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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第七章 虚実
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判断

慶長十二年 六月十八日 武蔵国



 自らの使者として越前に赴いた本多正信からの急使によってもたらされた書状を読んだ徳川秀忠は江戸城で一人悩み続けていた。


 結城家の筆頭重臣である本多冨正からの要望として秀忠に突き付けられたのは、実父であり先代将軍でもある徳川家康の名誉を地に落しかねないものであったからである。


 秀忠は徳川家に過酷とも言える要求を突き付けて来た本多冨正の事を思い返していた。


(亡き兄上の伴をしていた伊豆守と将軍職を継ぐ以前から何度も会った事があるが、常に兄上の傍らで静かに控えている男であった。その男が私に父上を否定せよと申しておるのか。おそらく伊豆守にとって父上は主君の仇としか見えまい。伊豆守の言い分に理が通っておる以上、その意向を無碍には出来ぬ。だが、伊豆守の言い分を認めれば徳川家中で騒動が起こるのは必定。どちらを選択しても騒動が起こるならば将来を考えて判断せねばならん……)



 秀忠個人としては兄の結城秀康を謀殺しようと試みた父の徳川家康の行動は単なる暴挙としか考える事が出来なかった。


 結城秀康は将軍職への野心を露わにした事もなく、幕府に対して高圧的な対応をした事も無い。豊臣家の一門であった事を一部の者達は不安視しているが、秀忠は結城秀康の持つ豊臣家への影響力を使って豊臣秀頼を懐柔し、徳川家に臣従する意を示させれば無駄な合戦を行わずに平穏な世を築けると考えていた。


 秀康と秀忠がその事を語り合った事は無いが、無駄な合戦を起こさず世を平穏に導く事が二代将軍たる自身の役目であると秀忠は考えており、兄の結城秀康は豊臣家の存在を平穏に解決するには不可欠な存在だと考えていた。豊臣家恩顧の者からの信頼も厚く、外様の大大名たちからも一目置かれる結城秀康の存在は平穏な世を築く決意を持つ秀忠にとって何者にも替え難い人物だと思っていた。


 だが、皮肉にも父であり初代将軍たる徳川家康は徳川家の安泰の為に兄の結城秀康の謀殺を試みた。そして父の意図を看破した兄の手で刺殺されるという前将軍に相応しからぬ惨めな死を遂げた。


 秀忠自身も兄が父を手に掛けたのは当然だと考えている。罪を犯していないにも関わらず謀殺されるのを認めるような酔狂な人物など世の中にいるはずが無い。秀忠にとって結城秀康に刺殺された家康の死に様は自業自得以外の何物でもなかった。


 家康も秀康も既に世を去った以上、残された者たちで今回の件を穏便かつ内密に処理しなければ取り返しのつかない騒動が起こると理解した秀忠は最善の選択をするべく黙考し続けていた。


(佐渡からの書状にあるように私が将軍職を継ぐに際して父上は兄上に謀略を仕掛けた。兄上が健康を損ねたのが私が将軍を継ぐ事が決まった時期と同じであったのは、やはり父上の仕業であったか。兄上に野心など無かったのに、なんと愚かな事をしてくれたのだ。己の心に潜む猜疑心に囚われて、父上は兄上を謀殺せんとして返り討ちにあったのが事の真相なのか。父上の度の過ぎた猜疑心によって兄上は最期まで不遇な人生を送った。それを誰よりも理解している伊豆守は復讐の鬼と化しておるであろう。鬼を宥めるべきか、父上の名誉を重んじるべきか考えるまでもない……)



 徳川秀忠は将軍として、本多冨正の要望を全て受け入れる決断を下した。


 兄の結城秀康が謀殺された負い目もあるが、越前結城家が叛旗を翻す事があれば徳川家の天下、そして秀忠の望む平穏な世の到来など夢物語となってしまう恐れがあった。結城秀康は豊臣家恩顧の者と友誼があっただけでなく、外様の大大名らも一目置く存在だった。そして徳川家の一門衆筆頭でもあった秀康が徳川家康の手で謀殺されたと世に広まってしまえば、秀忠の手では収拾のつかぬ有様になると恐れた。


(父上への孝に悖るが、此度の件は将軍として決断せねばならぬ。罪なき兄上を謀殺せんと試みた父上の行為は庇いようがない。まして伊豆守は主君を謀殺されたと憤っておる。この状況では父上に全ての罪を償ってもらう以外に穏便に解決する方法が無い。忠勝などは不満を申すかもしれぬが、そもそも此度の件を引き起こしたのは父上なのだ。それを思えばやむをえぬ……)



