助力が期待出来ぬ以上、出来る事は限られておる)



 この時点では秀忠も正信も忠勝と土屋左馬助の会談を行った事を伝えられていない。


 越前結城家の危機を徳川家が必死になって回避する努力を惜しまねば、家中を落ち着かせた後に結城家が何らかの助力をするとの密約を忠勝が独断で受け入れた事を知らない。


 だが、正信は忠勝が結城秀康の葬儀の席で徳川家が窮地に立たされていること。そしてそれを回避するべく土屋左馬助達と何らかの話し合いの場を設けていると感じていた。


 徳川家を守る方法について忠勝と正信は意見を異にしたが、徳川家を守り抜くという点においては同じ意見を持っている。


 正信は忠勝が単に葬儀に参列して江戸に戻ってくるとは考えていなかった。


(忠勝殿は恐らく土屋殿と今後の事について話し合いの場を設けたであろう。上杉景勝が中納言様の葬儀に参列した事や、中納言様の葬儀に名の知られた諸侯の重臣が参列したのであれば、徳川家の窮地を回避するべく行動しているはずだ。まずは江戸に早急に戻り、上様と某と忠勝殿で今後の打つべき手を協議せねばならん。我等が打つべき手は無きに等しい状況となっておる。難しいとは思うが、悪辣な手を用いてでも幕府内を掌握し、越前の御家の不信感を拭いさらねばならん)



 本多正信は考えを纏めた後に徳川秀忠に声を掛けた。


『上様。大御所様と亡き中納言様の葬儀を終えた以上、速やかに事態の収拾を図るべきで御座います。越前中納言様の葬儀に参列された忠勝殿が土屋殿達と何らかの話し合いをしたと思われます。我らが為すべきは急ぎ江戸に戻り、幕府内で騒動を起こさぬ事に御座います。申すに憚りがありますが、上様の望まれる平穏な解決を阻む輩は某が如何なる手段を用いてでも幕府内から排除致します。某や忠勝殿が他の者から蛇蝎の如く嫌われようとも徳川の御家は守り抜かねばなりませぬ。忠勝殿から越前の状況を確認し、速やかに行動すべきかと存じます』



 正信の言葉に秀忠は頷き忠勝が江戸に戻り次第、会談を行う事を口にした。


『恐らく越前での兄上の葬儀に参列した者を見て、忠勝も我等と同じ危惧を抱いておるはずだ。我等には時間も余裕も無い。如何なる手段を以ても、この状況を打開せねば徳川家は自滅する。おそらく忠勝は越前の家中の者と何らかの話をしたはずだ。目の前で起きた事がどれほど徳川家に危険な事かを忠勝が理解せず、何も考えずに江戸に戻るとは思えぬ。まずは忠勝から越前の様子を聞き、急いで対処せねばならん。正信が先日申したように泥酔したものを放置して家に戻らねばならぬようになったようだな。心苦しいが徳川家を守る為ならば是非も無い。何と言われようともこの状況を打破せねばならん』



 徳川秀忠の発言を聞いた正信は、同士討ち紛いの事をしてでも徳川家を守りぬく決意を秀忠が固めた事を理解した。


 そして、秀忠や正信の意見に同意しない幕府の重臣を失脚させる姦計をも用いねばならない状況となった事、それに徳川秀忠を巻き込む事になった事に後悔の念を抱きながらも本多忠勝との会談で今後の徳川家が進むべき道を見出す事を考えていた。


(忠勝殿との会談で越前の御家の状況や亡き中納言様の葬儀に参列した諸侯の思惑をある程度は推測できるはず。後は某と忠勝殿が幕府内で一時的ではあるが邪魔な者を失脚させ家中での主導権を握り、上様の御意見に反対する者を徹底的に排除せねばならん。問題は家中を掌握した後だ。どうすれば徳川の御家を守れるのか妙策が思い浮かばぬ。忠勝殿の話から何か良い手を思いつく事を期待するしかない……)



 徳川家康の葬儀を終えた今となっては、徳川家を分裂させず且つ結城家と敵対する事を回避する事を重視しなければならない。


 だが、結城家の重臣である土屋左馬助と結城秀康の側近であった吉田好寛と関根織部は徳川家康が主君を謀殺しようとした事を知っている。


 正信から見た三名は亡き結城秀康と結城家に厚い忠義を持っている。


 主君の仇討の為に、亡き本多冨正と同様に捨て身で徳川家に攻撃を仕掛けられたら確実に徳川家は内部から自滅する。だが、主君を謀殺された者を説得出来るかと問われれば答えは否である。


 正信はもはや主導権が自分達ではなく相手にある事を認めざるを得ないと感じていた。


(こうなっては結城家と対等の立場で交渉する事は困難であろう。越前の御家が徳川家に叛旗を翻す事を防ぐためには、如何なる条件をも飲まねばならぬ。なれど、その行為が徳川の御家を傾けるならば承諾する事は出来ぬ。急いで事を解決せねばならぬが、打てる手もなく主導権も相手方にある状況ではどうしようもない。覚悟を決めて、土屋殿達が徳川の御家と敵対する意思を持たれぬ事を祈るしかあるまい。その件は上様と話し合いをする前に某と忠勝殿である程度の事を話し合い、打つべき手を見出さねばならん)



 諸侯にその実力を恐れられた徳川家康の死を公表した以上、徳川家は生き残るか滅亡するかの正念場を迎える事になる。


 結城秀康の謀略で徳川家康は死に、秀康の腹心であった本多冨正の謀略により徳川家は結城秀康と本多冨正を謀殺した濡れ衣を着せられ、その噂は全ての諸侯に知られている。


 多くの諸侯は徳川家と結城家が今後どのように動くのかを注視していると正信は感じていた。


 徳川家が天下人の地位を簒奪した豊臣家は未だに健在であり、越前六十万石の主であった亡き結城秀康が集めた万を超える家臣達は正信達が取るべき選択を誤れば、亡君の仇を討つ死兵と化して徳川家に槍を向ける可能性が高い。


 豊臣秀吉の養子であった結城秀康の遺臣と嫡男である松平忠直が仇討の覚悟を決めて挙兵すれば、徳川家に遺恨を持つ者や豊臣家の復権を目論む者がその状況を利用して徳川家に敵対する恐れもある。


 本多正信は自身と亡き主君である徳川家康の愚行により絶体絶命の窮地に陥った事、そしてその窮地から如何様にして抜け出せる事が出来るかを懸命に思案しながら江戸に戻る準備を始めた。


 徳川家の生き残りをかけた最後の戦いの舞台は江戸になるとの思いを抱いている正信は、本多忠勝と自身の頸を差し出す事で事態を収拾する策を思案した。


(こうなった以上、何の犠牲も無く事を解決するなど出来る筈がない。某と忠勝殿の首を差し出す事で土屋殿には怒りを堪えて貰う以外に術はなかろう。だが、その前に結城家の処遇に関して幕府内で待遇を変える事を主張する者を全て葬り去らねばならん。結城家に敵意を持つ者を幕府内から一掃した上で某と忠勝殿が自害すれば、土屋殿も挙兵は避けるはずだ。彼の者とて叛旗を翻す事は愚策だと理解しておるはず……)



 徳川家が生き残る為には忠勝と自分が自害して詫びれば良いと考えた正信だが、それでは済まないかも知れないと思い直し、さらなる手を考え始めた。


(此度の件は失敗は許されぬ。亡き伊豆守に欺かれて徳川家を滅亡の危機に追いやった事を忘れてはならん。土屋殿と伊豆守が同じとは思えぬが油断してはならん。土屋殿や吉田殿、関根殿も亡き中納言様の御為ならば己の命を投げ捨てる真似を平然と行うであろう。ほんの僅かな油断を伊豆守に利用されて今の状況に追いやられておるのだ。忠勝殿と上様以外は信用出来ぬ。だが、三名の意見以外に聞く耳を持たぬのも危険であることは否定出来ぬ。ここまで他人を疑わねばならぬ状況に追い込まれたのも亡き中納言様の謀略であろうか……)



 正信は徳川家康の猜疑心が全ての原因であった事を知りながらも、それを嘲笑うかのように他人を疑わねばならない状況に結城秀康が追い込んだかも知れないとの疑念を抱いていた。


 父と同様に猜疑心によって他人を信じられないようにする。そして猜疑心で他者にあらぬ疑いを持って行動させ、その結果として徳川家を自滅させる。


 結城秀康主従の捨て身の謀略で窮地に追い込まれた徳川家は結城家、豊臣家恩顧の諸侯、有力な外様大名などに強い警戒をせねばならない。だが、強い警戒は一歩間違えれば猜疑心から取り返しのつかない結果を招くことにもなり得る。


 結城秀康は自身の身に降りかかった災厄を徳川家にも与えようと望んだのではないかとの疑惑を抱いたまま、正信は忠勝が江戸に戻る日をひたすら待つ以外に手がないと感じていた。



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