 秀忠は文机に向かい、正信と忠勝に宛てた書状をしたためた。


 本来ならば書状を秀忠自身がしたためることなどなく、祐筆などに命じるのが常であるが余人に事を知られる事を避ける為に自らの手で黙々と筆を動かしていた。


 書状の内容はほぼ冨正の言い分を飲むとの事であったが、詳細は冨正が江戸へ赴き自分に正確に説明すべしと書かれていた。但し、冨正の身や越前結城家に危険が及ばぬように幕府内で正信か忠勝に次ぐ地位を持つ人物を忠直への家督相続を認める使者として赴かせるとの名目で冨正が越前に戻るまで人質として越前に留めるとの配慮をしていた。


 また、冨正の言い分を認めるにしても世に波乱を火種を撒く事を極力避けたい秀忠としては冨正が納得し、秀忠を含めた幕府の者も何とか容認できる方法で冨正の要求を実現するべきだと考え、その為にも冨正と正信、忠勝を含めた四名で全ての者を欺き、真相を永遠に闇に葬り表沙汰にならないように手を打たねばならないとの結論に至った。


 自らがしたためた書状を読み返して、内容に問題が無いのを確認した秀忠は書状に花押を記した。


 そして書状を手にした秀忠は何故、父が今回のような愚行をしたのか、何故に兄は父を刺殺したのか答えの出る筈の無い事柄を考え込んでいた。


(父上の猜疑心が強いのは理解していたが、兄上を謀殺するような真似をするとは考えたことも無かった。そして兄上も弟の私が将軍職を継いだ事を気にしていた事を何故か敏感に感じ取り、私に謙譲の姿勢を示して配慮してくだされた。剛毅だが温かみのあるお人柄だった。父上の為した事を許しがたいと考えた事は理解できるが、何故に私にご相談下されなかったのか。いくら私だとて父上の謀略を知れば、兄上だけでなく他の者にも手を出す可能性が否定出来ぬゆえに強硬に反対したであろう。何故このような事が起きたのだ。私は何か重大な過ちを犯したのかもしれぬ……)



 秀忠は答えの出ない問答を心中で繰り替えしていたが、目の前にある問題の解決を急がねばならないと思い直して書状を越前に送る手配を整えた。


 将軍として出来うる限りの配慮をしたつもりだが、何故か秀忠の心中には表現できない恐れのような感情が残されていた。秀忠は不安を振り払うかのように首を左右に振り、今は余計な事を考える事なく、事の解決に全力で当たる決意を胸に冨正が江戸城へ来るのを待つことにした。


(あの書状で伊豆守が納得するかは正直分からぬ。私に他人の心の内は読めぬ。だが出来うる限りの配慮をしたつもりだ。おそらく伊豆守は江戸へ赴く事を承知するはずだ。此度の件の解決にはあの男の協力が欠かせぬ。無論、正信と忠勝の協力もだ。誰ぞ越前に人質に送るに相応しい者を今のうちに選ばんでおかねばならぬ。父上と兄上が身罷ってから二月以上経っておる。これ以上は事を隠し通す事が出来ず、騒ぎとなるやもしれぬ。出来うる限り解決を急がねばならぬ。面子に拘る余裕など無い)



 徳川家と結城家の全面的な対立に至る前に全てを闇に葬る決意を固め、その意向を書状にした秀忠は不意に苦い表情を浮かべた。


 徳川家康や徳川家の面子を重んじる者達の顔を思い浮かべ、彼らが秀忠が選んだ事に反対をする光景が脳裏に浮かんだからである。


(事の真相を知らぬ者はうるさく騒ぎ立てるであろうな。徳川家の面子や父上の名誉などを持ち出して私に意見の撤回を求めるかも知れぬ。板倉や大久保あたりは何ぞ申してくるやもしれぬ。真相を知れば面子に拘る余裕が無いと説得できるが、事を表沙汰にする訳にもゆかぬ。我等四名で速やかに幕引きを図らねばならん)



 秀忠は板倉勝重や大久保忠隣など幕府において重きをなしている人物が秀忠の下した結論を親不孝だと騒ぎ出す前に冨正を含めた四名で事態を素早く収拾する事を望んでいた。


 そして秀忠の早急に事態を収拾したいとの希望を込めた書状は越前の本多正信の許に急ぎ送られた。誰にも知られず、誰にも頼れず重大な決断を一人で下し責任を取る。


 将軍としての責任の重さ、ようやくもたらされようとしている平穏な世が目の前で崩れ去るかもしれない恐怖など様々な事を身体で感じながら、秀忠は正信から一刻も早く上手く説得できたとの返事が来ることそして、本多冨正が江戸へ赴く事を待ち望んでいた。


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